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砂糖菓子令嬢と甘党騎士のちっとも甘くない婚約事情  作者: 石動なつめ


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9-2 カスタードプリン


「――というわけで舞踏会に参加する事になりまして。その日のアルバイトを、お休みさせていただきたいのですが……」


 フェイ診療所でのアルバイトの日。ニコレッタはフェイに、そんなお願いをしていた。

 舞踏会に参加する事になったはいいものの、日程を確認したところ、診療所でのアルバイトと被る事が分かったからだ。


 とは言え舞踏会は夜なので、アルバイトを終えてからでも恐らく何とかなる。

 けれどもアルジェント家で準備を手伝ってくれるとの事なので、ある程度時間に余裕を持たないとまずいなと思ったのである。

 ニコレッタがそう説明しつつお願いをすると、


「おやまぁ、いいじゃないカ。楽しんでおいデ!」


 と、フェイはあっさりと許可してくれた。


「ありがとうございます、フェイ先生」

「いやいや。……んふふ。しかしニコレッタが舞踏会カ~。何だかこう、感慨深いネ」


 フェイはしみじみとそう言いながら、デスクの上に置いてある写真立てへ目を向けた。

 映っているのはフェイと、ニコレッタの両親、それから幼いニコレッタだ。

 ニコレッタ自身はよく覚えていないが、ジャンニーニ家の食事会にフェイを招待した時に、一緒に撮った写真らしい。


「そうですか?」

「うん。ほら、色々とさ、デビュタント前だったデショ。……アルヴァンさんとリモーネさんも、きっと喜んでいると思うヨ」

「そう……だといいな」


 慈しむように目を細めたフェイに、ニコレッタもはにかんだ。

 両親が亡くなったのはニコレッタが十五歳の時の事だった。

 パルム王国での社交界デビュー(デビュタント)は十六歳から。その手前で没落したので、ニコレッタはデビュタントの経験がない。

 もしも両親が健在で、ジャンニーニ家も変わらず存在していたのなら、ニコレッタは彼らと一緒に王城で開かれるデビュタントのパーティーに参加していた事だろう。


「それにしても大事なドレスを貸してくれるだなんて、アルジェント家の子達はニコレッタの事をよく見ていてくれるじゃないカ」

「んふふ。ですよねぇ。……本当に、一時的な婚約なのに、すごくよくしていただいてありがたいです」

「一時的カ~……」


 ニコレッタがそう言うと、フェイが「うーん」と唸って腕を組み、天井を見上げた。


「……ニコレッタはサ、どう思っているノ?」

「何がですか?」

「ダンテ君のコト」


 世間話のような雰囲気で、それでいていつもより少し真面目な声で聞かれ、ニコレッタは「えっ」と目を見開く。


「ど、どうとは……」

「好きかどうかってコト~」

「あうぐう……」


 質問の意図は何となく察したものの、念のためと視線を彷徨わせつつ再び聞けば、今度こそストレートな言葉を返されてしまった。

 身体がカッと熱くなる。頭から湯気でも出そうな気分だ。

 そのまま「あーっと、えーっと……」としどろもどろになっていると、フェイはくつくつと笑った。


「ウン、大体理解したヨ! 好きになっちゃんったんだネ」

「う、ううう……内緒にしていてくださいよぅ……」


 ニコレッタが両手を頬に当てて唸りながら、上目遣いにフェイを見ると、


「いーじゃナイ。好きになったっテ! 君達、婚約者同士デショ」


 と、楽しそうにフェイは言った。


「ち、違いますよ。一時的な婚約者です」

「人の心ってのは良くも悪くも変化するものだヨ、ニコレッタ」

「さすがに自分勝手と言いますか……提案したのは私ですし」

「――砂糖菓子みたいな人生」


 フェイは指をびしっとニコレッタに向ける。


「恋ってのは甘いだけじゃないけどサ、いいと思うヨ、本当にサ。好きになったら、そのために努力したって全然オーケー。君はいつだって、そうやって頑張ってきのを僕は見てきたヨ」

「…………」


 驚くニコレッタにフェイは優しく笑いかけながら、


「ダンテ君に嫌われるのが怖い?」


 今度はそう聞いて来た。ニコレッタは目を伏せて、


「……軽蔑されるのが怖いです。だって、そんなのはあまりに不誠実だから」


 ぽつりとつぶやくように言った。

 ダンテの事情を聞いた時、元々悪い評判のあった自分であれば、どんなに悪い評判が付与されたって構わないからとあの提案をした。


 その頃はダンテ・アルジェントがどんな人物なのか、ニコレッタはよくは知らなかった。

 第一印象は真面目そうで誠実そうだったし、実際の仕事ぶりもきっとそうなのだろう。

 けれども中身は穏やかで、ちょっと子供っぽいところもあるかわいい人でもあった。


 二人の間には劇的な何かがあったわけじゃないけれど、一緒にいる時間の中でだんだんとニコレッタの中にある『好き』の生地が膨らんだ。

 そして気が付いたら、その生地はオーブンに入っていたのである。

 そんな話をしていると、


「……ぐすっ」


 ――何故かフェイが泣き出した。


「ん? えっ、何でフェイ先生が泣いてるんですか!?」

「だ、だってェ……あのニコレッタが、家族の次にお菓子が大好きと言っていたニコレッタが……悪戯をしてお菓子をしばらく禁止された時に大泣きしていたニコレッタが……両手にドーナツを持って庭を飛び回っていたニコレッタが、こうしてちゃんと恋をしたってサァ……!」

「すごい! 最後だけ記憶にない! そんな事をしていたんですか、私!?」


 ぼろぼろと涙を流すフェイに、大慌てでハンカチを手渡していると、


「フェイ先生~! 郵便で~す!」


 診療所の外からそんな声が聞こえて来た。


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