1-3 コンフェイト
(こういうのって、男女関係なくあるんですねぇ……)
ニコレッタが相槌を打ちながら聞いていると、ラウラはコンフェイトの瓶を持つ手にぎゅっと力をこめる。
「とてもゆゆしき事態なのよ。だからね、私、考えたの。お兄様が先に、他の誰かと婚約してしまえばいいのだって!」
「なるほど?」
「でもね、お兄様ったら、そっちは全然ダメなの。頭がカッチコチ! だから私が一肌脱ぐことにしたのよ。……だけど、なかなか見つからなくて」
ラウラは元気に話してくれていたのだが、最後の方はしおしおと萎んでしまった。
(……なるほどなぁ)
話を聞いて、ニコレッタは彼女が泣いていた理由を理解した。ラウラは兄が幸せになれないのではないかと心配しているのだ。
そして、彼女の雰囲気だと、あまり猶予は残されていないように感じる。
(何か力になれないかな……)
ニコレッタがそう思っていると、ラウラは胸元からペンダントを引っ張り出した。ロケットペンダントだろうか。
そのペンダントを、ラウラはコンフェイトの瓶と一緒に大事そうにぎゅっと握りしめる。
「……それで悲しいお顔をなさっていたのですね」
「うん。……もしもね、相手が見つからなかったら、お兄様があの人と結婚しなくちゃならないって思ったら……すごく悲しくなったの」
そう言うと、ラウラの琥珀色の瞳に涙の膜が張り始めた。
あっ、とニコレッタは焦った。泣いてしまう。
慌てて鞄からハンカチを取り出そうと、わたわたとしていると、
「ラウラ!」
と男性に声の聞こえてきた。
顔を向けると、広場の入り口近くに、ラウラと似た容姿の青年が立っていた。
歳は二十代前半くらいだろうか。パルム王国騎士団の制服を着ている。良く見れば、よほど慌てていたようで、羽織っているコートが裏返しになっていた。
「ダンテお兄様……?」
ラウラが目をぱちぱち瞬いてそう呟いた。ぽろっと涙が零れる。ハッとして、ニコレッタは彼女の目の辺りに、ハンカチをそっと押し当てた。
その間に、ダンテと呼ばれた青年は、彼女の元へと駆け寄ってくる。
「ああ、良かった。探したんだぞ、まったく……って、どうしたんだ、ラウラ⁉」
ラウラの顔を覗き込んで、ダンテはぎょっと目を剥いた。
探していた妹が、目を赤くしてぽろぽろと涙を零していれば、それは驚くだろう。
そして彼はニコレッタの方へバッと顔を向けた。目を吊り上げて怒っている。
なかなかの迫力に、ニコレッタは僅かに仰け反った。
「きみ! ラウラに何をしたんだ⁉」
「あ~、いえいえ、私は何も……」
「ならば何故、妹は泣いているんだ!」
「ち、違うの、お兄様! ニコレッタさんは私を元気づけてくれていたのよ! 失礼な事を仰らないで!」
「えっ」
ラウラに怒られて、ダンテは大きく目を見開いた。
彼はニコレッタとラウラの顔を見比べてから、サッと青褪める。
「そ、それは……勘違いをしてしまい、大変申し訳なかった!」
「いえいえ。あなたのご様子をみれば、そのくらい心配だったのが分かりますよ」
「え?」
「服。なかなかユニークな着こなし方です」
「あっ」
暗に裏返しですよと教えると、ダンテの顔が赤くなった。彼は大急ぎでコートを脱いで着直している。
(……イイ。こういうかわいさもありだわ)
それを見てニコレッタは、内心そんな事を考えていたが。
「申し遅れました。私、ニコレッタ・ジャンニーニと申します。初めまして、ラウラさんのお兄さん」
「だ、ダンテ・アルジェントです。パルム王国騎士団に所属しております。……その、思い込みで怒鳴ってしまい、大変申し訳ありませんでした」
「お気になさらず……ん? アルジェント?」
その家名に聞き覚えがあって、ニコレッタは軽く首を傾げる。
「もしかして騎士の名家アルジェント家の……?」
「えっと、はい」
ダンテはこくりと頷いた。
アルジェント家と言えば騎士を多く輩出している有名な家だ。
そこのご子息と言えば、まるで物語に描かれるような騎士だと聞いている。
清廉潔白で紳士的、顔立ちも整っていて、女性たちから常日頃、黄色い悲鳴を浴びているとか。
(確かご両親を早くに亡くして、ご子息が当主になったんでしたっけ)
そんなことを思い出しながら、ニコレッタがポカンとしていると、ダンテがラウラへ訝しんだ目を向けた。
「……ラウラ。ニコレッタさんにちゃんと名乗ったのかい?」
「ちゃんと教わった通り、お名前だけ伝えたのよ!」
えらいでしょうと胸を張るラウラに、ダンテは頭を抱える。
「そうだけど、そうじゃないんだよなー! あ、あああああ、ニコレッタさん、重ね重ね申し訳ない……!」
弱り切った顔で謝るダンテ。
その時、彼のお腹の虫がぐうと鳴いた。
「あっ」
「もしやお腹が空いてらっしゃる?」
「いや、その……妹を探していたら、昼食を忘れていて……」
手でお腹を押さえてダンテは先ほど以上に真っ赤な顔になる。
かわいいな、この人。ニコレッタは微笑ましい気持ちになりながら、
「……とりあえず、何か、食べませんか?」
と二人に提案したのだった。