第6話:死線を超えて
陽光が柔らかく顔を差し始め、俺は目が覚めた。どれくらい眠っていたのだろうか。少女にとどめを刺されそうになり死を覚悟した直後からの記憶がない。だが意識が消える直前に心臓の強い拍動と全身の血液が激しく駆け巡り始めた波動のようなものを感じた気がする…
視界が鮮明になった途端、俺は目を疑った。目覚めた場所は昨夜に死神と戦ったあの森でもなければ俺の部屋でもなく、知らない誰かの部屋のベッドの上だった。さらにその部屋は自分の部屋とは全く異なる香りが漂っているからか余計に俺は落ち着けなくなった。
(どこだよここ!?てか、あのあと何がどうなったのか全く覚えてない…一応、生きてはいるみたいでよかったぜ…、、ん?そういえばさっきから体の半分があったかいような)
隣に温かい感触を不意に感じた天征は熱源の方へ顔を向けてみると有り得ない光景にまたしても目を疑った。昨夜は森の中で激しく殺し合ったはずの少女が自分の真横で添い寝していたのだ。すやすやと眠る彼女は、殺意と憎悪が迸っていた死神の面影は微塵もなく、まるで同棲している恋人かと思うほど無防備にくっついている。
「うわっ!!?」
添い寝されていたとは知らず天征は当然混乱し、驚きのあまり飛び起きた。もしかしてここはこいつの家か?だとしたらどうして自分を部屋まで運んでくれたんだ?と状況を整理しようと考えていると、ついに彼女は目を覚ましてしまった。
「……おはよ…」
寝起きの彼女は少し掠れた声でそう呟くと腕を天征の方へ伸ばして猫のようにくっついてきた。どうやら命を助けてくれた恩を感じているのか、心を許しきっているようだ。
「昨日はごめんね。私、感情が暴走してたみたい。でも、助けてくれて嬉しい。君って優しいんだね」
彼女は結晶の影響で人格が凶暴化していた。しかし、戦いで力を使いきったのか俺の能力が引き起こしたものなのかどうかは分からないが、昨夜の戦いが明確なトリガーとなって結晶と精神のバランスが安定し、本来の性格を取り戻すことができたのだろう。
「あっ、そういえばお互い名前まだ知らないよね。木山唯花っていうの。唯花って呼んでいいよ。あなたはなんて言うの?」
「俺は煤垣天征」
「へえ、てんせいっていうんだ。これからよろしくね」
「そういえばあの後どうなったんだ?殺されそうになってからの記憶が全くないんだ」
「え?何も覚えてないの!?鎌をへし折られたと思ったら吹っ飛ばされてたんだよ!雰囲気が全く別人で強いとかいうレベルじゃなかったよ」
「じゃあ、記憶がない時の俺ってあんな感じだったんだ…」
「殺されると思ったら私の上に倒れてそのまま寝ちゃって…もう起きないと思ったんだから」
一部始終を話し終えた唯花は腕の力を少し強めた。
しばらくして俺はなにか大切なことを忘れているような気がした。俺に抱き着いている唯花をよそに必死に思い出すことに集中した。彼女は状況を探ろうと俺の顔を見つめている。
「ねえ、どうしたの?」
「いや、なにか忘れてる気がする」
「あっ!!」
「なにっ!?」
そうだ、思い出した。ユタを家に置き去りにしたままだ。やばい、今頃一人で寂しく待ってるかもしれない。それかもし家を抜け出してそのまま迷子になってたらもっとまずいことになってる。
「友達を家に置いてきたままだ…」
「え、そうだったの?じゃあ早く戻らないと」
「悪いけどもう出なきゃ」
俺はベッドから抜けて急いで唯花の部屋から出ようとした。その瞬間、彼女は俺に抱き着いてきた。
「待って。このまま出ていくのは寂しい…」
「え?」
「帰っちゃうんでしょ?なら私も一緒に行くから」
なぜかその場の勢いで唯花も同行することになり、2人で俺の家へと向かうことになった。
「どうして着いてきたんだ?」
「だってあのまま終わるともう会えないかもしれないじゃん…それはやだ」
「まあ分かったよ。てかあの森って唯花の縄張りなのか?」
「うーん、ちょっと違うかな。家が近いからよく行くだけ。そういえば天征の友達ってどんな人なの?」
「なんか色々と変わってる奴だな。(これ本当のこと言ったら説明めんどくさそうだな。天使だってこと信じてくれるのか分かんねえ。ただの覚醒者って誤解されたら尚更だし…)」
幸い唯花の家は森を抜けてしばらく進んだところにあり、思いの外早く帰ることができた。
「着いたぞ。ここが俺の家。どうぞ入って」
「お邪魔しまーす♪思ったより近いんだね」
「ユタ、ただいま!置いてきたままにしてごめん!ってあれ?」
部屋に入ってすぐに様子を伺ってみるとユタはまだ寝ていた。時計の針は9時を差している。流石に寝過ぎじゃないか。昨日俺が飯食ってたころにはもう寝てたよな?とりあえず起こしてみるか。
天征の足音が近づくとユタはようやく目を覚ました。天征の存在を認識すると相変わらずぼんやりした様子の振る舞いを見せた。ユタは天征が隣にいる少女と激闘を繰り広げ、死線を潜り抜けたことを当然知らない。
「ユタ、めっちゃ寝てたくない?」
「あ、おはようテンセイ。ずっと眠ってたみたいだからまだ慣れてないみたい。あれ、隣は誰?テンセイの友達?」
「うん、私は木山唯花っていうの。よろしくね。ええと、ユタっていう名前で合ってるよね?」
「そうだよ。よろしくね。ユイカ。………そういえば二人はいつ出会ったの?」
「昨日の夜に近くの森で会ったんだ」
「ほんとにどうなるかと思ったよね、天征!」
「え、ああ、そうだな…(それはこっちのセリフだろうが!)」
唯花は昨日まで自分を支配していた憎悪と殺意は消え去ったようでユタと打ち解けている。こいつほんとはこんな性格だったのか?なんで最初はあんなに凶暴化してたんだろう。とにかく元に戻ってるみたいでひとまず殺される心配はなさそうだ。俺は彼女の本来の性格とのギャップに困惑しつつも、ユタの方は違和感なく接してくれているようでひとまず安心できそうだ。
しばらくするとユタは部屋にずっといるのも暇に感じたのだろうか、ベッドから立ち上がって窓の外を見つめた。
「ねえ、僕も外を歩いてみたい。テンセイ、いいかな?」
「ああ、いいけど一緒に行こう」
「私も行くー」
「でも、その前に顔洗ってくる」
その直後、俺は不思議な光景を目にした。洗面所に向かうユタの背中に光の粒子が天使の翼のような形をしてほんの僅かに煌めいたのだ。やっぱりこいつは人間とは違う存在だということを再び実感させられた。
「ユタって覚醒者なの?」
「……ええっと、違う。」
一番起きてほしくないことが起きてしまった。唯花にユタの存在を疑われてしまった。彼女もその瞬間を見逃さなかった。ここで覚醒者だと認めてしまえばまた彼女が凶暴化してしまうかもしれない。かといって天使だと正直に言っても信じてもらえないかもしれない。どうにか誤魔化さなきゃいけないが何も言葉が思いつかない。
「なにか隠してるでしょ。昨日みたいに暴れたりしないから正直に言ってよ」
「…ユタ本人が言ってたんだけど、あいつは天使なんだ。」
「天使?」
「昔は天界に住んでたらしいんだけど、突然何もかも消えたと思ったらそこからの記憶は無くて気づいたらこの辺りの地底で眠ってたそうなんだ。で、ユタを起こしたのは俺だ」
「そうなんだ…起こしたってことは地底に行って起こしたんでしょ?どうやってそこまで行けたの?」
「昨日の午前に海岸に怪獣が出現しただろう。その時に俺はなぜか覚醒者になってそいつを倒せた。でも倒したはずみで地面に穴が開いてて気づいたらそこに落ちてたんだ。」
「あれはそういうことだったんだ。どうりでいないと思ったわ」
意外のことに事実を全て話すと唯花は納得してくれたようだ。彼女も俺の態度に嘘はないことは感覚で分かっていたのだろう。
「唯花ってなんでそんなに覚醒者を殺そうと躍起になってたんだ?」
「それは…」
「私が幼い時、両親は覚醒者に殺されたの。だから絶対いつか復讐してやると思って気づいたら私も覚醒者になってた。一応復讐は果たしたんだけど、あの時から人格が変わったままだったみたい。天征と戦ってなかったら私、もっと酷いことになってたかも。」
俺を襲った理由を唯花に尋ねてみると彼女の表情が少し暗くなり周りの空気が一気にシリアスになった。本来なら明るい性格である彼女が人格どころか人生まで狂わせられていた事実を知り、俺はいたたまれない気持ちになった。
「でも今は大丈夫そうだから気にしないで。変に心配させてごめん」
唯花は明るく振舞ったが、その仕草はどこか痛々しく悲しさを隠しきれてないように見える。彼女の過去がこんなに凄惨なものだとは知らなかった。彼女がどうやって結晶に触れて覚醒したのか聞くのは流石に野暮な気がした。覚醒者はただ暴走するだけの化け物ではなく、結晶が引き起こした混乱に巻き込まれた被害者なのかもしれない。ユタも結晶と何らかの関係があるはずだ。いずれにしろ俺はもう今までの生活には戻れないのだろうか。そんなことを考えていると準備が終わったユタの声が玄関から聞こえてきた。
「準備できたよテンセイ、行こうー」
「おっけ、じゃあ行こうか」
そうして3人で出かけていき、しばらく歩いているとユタは海岸とは逆方向に歩き出した。ユタに導かれるように2人は付いていくと、街の外れにある山の麓の神社に辿り着いた。天征はこの神社に見覚えがあった。それもそのはずこの神社は地底からユタと二人で脱出した際に転移した場所であるからだ。
「ユタ、ここってたしか…」
「うん。この場所は凄く落ち着くんだ。しばらくここにいてもいいかな」
この神社は今日から天使の居場所になったようだ。




