9-4 カスタードプリン
二週間後の夜。
ニコレッタはダンテと共に、王城で開かれている舞踏会に参加していた。
透明な妖精石のペンダントと蜂蜜色のドレスを身に纏い、ダンテにエスコートされてホールへ入ると、招待客達の視線が集まるのを感じる。
妙に注目されているのはダンテと一緒だからだろう。
一部からは「本当に婚約者がいたんだ……」と驚いたような声が聞こえてくる。ダンテの妄想か、それとも幽霊とでも思われていたのかもしれない。
実在しますよ、何て心の中で返事をしながら周りを見ると、壁際に、何故か記者らしい人物が数人立っている事に気が付いた。
その中にフランクの姿もあり、ニコレッタは目を丸くする。
「ダンテさん、こういう時って、いつも記者が入っているんですか?」
「いえ、普段は入れませんね。今回は他国からの留学生を招待しているらしいので、仲良くやっていますよと世間にアピールするために、許可をしたらしいですよ。まぁ、国王陛下主催の舞踏会ですから、下手な記事は書けないでしょう。内容にもチェックが入るでしょうし」
「あ、確かにそうですね」
それならば良かったとニコレッタが思っていると、
「ところで……大丈夫ですか?」
「え?」
「まだ本調子ではなさそうなので」
ダンテからそう心配されてしまった。
「……分かります?」
「他の人には分かりませんが、私には。だって婚約者の事ですからね」
「――――、そっ、そう、ですか」
にこりと微笑んでそんな事を言われたら、何だか体温が上がって来てしまう。
これはいけないとニコレッタは両手を赤くなった頬に当ててパチパチ叩いた。
実際に、ニコレッタは元気がない……というか少し気落ちはしていた。
理由は叔父について書かれた手紙の件だ。あれが尾を引いているのである。
特に手紙を読んだ直後は、店を開けられないくらいに酷かった。なので誰にも会わない方がいいだろうと店をお休みにしていたら、たまたまお菓子を買いにやって来たダンテが「ニコレッタさん、無事ですか!?」と血相を変えて飛び込んで来たて、その流れで彼にはバレてしまったのである。
ダンテはニコレッタの話を静かに、そして真剣に聞いてくれた。
フェイ以外にこんな話が出来るなんて思っていなくて、ニコレッタは少しだけ戸惑いながら話し終えると、
「感じたままで、大丈夫ですよ」
とダンテはニコレッタの手を握って、胸に浮かんだ複雑な感情を肯定してくれたのである。
その声があまりに優しくてニコレッタは再び泣いてしまい、ダンテには慌てさせてしまったが。
「……正直にお話しますと、まだちょっと引き摺っていますが、上手く整理が出来ていないだけなので、意外と大丈夫ですよ。ダンテさんのお母様のドレスと、妖精石のおかげですかね」
「お力になれたなら母も喜んでいると思います。……綺麗な妖精石ですね。シュガーポットのオーブンと同じ色だ」
「んふふ。どうもジャンニーニの血筋は、透明な妖精石を持って生まれやすいんですよねぇ」
妖精石には色によって扱える魔法が変化する。
例えば赤色の妖精石ならば火や熱に関する魔法、青色の妖精石ならば水や氷に関する魔法といった感じだ。
その中では透明な妖精石は少々特殊で、時間や記憶といった――いわゆる『曖昧なもの』に関する魔法を扱う事が出来る。
しかし『出来る』という前提だけで、その辺りは魔法の中でもかなり難しい部類で、実際に扱える人間は少ない。
シュガーポットにある魔法具は、その扱い辛い妖精石を活用できる画期的な発明品な一つだった。
素晴らしいものを発明してくれたとニコレッタは感謝しながら、
「シュガーポットのオーブンの妖精石。あれをどうして叔父がそのままにしていたんだろうなって考えて――辿り着いたのはダンテさんの言葉でした」
「私?」
「妖精石のオーブン」
「あ……」
そう返すと、ダンテは軽く頷いた。
『ずっとニコレッタさんと店を守ってくれているんですね』
あの時、ダンテが言った言葉。
叔父について描かれていた手紙が真実だったとしたら、きっとそうだったのだろう。
「子供の私にはジャンニーニ家を建て直すのは、きっと無理でした。経営の勉強だってしていないんです。製菓事業を続けて行く事も出来なかったでしょう。だから叔父は悪役になった。それをようやく理解して、私はジャンニーニの製菓事業を買い取った方を調べて話を聞きに行きました。そうしたら、叔父からどうかジャンニーニのお菓子を守って欲しいと、何度も何度も頭を下げて頼まれたのだと教えてくださいました。それで出来たお金は全部、借金返済に充てていた」
買い取ってくれた人達は、ジャンニーニの製菓事業と従業員達を大切に扱ってくれた。
シュガーポットを退職した者達にも声をかけて雇ってくれていたらしい。
「情けない事です。私は何も知らずに、叔父を憎んで生きていた。――本当に、情けない事です。私はロッティさんに、偉そうにものを教えられる人間ではありませんでした」
日々の生活が必死だったからと言い訳をすれば簡単だ。
けれど、それから時間が経って多少心に余裕が出て来ても、ニコレッタは調べようとしなかった。
どうなっているのかを知るのが怖かったのだ。
ニコレッタは目を伏せた。するとダンテがニコレッタの手をぎゅっと握る。
「……世の中は言わなくては伝わらないものばかりです。知らないと言うのは恥ではありません。知らないままでいる事よりも、苦しくても恥ずかしくても、知った方がずっといい」
「ダンテさん……」
「ニコレッタさん、私は――」
ダンテが何かを言いかけた、その時。
ホールの中央付近から賑やかな声が聞こえてきた。




