9-6 カスタードプリン
「どうしたんだい、愛しい人! そんなところに隠れて……シャイなんだね!」
「ううう、今までに会った事のないタイプなのよ……」
にこにこしながら好意全開のサラーフに対し、カルロッタは戸惑い気味にそう呟いた。
会った事がないというよりは、多少違っていてもカルロッタもそういうタイプだった気がするのだが、どうやら自分がそれを向けられるのは苦手らしい。
なるほどなぁと思っていると、
「おっと、失礼したね! 初めまして、素敵なお二人さん! 僕はサラーフと言うんだ」
サラーフがニコレッタ達に気が付いた。彼は朗らかな笑みを浮かべると、そう挨拶してくれる。
「初めまして、サラーフさん。ダンテ・アルジェントと申します」
「ニコレッタ・ジャンニーニです。初めまして。よろしくお願いいたします」
「よろしくね、ダンテ、ニコレッタ! あっ、もしかして……二人は恋人同士なのかな?」
「えっあっ、えっ……と……こ、婚約者です」
「は、はい! 婚約者です」
サラーフのストレートな表現に、ニコレッタとダンテは顔を真っ赤にしながら頷く。
すると彼は微笑ましそうに目を細めて、くすくすと楽し気に笑った。
「ふふ。初々しくてかわいいね! マイヤーもそうは思わないかい?」
「え、ええ、そうですね、サラーフ様」
そして彼は後ろに控える従者にそう話を振った。
しかしマイヤーと呼ばれた従者は、何故か妙に歯切れの悪い返事をしている。
そんなに答え辛い話ではないはずなのに、ちょっと妙だなと思いながらニコレッタが見ていると、サラーフが「ああ!」と笑って、
「彼は僕の一時的な従者でね。半年前からうちの事業を手伝ってもらっているんだよ。マイヤーと言うんだ。この国の出身だと言うから、無理を言って留学について来てもらったんだ」
と言った。どうやら正式な従者ではないらしい。
そうなのかとニコレッタが思っていが、ダンテやカルロッタは特に驚いている様子はなかった。
もしかしたら従者がどういう人物なのか、事前に知っていたのかもしれない。
「どんな事業をなさっているのですか?」
「うん! 実は僕ね……住んでいる町に学校を作ろうと思っているんだよ!」
サラーフは両手を広げて、太陽のような笑みを浮かべながらそう言った。
それは素敵な話だが、ニコレッタは感心するより先に「ん?」と妙な引っかかりを覚えた。
「学校、ですか」
「そうそう! 彼が提案してくれてね! 学ぶ機会が増えれば、きっと貧しい子供達にも色んな未来が開けるって! 素晴らしい事だと思うんだ!」
「…………」
ニコレッタは笑顔のまま固まった。そして同時に頭の中に、ある人物の言葉が蘇る。
『私は……どんな家庭環境の人間でも通える学校を作りたいのです!』
そのとたんにニコレッタの記憶の扉が開き、マイヤーに感じている既視感の正体が鮮明になった。
――この男、ジャンニーニ家にやって来た詐欺師だ。
それを理解したニコレッタは、笑顔を必死で顔に張り付けて動揺を隠す。
「ニコレッタ。……見覚えはある?」
その時、背後からカルロッタが小さな声でそう尋ねてきた。
――ああ、とニコレッタは思った。
カルロッタや、恐らくダンテも、知っていてこの場を整えてくれたのだと、何となく察した。
ニコレッタは視線をサラーフ達に向けたまま、表情を一切動かさずに「はい」と答える。
カルロッタは小さく頷くと、ダンテの背中を軽く叩いて「見張っていて」と指示を出す。その一言で、ダンテの纏う空気が騎士のそれへと変わった。
ニコレッタは息を吸って、さらに問いかける。
「んふふ。それは素晴らしいですね。ご自分と同じく貧しい暮らしをしている子供達を助けようとして、学校を作りたいだなんて」
「そうなんだよ! 素晴らしいだろう? 僕はとても感動して……うん? 僕、そこまで話したっけ?」
首を傾げるサラーフ。この様子だと彼はマイヤーの正体には気付いていないようだ。
ニコレッタはそんな彼の質問には答えず、にっこりと笑ったまま話を続ける。
「学校を建てるために多額のお金が必要で、それで作ってしまった借金も肩代わり……とかしませんでした?」
「ああ! けれど僕の両親が、大きなお金が動くと人の心は変わる。だから信用が大事だと、お金のやり取りをする前に僕の従者として、一年間働いて欲しいと条件を出したのだけど……どうして知っているんだい?」
「いえ、ちょっと。……とても聡明なご両親ですね」
そう言ってニコレッタは微笑んだ。
きっとサラーフの両親は、冷静に相手の真意を見定める事の出来る目を持つ人物なのだろう。
――羨ましいな。
純粋にニコレッタはそう思った。
それから一度目を閉じると、マイヤーの方へ顔を向ける。目が合った瞬間、彼の身体が僅かに震えたのが分かった。
気付かれているという自覚があるようで何よりだ。
「ありがとう、両親の事を褒めてくれて。嬉しいよ。二人は僕の自慢だから。……でも、それだけではなさそうだね」
「んふふふ。どうでしょう」
「おっと、はぐらかされてしまったな! 謎が多い女性も素敵じゃないか。そう思わないかい、マイヤー?」
「そ、そうですね。……ですが女性と出会うたびにそうやって口説いていては、旦那様達からまたお叱りを受けますよ?」
「仕方ないじゃないか。僕と出会ってくれた女性は皆、素敵なんだから」
サラーフはそう言ってウィンクした。端正な顔立ちとヴォラーレらしい褐色肌が合わさって、サラーフこそミステリアスな魅力に満ちている。
今の一瞬で、近くにいた女性達から華やいだ声が上がった。
「ウィンクしたわ! ウィンクしたわ! レアよ!」
「サラーフ君、滅多にウィンクしないものね!」
なんて声も混ざっている。意外な言葉に『しないんだ……』と思ってニコレッタ達が見ると、サラーフは恥ずかしそうに顔を赤くして「いやぁ……」なんて頬を指でかいていた。
「ま、まぁ、僕の事はともかく……。謎の多い女性も素敵だけど、どうやら君の謎については、ちゃんと教えてもらった方がよさそうだ。そうだろう、マイヤー?」
「さ、サラーフ様? 何を仰って……」
「僕や両親が君を留学に同行させた理由を忘れたのかい? 君を信用するためだよ」
だから、とサラーフは笑みを深める。
「さあ、マイヤー。君が信用に足ると、僕の目の前で証明してみせてくれ」




