9-10 カスタードプリン
「……その、フェイ先生に付き合ってもらって、少し練習したんですが、久しぶりなので足を踏んだらすみません」
「大丈夫です、私がリードします。こう見えて意外と得意なんですよ」
そんな話をしながら二人もまた踊り始める。
わ、とニコレッタは目を丸くした。
先ほどダンテが「得意」と言ったが、確かにその通りだ。彼にリードされると、とても踊りやすくて身体が軽い。
「すごいですね、ダンテさん……!」
「ありがとうございます。……ですが、ちょっとだけ妬けますね」
「え?」
「あなたに頼ってもらえたフェイ先生に」
「そうですか?」
「はい。ニコレッタさんは、あまり人に頼らない方なので」
ダンテが羨ましそうに目を細める。
「いえいえ。自分ではどうにかならない事には手を出していないだけですよ。フェイ先生は私にとって身内みたいなものですから、相談しやすいのはありますけれど」
何もかもを失ったニコレッタを、ずっと気にかけてくれていたのがフェイだ。
幼い頃から付き合いがあるからというのはもちろんだが、独りぼっちのニコレッタを見守り、元気付け、時には叱ってくれていた存在が彼である。
だから何かを相談しようと思った時に、ニコレッタは真っ先にフェイの顔が浮かぶ。
ダンスの練習についても、ちょっと無理を言ってお願いしたのだ。
ちなみに練習の翌日には「使っていない筋肉が痛いヨ……」と筋肉痛に呻いていて、ニコレッタは申し訳なさとお礼の意味を込めて、フェイ好みのお菓子をたくさん差し入れていたりする。
ダンスをしながらそんな話をするとダンテは、
「羨ましいです」
今度ははっきりと言葉にした。
そして、
「ニコレッタさん。私と結婚していただけませんか」
と続けた。ニコレッタは思わず足が止まりそうになり、少しよろけたところをダンテに抱き留められた。
僅かに遅れてあちこちから、小さく「わあ……!」と歓声のようなものが聞こえる。
「し、失礼しました」
「い、いえ、私の方こそ驚かせてすみません」
二人はそう謝り合うと、音楽に合わせてダンスを再開する。
しかし、先ほどと違ってニコレッタの動きはぎこちない。体温が上がったせいで顔は赤いし、心臓だって音が聞こえてしまうんじゃないかと言うくらい早鐘を打っている。
「あの、えっと。結婚ですか?」
「はい。ニコレッタさんが私のためを思って、一時的な婚約者にと仰って下さった時、本当にありがたかったのです。……ですが、あなたと接する間に、一時的なんて約束をした事を後悔するようになりました。ニコレッタさんの事を好きになってしまった。私はあなたと本当の婚約者になりたいのです」
ダンテの顔が苦し気に、そして申し訳なさそうに、少し歪む。
それを見上げながらニコレッタは自分の体温がどんどん上昇しているのを感じた。
「あなたの厚意に不誠実だと何とか忘れようとしました。……ですがダメです。あなたがかわいくて、かっこよくて、優しいから。あなたを好きな気持ちがどんどん膨らんでしまって。本当は先ほど、マイヤーを殴り飛ばしてやりたかったんです」
「騎士のお仕事は」
「一時的な婚約者という首輪がなければ放り投げておりました」
きりっとした顔でダンテは言い放った。
真面目で誠実な彼からは、絶対に出ないだろうと思っていた言葉を聞いてニコレッタはポカンとする。
そして彼が決して冗談ではなく、本心で言っているのだろうなという事は分かった。
「…………」
ニコレッタもダンテが好きだ。好きになってしまった。
だから彼からの好意は嬉しい。とても嬉しいのは本当だ。
けれどここで受け入れてしまったら、自分の存在は彼にとってお荷物になるのではないだろうか。
ダンテの人生を苦くしてしまうのではないだろうか。
ニコレッタはそう不安になった。
『恋ってのは甘いだけじゃないけどサ、いいと思うヨ、本当にサ。好きになったら、そのために努力したって全然オーケー。君はいつだって、そうやって頑張ってきのを僕は見てきたヨ』
その時、フェイの言葉が蘇る。
――ああ、そうだ。お荷物になるかもしれないけれど、そうならないように、もっとよくなるように努力すればいいんだ。
『ニコが……幸せになってくれていると、いいな』
手紙に書かれていた叔父の言葉が浮かんで来る。
ニコレッタは一度目を閉じて、呼吸を整える。そして目を開けると、真っ直ぐにダンテの瞳を見つめた。
「ジャンニーニも、ニコレッタ自身としても、未だ世間の評判は大変よろしくありません。私と結婚すれば、きっとあなたの人生に苦みを落とします」
「……はい」
「でも、私はあなたが好きです」
「はい……えっ」
しょんぼりとしかけたダンテは、ニコレッタの言葉に目を見開く。
「あなたがこれから食べて行く人生を、砂糖菓子のように甘い人生を、私に作らせてください」
「――――っ」
ダンテの顔が真っ赤に染まる。ほぼ同時に楽団の演奏が一曲終わった。
人の動きが止まり、一瞬の静けさがホールに満ちる。
その瞬間、
「私も!」
感極まったダンテの声が響き渡った。人々の視線がニコレッタ達に集まる。
「ニコレッタさんの人生を、砂糖菓子のように甘くします! あなたを見守り、愛している人達が、あなたに贈ったお菓子のように!」
そしてダンテはニコレッタを抱きしめて、ぐるりと大きく一回転する。
ニコレッタの足が浮かび、ドレスがふわりと風に揺れる。
「うわ、わ! だ、ダンテさん、力持ちですね!」
「はい!」
あわあわと慌てるニコレッタに、ダンテは満面も笑みを浮かべる。
あ、かわいい。
その笑顔に思わずニコレッタがキュンとしていると、周囲からワッと歓声が上がった。
「いやぁ、こんな素敵なプロポーズが見られるだなんて!」
「今日は色々なサプライズ続きでしたわね!」
「これ記事書いていいんですかね!?」
あちこちからそんな声が聞こえる。
……よくよく考えれば、とんでもない場所でプロポーズされたものである。
慌てて国王夫妻の方へ顔を向けると、彼らも微笑ましいものを見るような顔で拍手をしていた。
ニコレッタがダンテと並んで先ほどよりも赤い顔になっていると、視界の端にフランクの顔が映った。
赤い目と鼻をした彼は、相変わらず申し訳なさを感じる笑顔を浮かべながらも、拍手をしてくれている。
そんなフランクに向かってニコレッタが、
「いい記事書いてくださいね!」
照れ隠しついでに笑って言えば、彼はきょとんとした顔になった後、また顔をくしゃりとして泣きそうになりながら、
「当然ですよ!」
と掠れる声で返ってきた。




