チャプター1 ⑬
「……たしかに、今日は俺たち、ちょっと暴れすぎたかもな。いろんな人に迷惑が掛かってる」
「そうよね」
「けど、誰にだってそういうときあるだろ? 俺も失敗して、先輩や同期に迷惑かけちまったことあるし」
警察学校の訓練で、俺の服装に不備があったせいで、全員が連帯責任で腕立てをやる破目になったことを思い出す。
「破壊の規模とか、そんなの関係ない。みんな、やらかす時はやらかす。でも、やるときはやるもんだ」
「みんな失敗するけど、うまくやるときもあるって意味?」
「そういうこと」
自戒を込めて、俺は頷く。
もう、突き放したりしない。
「鈴は、誰かに恨みごと言われた経験あるか?」
「牢屋にぶち込んだ連中からなら、覚えきれないくらいあるわ」
「それは対象外。警察官全員に付きものだろ」
「なら、他は……ないと思うけど、自分で言うのもどうなのかしら?」
鈴はいつも無茶苦茶なことをやるけど、最後には必ず、事件からみんなを助けてきた。
「俺も、鈴のことを憎んでる人なんか、この街にいないと感じてるぞ?」
鈴の目が、僅かに見開かれた。
俺は鈴の活躍を何度も見てるから、直感でわかる。
映画を見る人が大勢いるように、この街には大勢の住民がいる。
鈴本人が自覚していなくても、どこかで街の誰かが、鈴の仕事ぶりをちゃんと見てる。
不思議なもので、そうした目撃情報というのは別の誰かに広がっていく。波紋みたいに。
映画だって、見た人の口コミで広がる。
鈴という人間の評価は高く、大人気だ。
だったら、映画の中だろうが外だろうが関係なく、みんなが鈴のことを買ってくれてると信じてもいいんじゃないだろうか。
「君は、物を壊したり暴力振るったりはするけど、代わりに街の平和を、……みんなの心を守れてるってことじゃないか。それって、誇っていいことだと思う」
だから、俺は言う。
「物も傷もなおせるけど、人の心は、壊れたらなおせないだろ?」
俺はそんな君に憧れて、警察官になったんだ。という言葉だけは呑み込んで、真っ直ぐに、鈴の目を見つめる。
見つめ返す鈴の瞳が、瞬いた気がした。
「――ふ」
短い沈黙を挟み、鈴は小さく噴き出して目を伏せる。
「な、なんだよ?」
「ごめん。なんか、ちびっ子のヒーローみたいなこと言うから、おかしくなっちゃって」
戸惑う俺を見て、鈴から笑いが溢れ出す。
「お、俺は真面目な話をだな」
「あー、おかしい」
鈴の瞳がいつしか潤って、きらきら光ってる。
その光は、ひとしきり笑ったことによるものだろうか。
「なんか、辛気臭くなっちゃってたけど、あんたのおかげで吹っ切れたわ!」
よかった。いつもの調子を取り戻してくれたみたいだな。
安心した途端、鈴とこうして見つめ合ってる状況を、俺が耐えられなくなってきた。
「なら良いさ。……ただその、水を差すようだが、天井の穴、どうする?」
若々しい美人をすぐ目の前にして、自分の顔が赤くなっていないか心配な俺は、話題を変えるべく上を指差す。
「……栄治、お願い。しばらく口裏合わせて!」
「え?」
「近日中に材料揃えてわたし直すから、それまでバレないようにしたいの!」
「署長に知れたら事だしなぁ。ビール一杯で手を打とう」
「いいわ。決まりね」
鈴が拳を差し出した。
俺が拳を突き合わせると、鈴は和らいだ表情で立ち上がる。
「おい、鈴。寝床とか平気か? 俺はどこでも寝れるから、場所を譲ってやってもいいぞ?」
「え、それって、わたしがあんたの部屋で……?」
俺が素朴な疑問を投げかけると、鈴は集めた瓦礫を抱いたまま振り返る。
「ああ。俺が適当に廊下で寝て、鈴がここに寝るんだ」
どういうわけか、鈴の頬が赤くなった気がした。
「て、適当に、ろ、廊下に布団敷いて寝るから平気よ」
「そうか? ならいいんだが、穴からまた落ちないように、気をつけて寝ろよ?」
「え、ええ。気をつけるわ」
どことなくそわそわした様子で、鈴は玄関へ向かう。
「――栄治」
廊下まで見送る俺に背を向けたまま、鈴は控えめの声で言った。
「ありがとね。また明日」
「おう。また明日」
一階の男部屋から女が出てくるところを同僚に見られては、あらぬ噂が広がるリスクもあって、鈴はそっとドアを開け、安全を確かめてから出て行った。
なるほど。だから今、そわそわしてたのか。
納得した俺はふらつく足で布団に戻る。
そこで、布団の脇に鈴のダンベル二つが残っていることに気付いた。
「まぁ、返すのは明日でいいか」
ダンベルを布団の上から脇にどかすべく、持ち上げようとする俺だが、片手どころか両手でも持ち上がらない。
鈴はとてつもない怪力だが、影では努力を重ねていたんだな。
「今に見てろ。いずれは追い付いてみせるんだからな……」
疲れを取って明日に備えるべく、俺は布団に潜り込んだ。




