9-5 カスタードプリン
「ああっ、何て美しい方なんでしょう! どうかこの僕に、あなたのお名前を教えていただく栄誉を与えていただけないでしょうか?」
「私が美しいのは当り前よ。もう、ちょっと。勝手に手を握るのは失礼だわ」
ホールの中央では、カルロッタが何やら褐色肌の青年と話をしている最中のようだった。
「姫様とお話をしているのは、南の国の留学生ですね。サラーフという名前だそうです」
「なるほど……。何だかこう、最近、妙にヴォラーレと縁がありますねぇ」
「ですねぇ」
カジノの時の事を言えばダンテが苦笑する。
しかしカルロッタは相手にあまり興味がないようだ。青年からじりじりと距離を取っている。
「サラーフさんはどういう立場の方なんですか?」
「だいぶ遠いですが、王族の血を引いているらしいですよ。性格はお人好しで社交的。ですが少々世間知らずで、一緒にいる従者がよく頭を抱えているらしいです」
「従者? あ、後ろの方ですね」
「はい」
サラーフの斜め後ろ。そこに彼より少し身長の低い男が、どう止めようかと困り顔を浮かべているのが見えた。若干、諦めにも似た様子でもあるので、これが日常茶飯事なのだろう。
ニコレッタが苦笑しながら眺めていると、
「…………?」
――ふと、何故かその従者に既視感を覚えた。
どこかで見た事があるような気がする。もしかしたらお客さんの中にいたのかも……と一瞬思ったが、南の国の人間の従者をしているならば、それはないかとも思い直す。
ニコレッタが「うーん?」と記憶を辿っていると、
「あっ! ニコレッタ! ニコレッタ! ……とダンテ! 来てくれて嬉しいわ!」
カルロッタがこちらに気が付いて、サラーフから逃げるようにこちらへ駆け寄って来た。
「ついに……ついについでになれた……!」
ダンテがしみじみと嬉しそうに呟く。今まで苦労していた分、感慨深そうである。
そんなダンテをまったく気にせず、カルロッタはニコレッタの手を両手で握った。
「こんばんは、姫様! 今日もお美しいですね」
「うふふ、ありがとう。あたなも素敵なドレスね! よく似合っているわよ」
「ありがとうございます、カルロッタ姫様。ダンテさんのドレスをお借りしたんですよ。ラウラさんのおすすめです!」
「まあ! ラウラ、やるわね! ダンテのセンスはちょっと心配だったからよかったわ。あなた、すごく素敵よ!」
カルロッタは満面の笑みで褒めてくれる。するとダンテがちょっと不満そうな顔になった。
「私のセンスもそんなに悪くないと思うのですが」
「あら、知っているのよ、ダンテ。あなた、女の子への贈り物は、かわいいものがいいと考えているんでしょう? ラウラから聞いたもの。あなたの提案したドレスはフリルたっぷりでかわいいし、ニコレッタにも似合いそうだけど……ちょっとデザインが若すぎたわよ」
「何でそれを……というか、どうして妹と仲良くなっているんですか!?」
これにはダンテもぎょっと目を見開き、ニコレッタも目を丸くした。
ラウラはカルロッタがダンテに悩まされている事に憤慨していたので、そんな話をしている事があまりに以外だったのである。
するとカルロッタは少しだけバツが悪そうな顔で視線を彷徨わせて、
「……この間、ごめんなさいしたのよ。色々と迷惑をかけたから」
と言った。顔は少し赤くなっている。かわいい。カルロッタは思わずキュンとして、
「カルロッタ様……えらいです!」
と褒めると、彼女は「褒められたわ!」ときゃっきゃっと嬉しそうに喜んでくれた。
そうしていると周囲からも、
「カルロッタ様、最近、少し変わったなぁ」
「ええ。何だか穏やかで……元々お美しかったですけれど、かわいらしくもなりましたわね」
「今までの、こう……思いっきり踏んでくれそうな雰囲気もよかったですけれどねぇ」
なんて好意的な声が聞こえる。一部変なものも混ざっていたが、ニコレッタは聞こえなかった事にした。
まぁ、それはともかくとして。
カルロッタに対する評判が少しずつ変化しているのを感じて、ニコレッタは何だか嬉しくなった。
もっとも最初の頃は自分も彼女の事を快くは思っていなかったので、これまた勝手な感覚だけれども。
微笑ましいなぁなんて思いつつ、三人で和やかに話をしていると、
「待って、愛しい人!」
サラーフもこちらへやって来た。
言葉のわりには直ぐに追って来なかったなと思いながら顔を向けると、話しかけてくる人の相手を丁寧に済ませている様子がうかがえた。結構律儀な性格なのかもしれない。
そんな風に思っていると「ヒッ、また来たわ!」と言ってカルロッタが自分達の背中に隠れる。
「……何か既視感がありますね、これは」
ちらりとダンテを見上げれば、彼は渇いた笑みで「古傷が……」なんて呟いていた。




