2-1 シュガーポット
ニコレッタの自宅兼店は、大通りから少し逸れた場所にある。
名前はパティスリー・シュガーポット。青い屋根と、お菓子の絵が描かれた白い外壁が特徴の、素朴な雰囲気の建物だ。店の周りにはニコレッタが手入れをしている花も咲いている。
決して大きくはないものの、お手頃の価格で美味しいお菓子が買えると、女性や子供たちに人気の菓子店である。
営業日は週に三日。フェイ診療所でのアルバイトが休みの時に、ニコレッタは店を開けている。
*
パティスリー・シュガーポットの居住スペース。
そこにニコレッタは、ダンテとラウラを招き入れていた。
「はーい、おまたせしました!」
にこにこ笑顔でそう言いながら、ニコレッタは二人の前にお菓子のお皿を置く。
甘い香りがふわりと広がり、ラウラが目を輝かせた。
「ハニーケーキだわ!」
「そうですとも! ハチミツたっぷりのハニーケーキです。我ながらいい出来ですよ~」
「ふっくらとしていて美味しそう……」
するとダンテもワクワクした声でそう呟いた。嬉しい反応である。
そんな二人に、ニコレッタは紅茶を淹れて、自分も席についた。
「すごい、すごい! 美味しそうなハニーケーキだわ、お兄様! 嬉しい!」
「ら、ラウラ。もう少し遠慮と言うものをだな……」
「いえいえ、いいんですよ。私、自分で食べるのも、誰かに食べてもらうのも、どちらも大好きですから!」
「そ、そう……? だが……」
ダンテはちらちらとハニーケーキを見ながら、申し訳なさそうな顔をしている。
そんな彼を見て、ニコレッタはハッとした。
――もしかしたらダンテは、甘い物が苦手なのではないだろうか?
家にある材料で作ることができて、食べた時に満足感のあるものを考えて、ハニーケーキを作ったが、お菓子の類ではなくオムレツとかエッグベネディクトとか、そちら系にすれば良かったのかもしれない。
「あの、えっと……その、自信満々に言っておいてアレですが……。ダンテさん、大丈夫でしたかね? 私、お菓子の方が得意なのでついつい出しちゃったんですが……もしかして甘いものはあまりお好きでは……?」
「いやっ、そんなことはありません! その……意外に思われるかもしれませんが、私、甘いものは大好きなのです。ただちょっと、ハニーケーキに思うところがあって……本当にいただいてしまって大丈夫なのですか?」
すると、ダンテはおずおずとそう訊いてきた。
ニコレッタはほっとする。苦手でないならば良かったと思いながら「ええ、もちろん!」と頷いた。
「では、たーんとお召し上がりくださいな。何ならおかわりもありますからね!」
「わーい! いただきまーす!」
「い、いただきます……」
ニコレッタが、さあどうぞと両手を軽く広げると、ラウラは元気に、ダンテは恐る恐るフォークを手に取った。そしてハニーケーキを一口サイズに切って、ぱくりと口へ入れる。
(食べ方、綺麗ですねぇ)
洗練されているなぁとニコレッタが感心していると、
「美味しい!」
「美味しい……!」
二人は飲み込んでから、揃って笑顔になった。
その後、直ぐに次の分を口に運んでいたので、お気に召していただけたようである。
ニコレッタは「んふふ」と微笑んで、自分もハニーケーキを食べ始めた。
口に入れたとたんに、ハチミツの優しい味が広がる。美味しい。
ハニーケーキは、使うハチミツによって味が変わるが、今日のハチミツは当たりだ。パルム王国の南西部にある、小さな村で採れたハチミツである。
頭の中で産地と銘柄を思い浮かべながら、ニコレッタはまた買おうと決意していると、ふと、ダンテの手が止まっていること気が付いた。
彼は半分くらいまで食べ進めたハニーケーキを、その琥珀色の瞳でじっと見つめている。
「ダンテさん、どうかしましたか?」
ニコレッタが首を傾げて尋ねると、ダンテはハッと顔を上げた。
「あっ、いや、その……美味しくて、びっくりして」
「んふふ。それは何よりの誉め言葉ですねぇ」
ニコレッタは作ったお菓子を人に食べてもらうことが好きだ。
美味しいと笑ってくれたなら、それが一番嬉しい。シュガーポットを自分で経営するようになって、今まで以上にそう思うようになった。
この心境に至るまでの過程は、決して良かったとは言えないけれど、それでも今は純粋にそう思うのだ。
「それにしても、こんなに美味しいお菓子のお店があるなんて知りませんでした。私もまだまだです。今度は同僚も連れてきますね」
「あっ、それは普通にありがたいです。週の後半の三日間店を開けておりますので、ご来店お待ちしております!」
ニコレッタがそう言うとダンテは目をぱちぱちと瞬いた。
「三日間開けてらっしゃるのですね?」
「はい、三日間です。前半は別のところでアルバイトをしておりまして。フェイ診療所ってご存じですか?」
「あ、はい。たまに騎士団でお世話になっております。しかし、なるほど、そうか……三日間……」
すると、ダンテの表情がだんだんと深刻そうなものへ変わっていく。
……何かまずいことを言ってしまっただろうか?
ニコレッタは自分の発言を思い出し、少しばかり考えてみたが、特におかしな点はなかった。良く分からないので、とりあえずハニーケーキを再び口に運ぶ。美味しい。
(今度、お菓子の材料の産地を揃えて、地域フェアとかやってみても面白いかも)
もぐもぐと咀嚼をしつつ、そんな事を考えていると、
「その、このハニーケーキもとても美味しいので、きっと他のお菓子も美味しいのだと思います。ですが、ニコレッタさん、もしかして……経営に何か問題が……?」
ダンテがそんなことを言い出して、隣のラウラが思わずと言った様子でごほごほと咽た。