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砂糖菓子令嬢と甘党騎士のちっとも甘くない婚約事情  作者: 石動なつめ


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9-8 カスタードプリン


 フランクが現れた時、ニコレッタは『どうして』と思った。

 驚くニコレッタ達の前で、彼は少し緊張した様子で話し始める。


「私はある夜、王都のバーでその詐欺師が、話をしているのを聞きました。あんたとそっくりの顔をしていましたよ」

「……、だから何だと。そんな記憶など曖昧だと、先ほどもお話したばかりですよ」

「ま、そうですよねぇ……」


 フランクは指で顔をかいた後、


「――ジャンニーニ家のお貴族様は本当にお人好しだったなぁ。だからころっと騙されてくれたぜ。まーだ信じていやがる。こりゃあ没落もそう遠くはないだろうなぁ」

「な……!?」


 普段の彼らしからぬ口調で、そんな事を言った。とたんにマイヤーがぎょっと目を剥く。


「……あれぇ? 今の反応は何なんですか? 覚えがあります?」

「え、いや……あまりに酷い言い方だったんで……皆様だって、ほら……」


 マイヤーが言い訳をするように周囲を見回す。

 しかし内容に不快感こそ示したものの、マイヤーのように大袈裟に反応をした人間は一人もいない。

 フランクはニヒルな笑みを浮かべて両手を軽く開く。


「あはは。ですよねぇ、ええ、私も思いましたよ。よく覚えているでしょう? 私はあんたのその話を聞いて、記事を書いたんだから。いつ話していたかも分かりますよ。その内容を載せた新聞の発行日の二日前の夜だ。何なら、その時あんたが飲んでいた酒の銘柄も分かりますよ。ゴーシュの赤。それも若い奴だ」

「ああ、それはマイヤーの好みのワインだね。仕事の話がてら一緒に食事をする時に、彼がよく飲んでいるよ」

「さ、サラーフ様……」


 ついでにサラーフにまでそう言われて、いよいよマイヤーの顔色が悪くなる。

 よくは分からないが、どうやらフランクはニコレッタ達の味方をしてくれているようだ。

 ニコレッタが再び『どうして』と疑問を感じていると、


「――お貴族様は私の話なんて聞いちゃくれない」


 フランクはそう続けた。自嘲するような声で、視線は床を向いている。


「だから記事にしてやろうと思った。情けない話ですよ。私はあの時、あんたの話を聞いて柄にもなくヒーローになれると思ってしまった。役に立てて、有名になれる。そうすれば金だって稼げる。家族に美味いものを食べさせてやれて、安酒じゃなくて高い酒を飲んで陽気に酔っぱらっていられる!」


 そこまで一気に話した後、フランクは力が抜けたように肩を落とす。


「……情けない話ですよ。私があの時するべきだったのは、あの場であいつを捕まえて突き出すか、騎士を呼ぶかのどちらかだった。きっかけを与えればきっと他の誰かがやってくれるだなんて、思っちゃいけなかったんだ」


 フランクの声は、手は、震えていた。

 こんな大勢の前で、自分のした事を告白するのは、どれほど勇気がいる事だろうか。

 蔑まれるかもしれない。この先一生、そういう目で見られ続けるかもしれない。信用を失くすどころかマイナスになる可能性だってある。


 ――どうして。


 ニコレッタがそう思ったのは三度目だ。

 だって彼はジャンニーニ家の事を好き勝手書いた人だ。ニコレッタが大嫌いなゴシップ記者だ。


 ――どうして?


 四度目。考えても理由は分からない。

 けれどもニコレッタには、フランクが許されたいがために、こんな事をしたようには思えなかった。

 そもそも悪いのは詐欺師で、騙されたのはニコレッタの両親で、フランクはそこに便乗しただけだ。あんな記事を書かれた事に憤りはあれど、それはそれ、これはこれだ。

 彼はこの件には関係がない。だから口を閉ざしていたってよかったのである。


「…………」


 ニコレッタは一度、妖精石のペンダントに目を落とした後、ぎゅっと握った。


「……あの記事の噂を聞いて、走り回ってくれた人がいました」

「…………」

「私はそのおかげで――今もこうして生きていられます」


 頭にもう二度と会えない叔父の顔が浮かぶ。

 叔父はあの新聞記事を読んだ人達の噂を聞いたからこそ、直ぐに動いてくれていたのだ。ニコレッタはそれをずっと知らずに恨んでいた。

 

『……世の中は言わなくては伝わらないものばかりです。知らないと言うのは恥ではありません。知らないままでいる事よりも、苦しくても恥ずかしくても、知った方がずっといい』


 ダンテの言葉が蘇る。


(そうですね、ダンテさん)


 ニコレッタは顔を上げてダンテを見る。すると彼が気遣うような眼差しを向けてくれていた事に気が付いた。

 ニコレッタはそんな彼に笑って見せると、再びフランクの方へ顔を向けた。


「ありがとう、フランクさん。あなたの記事のおかげです」

「――え」

「でも内容に関しては、めちゃめちゃ腹が立っていますけどね!」


 場を和ませるようにちょっとだけお道化た調子で言うと、彼はきょとんとした顔になった後、くしゃりと顔を歪めた。それから俯いで肩を震わせ始める。少しして床にぽたぽたと涙の粒が落ちた。


「何……何なんです、これは。だから何だと言うんです……」


 マイヤーが困惑した様子で周囲を見回している。それから彼はニコレッタの方を向いて、


「あなた、一体何がしたいんです!? こんな『可能性』だけの話をして、私を貶めて……意味が分からない!」


 そう叫んだ。ニコレッタは「そうですか?」とすっとぼけながら首を傾げる。


「そうですとも! このような無意味な騒ぎを起こして……あなたに品性がないと証明しただけではありませんか!」

「それはそう、とも言えますが。ですが本当に意味がないと、そうお思いですか?」

「何……っ」


 眉間にしわをよせるマイヤーに向けて、ニコレッタはにっこり笑って、


「だってあなたは今、サラーフさんのと(・・・・・・・・・・)ころで(・・・)働いているじゃありませんか?」


 そう言えば、彼は一瞬不可解そうに首を傾げて、直ぐにニコレッタの言葉の意味を理解したようで、ハッとした様子でサラーフの方を向く。


「今も昔も、きっと証拠は残してはいないでしょう。ですが私達の話を聞いて判断するのはサラーフさんです。今回は上手く行かないかもしれませんよ?」


 ジャンニーニ家を騙した件で、マイヤーを捕まえる事は難しい。

 けれど、今、起きようとしている詐欺を防ぐ事なら出来る。

 そして騙そうとした相手が、いかに遠くても王族の血を引いているならば、南の国(ヴォラーレ)にいる間は監視がつくだろう。


 彼は二度と南の国(ヴォラーレ)で詐欺を行う事は出来ない。

 また、ここでパルマ王国の要人達にも顔が知られてしまった以上、この国でも同様の事をするのは難しいだろう。

 彼が出来る選択はさらに違う国へと逃げるか、大人しく罪を認めるかのどちらかだ。


「さ、サラーフ様……し、信じてください! 私は、そんな……!」

「そうか。だけどね、マイヤー。これは君を信じるための留学でもあったんだよ」


 サラーフは最初と変わらない朗らかな笑みを浮かべたまま、


「うちの両親や親族達も報告を待っているんだ。ちなみに王族の血を引く人間を騙そうってのはねぇ、うちでもちょっと大変な事になるかもしれないね」


 と言い放ち、マイヤーは血の気の失せた顔で膝をついたのだった。


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