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2-3 シュガーポット

 妹のとんでもない発言に、真っ先に反応したのは兄だった。


「待て待て待て待て、ラウラ⁉ お前は何を言って⁉」

「今ならハニーケーキを毎日注文するわ!」

「しかも付加価値を付けた⁉ じゃなくて、話を聞いて⁉」


 条件までプラスしたラウラに、ダンテは青褪めた顔で、彼女の肩を掴んで必死に揺さぶっている。


「だってお兄様がこんな反応をしたの、初めてだもの!」

「待って待って待って!」


 明るい表情のラウラと弱り切った表情のダンテ。

 そんな二人のやり取りを聞きながら、ニコレッタは「うーん」と腕を組んで唸っていた。

 貴族社会から離れて数年経つが、それっぽい話題が出るとは思わなかったのだ。


 ニコレッタがまだ貴族であったなら、そろそろ婚約者が必要な歳だ。

 そして、そのお相手がアルジェント家の人間だなんて、それはもうこの上なく良い話だろう。

 けれども、そこにはあくまで『貴族だったら』という前提条件がつく。

 今のニコレッタは没落貴族――パルム王国の一般市民である。平民が貴族の婚約者なんて色々と肩の荷が重い。


 それに、また新聞にあることないことを好き勝手に書かれるかも、という懸念がある。

 何せ没落したジャンニーニ家の人間だ。それはそれは面白おかしく記事にするだろう。ニコレッタは、そういう雑な記事を量産し続けるゴシップ紙が大嫌いだった。

 ダンテたちの迷惑になりそうだし、騒動の火種になりそうなことは、お断りした方が無難である。

 そんなわけでニコレッタは首を横に振った。


「なかなか魅力的なお誘いですが、私と婚約したところで、ダンテさんたちにメリットがまったくありませんよ。ですから、ご遠慮させていただきますね」

「お兄様が嫌な人と結婚しなくて済むのが、うちのメリットだわっ!」

「ラウラっ!」

「それにジャンニーニ家を復興させることだって……」


 ラウラはニコレッタにそう言い募った。


(……優しい子ですね)


 彼女は純粋に兄のことを心配して行動をしている。

 必死なその姿を見ていたら、ニコレッタの胸がちくりと痛んだ。

 大切な人を守りたいと願う彼女の気持ちも、ニコレッタには良く分かるのだ。


(これは妥協案を出した方が良さそう)


 ニコレッタはとりあえず、訂正した方が良い部分について、ストップをかけた。


「ラウラさんのお気持ちは嬉しいですが、我が家の復興に関してはお断りしますね」

「どうして?」

「お金の問題は、色々がこじれる原因になりますのでね。もしも婚約の条件にそれを入れたとして、その話がどこかに漏れた時に、お互いの弱点になります。極端な話をすれば、アルジェント家は、金で婚約者を買った。そしてジャンニーニ家は、お相手の弱みに付け込んで婚約した。そういう感じになるかもしれません」

「ち、違うわ! 私、そんなつもりじゃないの!」

「んふふ。分かっておりますよ。ラウラさんの気持ちは違うと思います。でもね、貴族社会って本当に面倒で、そういうお話になっちゃうんですよ。それにゴシップ紙って、それを嗅ぎつけるのが本当に上手いのです。いやぁ、綺麗さっぱり滅べばいいのに、あいつら……」


 若干の私怨を混ぜつつニコレッタはそう説明する。

 するとラウラは目を見開いて、それからしょんぼりと肩を落とした。


「…………ごめんなさい」

「いえいえ。でもね、先ほども言いましたが、ラウラさんのお気持ちはとっても嬉しいですよ。それにラウラさんは、ちゃんと相手のメリットになることを考えて、提案してくださっている。何かの交渉をする際に、相手の事情も考えて話ができるというのは、素晴らしいことだと思います」

「ニコレッタさん……」

「私も生活に余裕が出来たら、自由に色々とできるから楽しいんですけどねぇ。でもね、こればっかりはね、自分でちゃんと何とかしたいのです」

「あなたは……誠実な人ですね」

「そうでもないですよ。私は自分の欲望に忠実なだけですからね」


 ニコレッタがちょっとお道化た調子で、大袈裟に胸を叩いて見せると、ダンテとラウラはくすくすと笑った。

 この兄妹、笑顔が素敵だ。

 そんなことを思いながらニコレッタは言葉を続ける。 


「――というわけで、本当の婚約はご遠慮しますが、一時的な婚約でしたら構いませんよ」


 ニコレッタがそう言うと、兄妹は目をぱちぱちと瞬いた。


「え? でも、お断りを……」

「ええ、お断りはしました。ですが、他人に人生を好き勝手にされそうな人がいると知って、見て見ぬふりはできません」


 ですから、とニコレッタは人差し指をピンと立てる。


「ダンテさんに、心から婚約したい人が現れるまでの繋ぎの婚約者、とかどうですかね?」


「だ、だが、それではあなたの評判に傷がつくだろう?」

「あってないようなものですよ、私の評判なんて。お困りなのでしょう?」

「うっ! ……困っては、いる。周りから、婚約はいつになるのかとせっつかれて……」


 ダンテは目を伏せてそう言った。その声は、だいぶげんなりとしている。


(これはだいぶ参っているようですねぇ……)


 他人にとって、こういう話題は格好の餌になりやすい。

 そして周囲から囃し立てられるくらいには、ダンテがお相手から積極的に迫られているのが分かった。

 ダンテが折れるのが先か、相手が攻め落とすのが先か。

 ――たぶん、そんな感じだったのだろう。

 このままではダンテは精神的に追い詰められて、望まない婚約を受けることになってしまいそうだ。


 どんなに評判の良い騎士だって人間なのだ。

 人の心は鎧を纏うことはできない。ただそこに、耐性があるかどうかだけ。

 力では敵わない相手だって、心を潰せば倒すことができるのだ。

 そしてそういう手段を取る相手を、ニコレッタは心の底から軽蔑している。


「ちなみにお相手って、どのくらい粘れば諦めそうです?」

「……一年、長くても二年断り続けることができたら、何とかなると思います。それ以上はあの方のご家族が許さないかと」


 あの方という部分に少し引っかかりを覚えつつ、ニコレッタは「分かりました」と頷く。


「ではひとまず、二年間婚約者でいましょう。その先は状況を見て、どうするか判断する形で」

「……本当によろしいのですか?」

「構いませんよ。ですが、そうですねぇ。もし気になるなら、たまにうちのお菓子を買って、売り上げに貢献していただければ!」


 ニコレッタがウィンクをしてそう返せば、ダンテの表情がほっとしたように柔らかくなった。


「ありがとうございます。……正直に言いますと、本当に困っていて。では、その……よろしくお願いします」

「はい。よろしくお願いします」


 ダンテから差し出された手を、ニコレッタはしっかりと握り返す。

 するとラウラが立ち上がり、両手を振り上げて喜び、ぴょんぴょんと飛び跳ねた。


「やったー! これでカルロッタ姫様からお兄様を守れるわ!」

 そこで聞こえた名前に、ニコレッタは「ん?」と固まった。


 カルロッタ姫と言えば、パルム王国の末の姫君の名前だったはずだ。

 末っ子ということで、家族から甘やかされて育てられたため、少々我儘になっているという噂話を聞いたことがある。


「…………」


 ニコレッタは一度目を瞑って考える。


「もしかして私、お姫様に喧嘩を売ったことになるのですかね?」

「…………」

「…………」


 ぽつりと呟いた言葉にアルジェント家の兄妹は、同じタイミングでサッと目を逸らしたのだった。


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