2-2 シュガーポット
「お兄様! もう、デリカシーがないわ!」
「い、いや、だが……」
怒るラウラにダンテは困った顔になる。
たぶんこれは普通に心配してくれているのだろう。
ダンテの人の良さに、ニコレッタは自分の両親のことを思い出して、少し懐かしくなった。
「んふふ。おかげさまでうちのお菓子はご好評をいただいておりますよ。ですがお菓子の売り上げだけでは、生活費と食材の仕入れの両立が、ちと厳しくてですねぇ」
適当に誤魔化しても良かったが、この二人になら話してしまっても良いだろうと思い、ニコレッタは正直に答えた。
彼らはジャンニーニ家にやってきた詐欺師とは、纏っている空気がまるで違う。
ニコレッタはフェイ診療所で色んな人たちと接している内に、そういうものが何となく分かるようになった。
人を騙そうとする輩が纏っている空気は黒くて重ったるいが、この二人は清涼感に満ちている。腐ったバナナと瑞々しいバナナくらい違うのだ。
それにアルジェント家の人間であれば、話したところで、変なことには使われないだろう。
使うとしたら社交の場だろうけれど、ダンテとラウラは、そんな品の無いことはしなさそうな気がした。
そんなことを考えながら話すと、ダンテは不思議そうに首を傾げる。
「ニコレッタさん、それはどういう……」
「お兄様! 不躾よ!」
ラウラが慌てた様子でダンテの言葉を止めた。
――これはもしかしたら、ダンテは自分のことを知らないのかもしれない。
ニコレッタはそう思った。
自己紹介をした時に、ラウラは直ぐにニコレッタが、没落貴族であることに気づいていたが、ダンテの方はあまりそれらしい反応がなかった。
その時は、気を遣って知らないフリをしてくれていたのかなと思ったが、どうやらあれは、ただピンときていないだけだったらしい。
それならば、ちゃんと説明をした方が良さそうだ。
「えっと、ダンテさんはジャンニーニ家という貴族はご存じですか? もしくは、砂糖菓子令嬢の名前に聞き覚えは?」
「え? ああ、あり……ます。確か借金が膨らんだせいで没落したと……」
「お兄様!」
「え? ……あっ!? す、すまない! あ、そ、そうか、君は確かジャンニーニと……」
そこまで話して、ダンテはようやく合点がいったようだ。
ダンテはハッと目を見開いて青褪める。
「もう、お兄様、こういうところは本当にダメ!」
「う、す、すまない……」
妹に怒られてダンテはしょんぼりと肩を落とした。
ラウラが怒ってくれる気持ちは嬉しいが、実のところニコレッタは、まったく気にしてないので、ちょっと申し訳ない気持ちになってしまう。
(それにしても、かわいい人ですねぇ)
ニコレッタはダンテを見ながら、心の中でしみじみとそう呟いた。
純朴そうで、真面目そう。良い意味で自分の両親と似ていてほっこりする。
「まぁ、そんな事情でして。お店がお休みの日に、フェイ先生のところで働かせてもらっているんですよ」
「そうでしたか……。君は働き者ですね。素晴らしいです」
するとダンテからそう褒められた。
その言葉が予想外でニコレッタは目を丸くする。
「…………」
「どうしましたか?」
「あ、いえ……そう言われたことがあまりなかったので、ちょっとびっくりしてしまって。……んふふ。ありがとうございます、ダンテさん」
「あ、い、いえ……」
ニコレッタがはにかんでそう言うと、ダンテの頬が少し赤くなった。
「これは……チャンスなのだわ……!」
それを見てラウラが目を光らせる。
「ニコレッタお姉様!」
「おっ、お姉様……っ⁉」
突然のお姉様呼びにニコレッタはきゅんとした。
あまりにも的確なご褒美だ。ニコレッタは胸を押えて軽く仰け反る。
そして喜びにぷるぷる震えながら「ど……どうしました?」と尋ねる。
「お願いがあるの! お兄様の婚約者になって欲しいの!」
するとラウラは、とんでもないことを言い出したのだった。