9-3 カスタードプリン
「これは……」
手紙を受け取って中身を確認すると、フェイの表情が強張った。
――何かよくない報せだったのかしら?
気にはなったものの、さすがに内容を質問するのはデリカシーがない。なのでニコレッタが静かに待っていると、
「……ニコレッタ。この手紙、君宛てだヨ」
そう言ってフェイは封筒を差し出して来た。
「私ですか?」
「届け先はうちになっているけどネ。ここなら君に届くと思って、送ったんだろうサ。もしくは君に渡すかどうかの判断を、僕に委ねたんだろうネ」
「…………読んだらまずいタイプの?」
「少し前なら見せなかったネ。と言っても、僕は手紙がここに届いた理由までしか読んでないから、内容までは分からないかナ」
「…………」
ニコレッタは手紙を見つめる。フェイの言い方であれば、手紙の内容は恐らく喜ばしいものではないだろう。
けれども今のニコレッタなら読んでも大丈夫だとフェイは言う。ならば読まないわけにはいかない。
ニコレッタは頷くと両手で封筒を受け取った。
「……? 手紙以外にも何か……」
手に持った時、封筒は少し重さがあった。上から触って確かめると、ひし形状の硬いものが中に入っているようだ。
これは何だろうと思いながら封筒の中を覗くと、
「――――!」
――そこには透明な妖精石が入っていた。
それを見たとたんニコレッタの顔色が変わる。
取り出して実際に手で触れてみると、それが何の妖精石なのか直ぐに分かった。
ニコレッタ・ジャンニーニの妖精石だ。
「せ、先生! これ私の妖精石ですよね!?」
「僕もそう思うヨ」
「え、えええ……これが何で……?」
ニコレッタの妖精石は、フェイに取り出してもらった後に、妖精石を専門に取り扱う店でお金に換えている。
なのにどうしてここにあるのか――。
緊張で震える手に妖精石を握ると、ニコレッタは同封されている手紙を読み始めた。
♪
「……グラハム叔父さんが亡くなったそうです」
手紙を読み終えたニコレッタは小さく息を吐いてそう言った。
詐欺師と同じくニコレッタから何もかもを奪って消えた叔父――グラハム・ジャンニーニ。
ちゃらちゃらとして軽くて、それでよく周りの人達から呆れられていたけれど、どこか憎めない愛嬌のある男だった。
ニコレッタの記憶の中の叔父は、いつも朗らかに笑っては「あ、ニコ! 見て見て、新しいお菓子だよ~!」なんて言って、たくさんのお菓子を持って会いに来てくれた。
優しくて面白い人だった。ニコレッタはそんな叔父の事が大好きだった。
――けれど。
最後に見た叔父は無表情で「これからここで暮らすんだ」と冷たい声で言い放ち、ニコレッタをパティスリー・シュガーポットへ放り込んだ。
ショックだった。悲しかった。ニコレッタは何度も「どうして」と叔父に問いかけた。
しかし叔父は何も答えてくれず無言で店を出て行き、それっきりニコレッタの前に姿を見せる事はなかった。
「死因は?」
「病死だそうです。この手紙は叔父の主治医からみたいですね。どうぞ」
「僕が読んでいいノ?」
「はい」
ニコレッタは頷いて手紙をフェイへ渡す。彼は「分かった」と言って受け取ると読み始めた。
そうしてしばらくして、最後まで読み終えた彼は「……なるほど」と呟く。
その頃には、フェイの顔には怒りとも悲しみとも取れる、複雑な表情が浮かんでいた。
「グラハムさんは幼いニコレッタさんを守るために、敢えて、あんな行動を取ったのです――カ」
「んふふ。何と言うか……今更それを言われても困っちゃいますよねぇ」
手紙に書かれていた一文を声に出して読んだフェイに、ニコレッタは言葉の通り苦笑した。
詐欺師に騙されて莫大な借金が出来たジャンニーニ家――その事を叔父は、とある新聞を読んだ人間の噂話で初めて知ったのだそうだ。
それで大急ぎで戻って来て、どうにかこうにか返済方法がないかを考えたり、詐欺師を捕まえられないかと、必死で駆けずり回っていたらしい。
しかし、そうしている間にニコレッタの両親は亡くなり、借金返済の目途も立たず。このままではジャンニーニ家の跡継ぎであるニコレッタに全部を背負わせる事になる。
――ニコレッタを怖い目に合わせる事になってしまう。
それに子供のニコレッタには恐らく経営は難しい。だから叔父は敢えて自分が悪者になって、屋敷や製菓事業を信頼できる相手に売却し、何とかお金を工面したのだそうだ。
それでも足りない分を叔父は友人達に頭を下げて借金し、病が進行して動けなくなるギリギリまで働いて、返済し続けていたと手紙には書かれている。
亡くなる最後に叔父は「ニコが……幸せになってくれていると、いいな」と言っていたそうだ。
「…………」
ニコレッタは妖精石をぎゅっと握りしめた。
この妖精石も叔父が、誰かの手に渡らないようにと、店に頼み込んで取って置いてもらったのだそうだ。
そうしてお金を貯めて買い取ったそれを、自分が死んだら名前を伏せてニコレッタに渡してやってほしいと主治医に頼んだらしい。
叔父がどれだけニコレッタの身を案じていたかを知っている主治医は、どうしても黙っている事が出来なくて、叔父の頼みを破ってしまったと手紙には綴られていた。
「……叔父さん、優しかったからなぁ」
「優しいんじゃなくて、馬鹿だと言うんだヨ。特にこの主治医。……何も言わないとグラハムが決めたなら、最後までそれを貫き通してやれば良かったんダ。今更、真実を伝えたって困るダロ」
「フェイ先生、怒ってます?」
「怒っているヨ。だって僕はニコレッタが、グラハムが大好きだった事を知っているカラ」
フェイは細い目をさらに細くして、怒ったように言う。
ニコレッタは「んふふ」と笑った後で、
「……いや~、困ったなぁ」
なんて、本当に困った声で呟いた。
今までずっと叔父へ怒りを抱いて生きてきた。それが今になって、実はこうだったのだと言われても感情をどう処理していいか分からない。
「……でもね、先生。困っているけど、ちょっとだけ……安心もしていまして」
「安心?」
「はい。……嫌われていなかったんだなって」
そう言ったらニコレッタの目から、ぽろっと涙が零れた。
全部を奪われたあの時。それ自体も悲しくて苦しかったけれど、ニコレッタがそれ以上に辛かったのは家族がいなくなってしまった事だった。
両親を亡くしたニコレッタにとってグラハムは、あの時、ただ一人の親族だったのだ。
そんな彼から理由も分からず冷たくされ、突き放された。
今まで自分に優しくしてくれた大好きな叔父なんて、最初から存在しなかったのだと突きつけられたのが、ニコレッタはとてもショックだった。
「ニコレッタ……」
「……説明されても、理解は、できなかったんだろうなぁって思います。きっと私は怒っていたし、何とかなるって無責任な事を言っていた。製菓事業だって、どうしようもないくらい酷い場所に買い取られていたかもしれない。それは……分かるんですよ。今ならそれが分かっちゃうんですよ。だって、シュガーポットの経営だって必死だから」
気が付くと、自分でもびっくりするくらいの早口になっていた。
感情を、考えを、言葉にするのが追い付かない。
フェイが痛ましそうな顔になって、ニコレッタの頭をそっと撫でてくれた。
「困ったなぁ」
嬉しいのか、悲しいのか。苦しいのか、寂しいのか。もはやぐちゃぐちゃでよく分からなくなりながら、ニコレッタは泣き笑いの顔で静かに――静かに涙を流し続けたのだった。




