8-7 キャロットケーキ
パティスリー・シュガーポットでの仕事体験を終えたカルロッタ・パルマは、意気揚々と王城へと帰宅すると、何故か両親と兄姉達がソワソワした様子で待ち構えていた。
「お帰り、カルロッタ。どうだった? 迷惑をかけたりしなかったかい?」
開口一番に、父から言われたのはそんな言葉だ。
あんまりである。カルロッタは口を尖らせて、
「お父様、失礼なのよ! 私、ばっちりだったもの。ね、レイラ、ハル!」
と言って双子の護衛達の方へ顔を向ける。同意を求められた二人は、
「ええ、ええ、姫様はご立派でした! こんな日が……来るなんて……!」
「姫様にしては珍しく何一つ問題を起こさなかったんですよ! すごい……お祝いしてもいいくらいです……! いえ、記念日……?」
相変わらず微妙に涙ぐみながらそんな事を言っていた。こちらもこちらであんまりである。
ハッとして兄姉達を見れば、そちらも鼻をすすっていたり、目を赤くしていたりしている。
彼女達の中の自分の評価ってどんなものなのだろうと、カルロッタは初めて心配になった。複雑な気持ちで「解せないわ……」と呟いていると、
「そう……頑張りましたね、カルロッタ。えらいですよ」
母だけは嬉しそうに微笑んでカルロッタの頭を撫でてくれる。
自分の行動を知ると、いつも頭が痛そうな顔をしていた母が、それこそ珍しく優しい。嬉しくなってカルロッタは「えへへ……」とはにかんだ。
「あっ、そうだわ! 見て、これ! 私が作ったお菓子と……働いて稼いだお金なの!」
「えっカルロッタが作ったのかい? すごいじゃないか。それにこの香りは……シュガーポットのキャロットケーキだ、最高だね」
「それにお金も?」
「ええ! ニコレッタさんがね、お給料だって渡してくれたのよ」
そう言ってお菓子の入った袋と、お金の入った封筒を家族に見せる。
すると家族は大きく目を見開いた後、直ぐに頬を緩めた。
「よい経験をしたのだね、カルロッタ。楽しかったかい?」
「ええ、とっても楽しかったわ、お父様! でも、とっても疲れたの。働くって大変なのね」
話しながらカルロッタは部屋の中を見回す。
そこには家族それぞれの護衛や、王城に勤める使用人達の姿があった。彼らもきっと、カルロッタが体験したよりもずっと大変な仕事を、毎日こなしているのだろう。
――ニコレッタさんやダンテだって、きっとそうだわ。
ダンテに会いたくて騎士団へ押しかけていた頃を思い出すと、彼らはいつも忙しそうだった。
なのに自分はそこへ無遠慮に首を突っ込んでは、騎士達の仕事を邪魔していたのだ。
思い出せば出すほどに、申し訳ない気持ちになってくる。
「……私、騎士団の皆に謝りたいわ。ずっと迷惑だったわよね」
「そうね。ダンテさんに対してもそうだけど、あなたが訪れるたびに、その相手をしなければならないから、とても大変だったと思うわ」
「……うん」
諭すような母の言葉にカルロッタは小さく頷く。
今になってようやくカルロッタはそれを知った。理解した。
今度はちゃんとアポイントを取って、邪魔にならない時間に騎士団を訪れて、お詫びをしよう。そう思っていると、父が「ふむ」と呟き、
「ニコレッタさんにお礼をしなければならないな」
と、顎を撫でながらそう続けた。
「ジャンニーニの子ですね。……あの時は、本当にかわいそうな事をしました」
「詐欺師に騙されて多額の借金を負って没落した……時の事?」
「ええ、そうです。経緯が経緯だけに、私達も表立って助ける事が出来なかったのですよ」
母曰く、詐欺というものは証拠がなかなか集められないため、立証がとても難しいらしい。
詐欺師が自白すればまだ何とかなるが、捕まえない事にはどうにもならない。
そしてジャンニーニ家を騙した悪党は、騙されたと気付かれる前に他国へ逃亡し、未だに行方は掴めていなかった。
「騙されて借金を負って没落した貴族は他にもいる。だからこそジャンニーニ家だけを特別扱いするわけにはいかなくてな」
「……でも、少なくともニコレッタさんの家族は悪い事をしようとして、そうなったわけではないわ」
「ああ。ジャンニーニの子達は、皆、お人好しだからな。分かるさ。……本当にかわいそうな事をした。彼らはこの国の民のために、いつも頑張ってくれていたのに」
「…………」
――そう思っているなら、他の貴族がどうとか言わずに、助けてあげたらよかったのに。
カルロッタは喉まで出かけた言葉を何とか飲み込んだ。
自分だってきっと、ニコレッタと知り合う前だったら「ふーん。騙されて馬鹿ね」と言っていたはずだ。
実際にグラナートパレスで自分は、似たような言葉を彼女にぶつけたのだ。
なのにニコレッタの事が気に入ったから、発言をころっと変えて父を責めるような事を言うのはお門違いである。
「……カルロッタは本当に、よい経験をしたのだね」
「え?」
「複雑な表情をしているよ」
父から慈しむような眼差しを向けられて、カルロッタは何と答えればいいか分からず、視線を彷徨わせた後で下を向いた。すると頭に今度は父の手の感触を覚える。
「……過ぎてしまった事は取り戻せないけれど、せめて詐欺師を捕まえて、ごめんなさいをさせたいわ」
ぽつりと口からそんな呟きが零れる。
「それなら、ちょっと気になる情報を耳にしたよ」
すると兄がそんな事を言った。
「お兄様、本当?」
「うん。先日さ、グラナートパレスで南の国出身の犯罪者が捕まったんだけど、その男が気になる事を言っていてね。何でも、詐欺師に騙されて借金を負ったから、うちの国に出稼ぎに来ていたんだって。その詐欺師はこう言っていたそうだよ。――貧しい人達を助けるために学校作りたい、ってさ」
「それって」
「そう。ジャンニーニ家の時と同じなんだよ。それでちょっと調べてみたら、どうもその詐欺師と容姿がよく似た男が、今、うちの国にいる」
「お兄様、居場所を教えて! 私、とっ捕まえてくるわ!」
カルロッタは兄に詰め寄って、ぐっと拳を握ってそう言うと、彼は肩をすくめて「ダメ」と首を横に振って、
「ちょっと接触が難しいんだ。そいつ、どうも南の国から来た留学生の従者をやっているみたいだから。なので、やり方を考える必要があるかな」
「やり方?」
「そう。……どうでしょう、父上? ついでに南の国にも恩が売れますよ」
そして悪い笑顔を浮かべてそう言った。
思わずカルロッタは身体をぶるりと震わせる。
「お、お兄様のあんな顔、初めて見たわ……」
「そりゃあ、かわいい妹の前では猫を被っていたもの。お兄様の本性はとっても腹黒よ、カルロッタ」
姉にしっかりと肯定されてしまい、カルロッタは軽くショックを受けた。
もしかしたら自分も騙されやすい方なのかもしれない。兄を見ながら、色々と気を付けないといけないなとカルロッタは思っていると、
「でも、珍しいわね。お兄様が他人の事で動くだなんて」
と姉が言った。そうなのか……と目を瞬きながらカルロッタも兄の方を見ると、
「うーん、他人って言うか私怨だね」
「私怨? お兄様も騙された事があるの?」
「まさか。……こう見えて僕、ジャンニーニのお菓子のファンなんだ。だから、それを潰しかけた奴に、個人的な恨みがあるんだよ」
そう言って兄はウィンクした。
こんなに怖い空気を纏ったウィンクがあるのだなと、カルロッタは再びぶるりと身体を震わせたのだった。




