9-7 カスタードプリン
「さ、サラーフ様……!?」
さらりと言ったサラーフに目を剥くマイヤー。お人好しで優しいと評判の自分の主人から、こうもあっさり見捨てられるような事を言われるとは思わなかったのだろう。
マイヤーは縋るような目をサラーフに向けるが、彼はにこにこ笑ったまま、
「大丈夫、後ろ暗い事がなければ何も問題ないさ!」
なんて元気に励ました。
無責任に応援しているようにも聞こえるが、普段の自分らしさを損なわずに、有無を言わせず逃げ道を塞ぐやり方が見事で、勉強になるなぁとニコレッタは思いながら、
「カルロッタ様。場所を移した方がよろしいですか?」
「いいえ、この場で大丈夫よ」
「ありがとうございます」
カルロッタの許可を得たニコレッタは、マイヤーの方へ一歩足を踏み出した。彼はギクリと肩を跳ねさせる。そして一瞬顔を顰めた後「仕方ありませんね」と息を吐いた。
「そちらのお嬢様の謎とやらが、私とどう関係しているのか皆目見当もつきませんが、聞くだけは聞きましょう」
マイヤーは、やれやれ、と軽く手を開いた。取り乱す様子はないものの、雰囲気は少しピリピリしている。
それはそうだろうとニコレッタは心の中で呟く。
マイヤーはニコレッタが誰なのかは気付いたようだが、その事で自分が捕まる事は無いと高を括っているのだ。
その理由は彼を捕まえるための証拠がほとんどないからだ。
騎士等の目がある中で、せめて自白させる事が出来れば話は変わって来るが――恐らくマイヤーが自白する可能性は低い。どんなに針の筵だろうと、知らぬ存ぜぬで通せばそれまでだ。
ここでニコレッタが何を言っても「知りません」「認めません」で話は終わるだろう。
――過去の話ならば。
「実は私の家はジーノという名前の詐欺師に騙されて、多額の借金を負ったのです。その詐欺師の取った手口が、あなたとまるで同じなのですよ」
「そんな……同じだから何だと言うのですか? その詐欺師と私を一緒にするだなんて……それにこんなに大勢の人がいる場でなんて。私だけならばまだしも、サラーフ様の名誉にも関わります」
「そうですね。だからこそ身の潔白を証明するために、彼は敢えてこの場で話を聞いてくださったのでしょう――と思っているのですか、いかがですか?」
「うんうん、分かってくれていて嬉しいよ! 僕は南の国の王の許可を得てやって来た留学生だからね! 両国の友好のためにも、疑念が出来たらサッと払拭しておきたいのさ」
ニコレッタの問いかけにサラーフは笑顔が頷くと、マイヤーの顔が歪んだ。
騙せていたはずの主人が、ちっとも自分の味方をしてくれない事に、どうやら少し焦っているようだ。
ジャンニーニ家のような、ただのお人好しであったなら、もっと容易く騙せたのだろうとニコレッタは思う。
「……お嬢様は私がその詐欺師だと仰るのですね。では、それを証明する手段はおありなのですか?」
「私の記憶しかありませんね」
「曖昧過ぎるではありませんか……! あなたの家がその詐欺師に騙されたのは、もう何年も前でしょう。今よりも子供で、かつ、そんな曖昧な記憶で私を犯罪者呼ばわりするだなんて……皆様もそう思われませんか?」
マイヤーは悲愴な顔を作って、舞踏会の参加者達へ訴えかける。
一部からは「それは確かに……」と呟く声も聞こえたが、ニコレッタは気にしない。
「曖昧と仰るならその通りです」
「ほら!」
「でも、どうしてあなたは、私の家が詐欺師に騙されたのが何年も前だと断言されたのですか? 私、騙された、としか言っておりませんよ?」
「え」
ニコレッタの言葉にマイヤーの表情は凍り付く。
「き、聞き間違いでしょう」
「いえ、それはありません。私はカルロッタ姫より、一字一句逃さずに書き取れとの指示を受けておりますので。何なら今、確認していただいて構いませんよ」
逃げ道を作ろうとしたマイヤーの言い分を、ダンテが手帳を掲げてバッサリと切り捨てる。
「こ、婚約者を守るために、いくらでも捏造が出来るでしょう」
「捏造? お二人がどんな質問をしあうかも分からないのに? それと彼女が私の婚約者である事と、騎士としての仕事は別の話です。私情を優先していたら、話を聞いた時点であなたを殴り飛ばしているところでしたよ」
真面目な顔で言うダンテに、マイヤーがヒッと青褪めた。
彼はこういう冗談を言わないタイプなので、本当にやっていたのだろうなぁとニコレッタは苦笑して、同時に嬉しさも感じた。自分の事を想ってくれる人がいるのは本当にありがたい事だ。
ニコレッタはそう思いながら妖精石のペンダントに触れる。
そうしていると、
「――私もあなたの顔、見ましたよ」
参加者達の中からそんな声が聞こえた。
顔を向けると、人だかりの中で、誰かの手が挙がっているのが見える。
「ちょっとすみません、すみません」
男の声だ。彼はそう言いながら、人の間を掻い潜って前に出て来た。
その姿を見てニコレッタは目を見開いた。
何故なら、その男は――
「失礼、私は記者のフランクと申します」
――あのゴシップ記者、フランクだった。




