8-5 キャロットケーキ
フランクが帰った後は、ごく普通に時間が過ぎ、あっという間に閉店時間となった。
ドアの外に『営業終了』のプレートをかけて店内に戻り、奥の部屋へと行くと、そこでは疲れ切った顔をしたダンテとカルロッタが、ぐったりと椅子に座っていた。
カルロッタはこうなるかなとは思っていたが、ダンテも慣れない仕事で疲れたようだ。
そんな二人を微笑ましく思いながら、ニコレッタは二人にホットココアを入れたマグカップを手渡す。
「お疲れ様でした、ダンテさん、ロッティさん」
「お疲れ様です……」
「つ、疲れたわ……」
「んふふ。頑張ってくださってありがとうございます」
二人を労いながらニコレッタは、双子の護衛達にも同じようにマグカップを渡す。
「私達もいいんですか?」
「もちろんですとも! ハラハラして疲れたでしょう?」
「あははは……バレちゃってたぁ」
ハルは指で頬をかいて苦笑した。
彼女達はカルロッタの護衛という事で、万が一が起きた時に直ぐに動けるよう、奥の部屋で待機していてもらったのだ。
その間、二人はずっと心配そうにカルロッタを見つめていた。彼女の行動に一喜一憂するハル達は、妹を見守る兄や姉のようにニコレッタには見えた。
そんな事を思い出しながらテーブルにトレーを置くと、ニコレッタ自身もココアを飲み始めた。
「それにしても、結構繁盛しているのね。驚いたわ」
「いつもはもう少しゆったりとした感じなんですけどね。皆、ダンテさんやロッティさんに興味津々だったみたいですよ」
「えっ私に? あら、ヤダ……そうなの? そう……皆、私の事、好きなのかしら」
するとカルロッタは顔に片手を当てて、ポッと頬を赤くした。
「えっと、ロッティさん?」
「何が……」
ニコレッタとダンテが目を丸くしていると、
「……そのう、実は姫様、惚れっぽいと言いますか」
「真正面からはっきりとものを言われたり、素直に好意を伝えられたりすると、相手を好きになっちゃうんです」
と、双子の護衛達がカルロッタには聞こえないくらいの声で、こっそりと教えてくれた。
「そういう相手、姫様には本当に少ないですから。ほら、姫様ってああいう性格でしょ? だから身分の事もあって、ほとんどいないんですよ。それで嬉しくなっちゃうんでしょうねぇ」
ハルはそうも続けた。
その言葉にニコレッタは先日のカジノの件を思い出す。もしかしたら、あの時のやり取りで気に入られたのだろうか――そんな風に思ったらニコレッタはキュンとした。何だか、カルロッタがどんどんかわいらしく思えてくる。
ニコレッタが「んふふ」と笑っていると、ダンテも「なるほど、そう言う……」と呟いていた。
どうやら彼も彼で思い当たる節があるらしい。恐らくダンテがカルロッタに惚れられた理由も、その辺りが関係しているのだろう。
なるほどなぁと軽く頷きながら、ニコレッタは飲み終えたマグカップをテーブルの上に置いて、奥の棚へと近づいた。そして鍵のかかった棚を開けると、中から封筒を二つ取り出す。
そしてそれをダンテとカルロッタへ差し出した。
「今日は本当にありがとうございました。これ、今回のお給料です」
『えっ』
ニコレッタがそう言うと、二人は大きく目を見開いた。
「いえ、いただけません! 私はただ勝手にお手伝いに来ただけですし……」
「わ、私もそんなつもりじゃないわ!」
首をぶんぶんと横に振る二人。
ニコレッタは笑って「だとしても」と言葉を続ける。
「労働には正当な対価を支払う事。これはこの国の法律で定められている事です。それに――」
「……それに?」
「誰かと一緒に働くのが久しぶりで、すごく楽しかったんです。ですのでこれは仕事の対価と、私からのお礼です。ありがとうございます、ダンテさん、ロッティさん」
「…………」
これは本音だ。
今まで誰にも話した事は無いが、従業員達を解雇した翌日、あまりに静かで寂しくてニコレッタは店の中で泣いた。
それから時間が経って、一人で働く事に慣れはしたものの、寂しさだけは変わらず胸の中にあった。
だから今日、ダンテとカルロッタと一緒に働けてニコレッタは楽しかった。
本当に、本当に、楽しかったのだ。
その気持ちを込めてお礼を言うと、ダンテとカルロッタは顔を見合わせ、差し出した封筒をおずおずと受け取ってくれた。
「……大事にします」
「私も。……私もよ。働いて、お金をもらったの……初めてだわ」
『ぐすっ、姫様……!』
真剣な顔のダンテ、感慨深そうなカルロッタ、そして涙ぐむ護衛達。
反応はそれぞれだが、そこまで喜んでもらえると、こちらは何だか照れてしまう。特別な事をしたわけでもないからだ。
なので照れ隠しのように「んふふ」と笑うと、ニコレッタは冷蔵庫の方へ歩いて行って、中にしまっておいた箱を二つ取り出した。中にはキャロットケーキが入っている。
「これ、お二人が作ったキャロットケーキです。どうぞ、お持ち帰りくださいな」
「えっ、いいの!?」
「いいんですか?」
「ええ、もちろん! そのために取っておきましたからね! 味見した時にも思いましたけど、最高に美味しいですよ!」
ニコレッタがウィンクをすると、ダンテとカルロッタはパァッと輝くような笑顔を浮かべる。
すると双子の護衛達が、
「ひ、姫様の手作りのケーキ……!」
「陛下達も喜んでくださいますよぉ……!」
――何故か号泣し始めた。
こちらもこちらで、まぁまぁ情緒がおかしくなっているようだ。
「な、何も泣く事ないじゃない!」
とカルロッタが顔を真っ赤にしながら慌てているのを、ニコレッタはダンテと共に、何だかほのぼのした気持ちで眺めていたのだった。




