表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/36

チャプター1 ⑩

 俺が停車したのは、開店準備中の居酒屋の脇だ。

 警察官の仕事の一つに、【巡回連絡】といって、地域の人たちの会社や自宅を訪問し、近所の事件について注意を促したり、異常の有無を聞いて回る活動がある。

 今日は、準備中の居酒屋を訪ねる予定だったらしい。


「了解。合わせるよ」


 俺は言いながら、窓の外に目を遣る。

 運転席から見て、真横には路地が伸び、路地の向こう側には堤防が見えた。

 その薄暗い路地で、一人の男が煙草を吹かしつつ、耳に携帯を当てている。


「……?」


 明確な根拠はないが、俺は路地の男に妙な違和感を覚えた。


「あんたは知らないでしょうから教えとくけど」


 どこか神妙な鈴の声。


「わたしたち万世橋署は今、ジャンベリクが所属していた犯罪組織を追ってるの。巨額の資金が連中に流れ込んでるみたいで、なにか大きな犯罪を企んでる可能性がある」


 俺は鈴を振り返る。

 ジャンベリクが所属していた犯罪組織。そのボスを、映画を見た俺は知っている。


「けど、まだ潜伏先が特定できてない。だからこうしてパトロールしながら、地道に情報を集めている段階なの。だからあんたも頭に入れておいて、気になったことがあればすぐに言ってちょうだい? なんでもいいから」


 件の犯罪組織については、俺が放っておいても、鈴たちは地道な捜査で潜伏先を突き止める。

 俺が映画の進行に過度に干渉して、予期せぬトラブルが起こるリスクは避けたい。

 タイムトラベルが題材のSF映画にありがちな、矛盾(パラドックス)による出来事の改変みたいなことが、ここでも起きるかもしれないからな。


「……たしかに、そうだよな」

「もしかして、さっそく何かあったの?」


 俺のつぶやきに、鈴が視線を寄越した。

 映画に干渉したくないとはいえ、俺も警察官の一人。気になることがあれば、それが映画の展開に関係あろうとなかろうと、言う必要がある。

 それを言うことで、街の人たちの暮らしを守ることにつながるなら、尚更な。


「そこの路地」


 俺はあえて路地に顔は向けず、目で鈴に訴える。

 俺の意図を理解してくれたか、鈴はちらりと路地に目を遣るがすぐに戻し、何気なく路上へと顔を逸らした。


「こっちに背を向けて、電話してる男ね?」

「ああ。ちょっと気になる。俺と一瞬目が合ったんだが、すぐに逸らして背を向けたんだ」

「後ろめたい何かを抱えてる人の心理ね」


 俺が路地の男に感じた違和感を、鈴も感じ取ったらしい。


「だよな。行くか?」

「彼が電話を終えたタイミングでね。あんた、やれる?」

「やるさ。経験が大事だ」


 俺が意志を示すと、鈴はこっちを振り向いて、薄く笑んだ。

 鈴の笑顔は可愛かったりカッコ良かったりで、心臓が忙しい。

 こういう細かな刺激にも慣れておかないと、いちいちドキっとして集中を欠くぞ。


 俺は路地の男にいつでも職務質問ができるよう、鈴と一緒にパトカーを降りて、あたかも飯屋をどこにするか悩んでいる体で立ち話をする。

 このとき、執拗に標的の方を見ないのがコツだと先輩から教わった。

 相手を刺激し過ぎないよう、顔は向けず、視界の隅に常に入れておくだけ。


「あら、鈴ちゃんじゃないの」

「こんばんは。ちょっと小腹がすいちゃってね。ここにしようかなって話してたの」


 準備中の居酒屋の店主らしいおばあさんが出てきて、おっとりした声を鈴に掛けた。

 俺は鈴たちの会話ではなく、路地の男の声に聞き耳をたてる。


「最悪だ! サツの裏をかいたつもりが、まさかピンポイントでここを覗いてきやがるとは思ってなかった!」

「――すぐ近くまで来てるんだろ? だったら早いとこ頼む。見つかる前に運び出さねぇと、ボスがキレるぜ⁉」


 男はなにやら切迫した様子で、声を荒げてる。


「人数? たぶん、二人だけだ。男と女。……ここでやるのか? ここら一帯は、これから込み出す時間だぜ?」


 男はちらりと、肩越しにこっちを見た。

 俺は咄嗟に顔を鈴たちに向け、相槌を打ってみせる。

 ――バレたか?

 俺が警戒心を強める中、男は神田川のほうへと向き直る。


「わかった。車で道を塞げ。それからタイミングを見てぶっ放せ」


 ぶっ放す?

 男の会話は、どうも物騒な気がしてならない。

 俺は鈴に目を向ける。同時に、鈴も俺を見た。

(どう?)と、彼女は目で俺に聞いている。

 俺は頷いた。


「鈴ちゃん、ちょっとこれ見て欲しいんだけど」

「ん? どうしたの?」


 ところが間の悪いことに、おばあさんは鈴の袖を引っ張り、店の角に立つカーブミラーを指差した。

 パトカーの中からでは死角になっていて気付けなかったが、言われて見れば、何かがぶつかったのだろう、そのカーブミラーは根元のあたりから折れ曲がり、僅かではあるが、斜めに傾いでしまっている。


「あら、この間飲みに来たときは、こんな風になってなかったわよね?」

「ほんの三十分くらい前にねぇ、ここに大きな車が来たんだけど、荷物を積んで方向転換するときにぶつけていったのよぉ」


 と、困り顔のおばあさん。


「この場合は、自治局に連絡して対応をお願いするところだけど……」


 腕組みしていた鈴はおもむろにカーブミラーの根元を両手で掴むと、ぐっと力を込め、腕力にものを言わせて強引にもの通りの形に矯正した。

 すげぇ怪力!

 通行人の何人かが二度見してたぞ。


「まぁ! さすがは鈴ちゃん。ありがとうねぇ」


 感嘆した様子で、おばあさんは拍手する。


「よかったら、そこの相棒さんも一緒に、うちでご飯たべていかない? ごちそうするわよ?」

「とてもありがたいけど、ちょっと今仕事が入っちゃったの。だからまた今度お願い!」

「そうなの? お巡りさんはいつも大変だねぇ。いつでもおいで」


 鈴はおばあさんの申し出をお断りして、俺に向き直った。


「急げ。奴らが来る!」


 と、男の方も通話を切ったところだ。

 俺は鈴と頷き合い、路地へ入る。


「こんばんは。お取込み中に申し訳ないんですが、少々お時間、いいですか?」


 格好は警察官の制服だが、一応警察手帳を見せつつ近付く俺を、男はギロリと睨む。


「サツがなんの用だ?」

「大したことではないんですが、最近なにかと物騒なので、警察としては警戒を強化せざるを

得ないんですよ。今朝なんか、脱走犯が街で暴れてたのご存じですか?」


 俺は言いながら、男の身なりをそれとなくチェックする。

 色黒の顔立ちは三十代。上下グレーのスーツに黄色のシャツ。極道者(ごくどうもの)ってところか。

 今朝のジャンベリクの迫力を見ちゃってるものだから、この男はヒョロく感じる。


「用件を言ってくれ。こっちは暇じゃないんだ」

「身分証を見せてもらえますか?」

「なんで見せなくちゃいけねぇんだ? 俺はなにもしてないだろ」

「我々も仕事なんです。|ショクシツ(、、、、、)にはノルマがあって、達成できなければボスにどやされる」


 俺がわざと言ったボスという単語に、男の眉がぴくりと動いた。額には汗が光っている。


「今は手元に無い。忘れてきたんだ」

「であれば、お名前と電話番号を伺ってもいいですか?」

「失せろ!」


 メモを取ろうとする俺に、男は鋭い言葉をぶつけた。

 さすがに、一般人向けの優しめな接し方じゃ従わないか。


「さっき、たまたま会話が聞こえたんだが、あんた電話で、『運び出す』とか、『ボス』とか

って言ったよな? あんたはどこの組だ?」

「何なんだよ! いちいち詮索しやがって」

「職務質問では、怪しい人を呼び止めて、質問と所持品検査をしていいことになってるんだ。あんたが拒んだところで、捜索差押許可状そうさくさしおさえきょかじょうっていうのを申請すれば、強制的に実行することもできる。今従ってくれたほうが、お互い時短で済むぞ?」


 この映画の中ではどうか知らないけど、実際の捜索差押許可状は裁判所に許可をもらわなければいけない代物で、すぐには用意できない。ハッタリが効いてくれるといいが。


「う、失せろって言ってるだろッ!」


 耐え兼ねたか、男は怒声を上げ、懐から銃を引き抜いた。

 しまった。肩の高さが左右で違うから、チャカを持ってることも考慮してはいたが、がっついて追い込み過ぎたか。

 運転技能の成績は良かったが、職務質問の方はイマイチで、そのボロが出ちまった。


「じ、銃を降ろせ!」


 と、俺が怯んだところへ、鈴が割って入る。


「この国では銃の所持が認められてる。でも、人に向けるのは脅迫罪に該当するの。それくらいわかるでしょ? 今すぐ降ろして言うこと聞くって言うなら、こっちはなにもしないわ」


 現実世界の日本と映画世界の日本。その大きな違いの一つが、銃刀法。

 映画の世界の日本では、過去に魔王軍と戦争をやっていた経緯もあって、申請さえ通れば、一般人であっても、護身のために銃や刃物の所持が認められるのだ。

 確か、この申請は審査がざるで、ヤクザのようなお尋ね者でも、潔白な協力者の名義で申請し、それが通ってしまうことがよくあるという設定だったはず。


 鈴は頭一つ分高い位置にある男の目を睨み上げながら、後ろ手で俺の手首に触れた。

 鈴の意志能力(フォース・オブ・ウィル)が発動し、俺たちの全身は瞬く間、銀色の膜でコーティングされる。


「くそ! お前ら、異能課(ウィル・セクション)か!」


 鈴の能力を見た男は狼狽えた様子で一歩後退る。


「そうよ? あなたはここで何をしてたの?」


 対する鈴は一歩踏み出す。

 コーティングで防御しているとはいえ、この至近距離で撃たれればかなり痛いはずだ。

けど鈴は堂々として、微塵の恐れも感じさせない。

 俺はそんな彼女を見て、場数の違いを思い知らされる。


「だ、誰がしゃべるか! お前のようなまな板女なんざ、俺のボスに比べれば恐くもなんともないぜ!」


 こめかみから汗を流しながら、男は上ずった声で言った。

 俺は鈴の背中から底知れぬ殺気が放たれ始めたのを感じ、半歩下がる。


「今、なんて言ったの?」


 鈴の声のトーンが、一段階下がった!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ