チャプター1 観客視点(ザ・ヴィジョン) ①
連載長編第3弾です!
よろしくお願いします。
幕開きに、一筋の流星が闇を切り裂いた。
夜空に広がる満天の星たちが、オペラを楽しむ観客の如く静穏に、眼下の摩天楼を見下ろしている。
その大都市の名は『新東京都』という。
新東京都の中央には、街のシンボルでもある高さ一〇〇〇メートルの首都統括センタービルが切り立っている。
ビルは壇上に聳える六層もの城壁によって守られ、その壁に沿う形で円状に都市群が広がり、更にそれら都市群の外周全てを、高さ五〇メートルに達する堅牢な城壁が囲む。
一〇〇年前の【|魔王討伐大戦(ワールド・ウォー・S)】時に築かれた城塞都市の名残を残す、日本の首都。
戦争は勇者一行率いる連合軍側の勝利に終わり、魔王の勢力は崩壊。だが、魔王の遺体は未だ確認されていない。
そのため、万が一、魔王が生きていた場合を考慮した政府によって、城壁は改修が重ねられ、終戦から一世紀経った今もその防御力を維持している。
科学による近代化と平和がもたらした富強の色が都市全体を染めても尚、それら〝大戦の名残〟は、居住するおよそ一〇〇〇万の現代人に崇敬の念を抱かせる。
外周城壁の東西南北にそれぞれ一つずつ構える、タングステン製に改修済みの城門――その南門の〝外〟に、視点は舞い降りた。
南門を背に海と向き合う有明埠頭。
そこには、船舶が接岸する岸壁、物揚場、広大なエプロン、貨物を荷役するガントリークレーン、貨物の保管施設、貨物運送のための港湾道路などが整備されている。
意志能力を使った〝死闘〟は、そこで繰り広げられていた。
埠頭の上空。
銀を織り交ぜた紅と、霧のように尾を引く青緑の閃光が闇を跳ね除け、絡み合うように飛ぶ。
――女性だ。二人の美少女が宙を舞い、激突の度に衝撃波を散らしていた。
警視庁第一方面刑事部異能課所属、幕明・M・鈴は、葡萄酒色のおさげを暴風に躍らせ、その背から生えた巨翼をV字型に狭め、眼前に構える金髪の美少女へ砲弾の如く特攻する。
音を置き去る飛翔にガントリークレーンのワイヤーが震え、操縦室の窓が風圧で爆ぜた。
黒を基調とした機動隊出動服姿の鈴にとって、葡萄酒色のダークな髪色も含め、夜は周囲が保護色となって有利なはずだった。
対する美少女は、青緑に輝く光の|群れ(、、)を足場に宙から宙へ飛び移る。
そうして、その碧眼の煌きを残像に、鈴の攻撃を紙一重で躱した。
鈴が打ち出した銀の拳が空を切り、金髪のショートカットが衝撃波に荒ぶ。
金髪の美少女が素早く身を翻し、青緑の|群れ(、、)を密集させ、三角コーンのような形状をした【針】を放った。
翼を広げて減速――すぐさま回頭した鈴は、瞬速で迫る巨大な【針】に対し、銀光を帯びた左右の拳を弾丸の如く打ち込む。
「Never! Never! Never!!」
鈴の覇気と共に繰り出される拳は更に加速。幾重にも連なる銀の閃光となって、【針】を迎え撃つ。
鈴の打撃の壁に激突した【針】が先端から噴霧の如く崩壊。数瞬で全てが砕け散った。
「セイヴ! おとなしくお縄につきなさい!」
若々しく澄んだ声で、鈴が投降を促した。
再び交錯。銀、紅、青緑の閃光が弾け、拳と【針】の競り合いが展開される。
「今投降すれば、ぶん殴るのはちょっとだけにしてあげる!」
鈴の物騒な言及に、セイヴと呼ばれた金髪の美少女が嘲笑を返す。
「理想の達成を目前にして、わたしが投降すると思う?」
そして、左手を虚空に突き出し、招くように自分の胸元へ引き寄せた。
「うっ――⁉」
鈴は背に気配を感じ、緊迫した表情で振り返る。
〝蜂〟だ。蜂が群がっている。青緑に輝く〝群れ〟の正体だ。
いつの間にか鈴の背後に回り込んでいた〝青緑の蜂〟が、彼女の背から広がる〝翼〟の根元に喰らいついていたのだ。
「アナタのコーティングは、その翼にも有効かしら?」
セイヴが勝ち誇ったように嗤う。
弱点を衝かれた鈴は苦悶に歯を食い縛る。蜂の群れに根元を食い破られた次の瞬間、竜を思わせる巨翼が赤い粒子となって分解。闇夜へ溶けた。
途端、湧き立つような紅い輝きと揚力を失った鈴の身体が、眼下のコンテナ群――その屋根に墜落。
金属同士がぶつかり合うような音が響き、しかし鈴は見事に着地を決め、悠然と立っていた。
「そのしぶとさも計算済みよ?」
と、漆黒のショートドレスを靡かせるセイヴ。白い歯が覗く。
「……?」
鈴が眉を顰めたそのとき。
コンテナ群の上空を覆うように展開する複数のガントリークレーン――それらの支柱が、群がった蜂たちによってボロボロに食い崩され、クレーンが魔物のように唸りながら、鈴へと降り注いだ。
鈴の翼を襲ったのは囮。セイヴの狙いは、初めからクレーンだったのだ。
「やってくれるわね!」
鈴は悔しさに目を眇め、両の拳を頭上に構えた。
呼吸を整え、気合の雄叫びと共に連打を放つ。
「Never Never Never Never Never Never Never Never Never Never Neveeeeeeeeeeeeer!! FACK OFF!!」
肉眼では捉えきれない拳が銀色に乱れ咲き、数トンに及ぶ鉄塊の霰を次から次へと砕き、弾き、最後の一撃で完全に吹き飛ばした。
「――くっ!」
だがそこまでだった。鈴の体力が限界に到達。その場に膝をついて倒れ込む。
青緑の蜂たちを鱗粉のように纏い、セイヴがコンテナに降り立った。
「……悔しいけど、エネルギー切れみたい」
鈴は苦しげに漏らし、うつ伏せから頭を持ち上げた。
「さすがのあなたでも、あんな翼まで出して、ここまで暴れたら、長くは続かないようね」
セイヴが両の脚をそろえてしゃがみ、鈴の耳元で囁いた。
「わたしは正しいことをやろうとしているの。どうして戦後の世の中が荒れてると思う? 運
命が不平等だからよ。映画みたいに、都合よく幸運が巡ってくることなんてない。不平等な世
界で生きていたら、いつか心が壊れる。わたしは理不尽な世界を終わらせて、新しく平等な世
界を作ろうとしているだけ。なぜそこまでして邪魔するのかしら?」
セイヴが透明感のある声で問いつつ、鈴の胸ぐらを掴んで引っ張り上げる。
「――っ!」
歯を食いしばった鈴は片手をコンテナにつき、もう片方の手でセイヴの手首を負けじと掴み返した。
「あなたもこの街の闇を散々見てきたのなら、理解できなくもないでしょう? わたしと組まない? その能力なら、神父様も歓迎してくれるかもしれないわよ?」
「お断りよ」
鈴は間を置かずにきっぱりと、セイヴの提案を蹴る。
「運命は不平等――そうかもね。でも、人の心はそんなにヤワじゃない。人は自分で道を選んで、立ちはだかる運命を乗り越える力を持ってるの。大切なのは、自分で選んだ道を信じることよ。世界の良し悪しじゃないわ。だから、あんた達がやろうとしていることは、救済なんかじゃない。ただの偽善。押し付けよ」
「……そう。分かり合えなくて残念だわ。この一刺しでお別れね」
無機質な人形のような目をしたセイヴが、白い手で鈴の頬をそっと撫でる。
「でも安心して? 邪魔されたとはいえ、その信念に免じて、楽に逝かせてあげる」
セイヴの背後に滞空していた蜂の群れから一匹が離れ、鈴の首もとへ飛んできた。
低く唸るような羽音が、耳に不快感を与える。
「最後に、ひとついい?」
万事休すと諦めたか、鈴は顔を伏せて尋ねた。
「なにかしら?」
そんな鈴の顔を窺うように、首を傾げるセイヴ。
「あんた、月経は済んだ?」
「え、――え?」
セイヴがきょとんとした表情を見せた。
「冥土の土産に教えてくれたっていいでしょう?」
突拍子もない質問に目をパチクリさせたセイヴが、
「こ、この前過ぎたけど……?」
鈴の発言が予想の斜め上すぎて思考が追い付かず、聞かれるがまま答えた。
「そう。なら遠慮は要らないわね」
「へ?」
ドゴオオゥッ‼
瞬間、ものすごい衝打音が轟き、セイヴの身体がトビウオのように吹き飛んだ。周囲を飛んでいた蜂たちがすかさず彼女の落下地点に急行。クッションとなって衝撃から守る。
「はぐうぅ⁉」
それでも鈴が放った衝打のダメージは、セイヴの腹部から臓器へと響き、反撃の力を奪った。