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砂糖菓子令嬢と甘党騎士のちっとも甘くない婚約事情  作者: 石動なつめ


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8-4 キャロットケーキ


 フェイが帰った後から、お客さんが続くようになった。

 ほとんどがシュガーポットの常連客だ。ニコレッタが開店時間が遅くなる事を話した時に「職場体験の子と、婚約者が手伝ってくれるんですよ」と軽く説明したので、気になっていたようだ。


「あらまぁ。本当にアルジェント家の坊っちゃんじゃないか」

「だから言ったでしょ~? 街で一緒に歩いているの見たって!」

「近くで見るといい男だね。ニコレッタさんが~って、うちの弟が血の涙を流していたよ」


 ダンテの方はそんな感じで年上のお客さん達に人気で、


「わ~! 髪、ツヤツヤで綺麗~! 目もぱっちりしてかわいい~!」

「ねぇねぇ、あなた、見ない顔ね! 王都に引っ越してきたの?」

「この街ね、面白いものがいっぱいあるよ! 今度案内したげる!」


 カルロッタは同い年や年下のお客さん達に人気だった。

 二人とも、戸惑いつつも楽しそうなのでニコレッタが「よかったな~」と思っていると、また入り口のドアが開いた。


「いらっしゃいま――」


 いつも通りに挨拶をしかけた時、ニコレッタの表情が固まった。


「どうも、ニコレッタさん」


 ――記者のフランクである。

 彼は雲散臭い笑顔を浮かべて、手を軽く挙げている。

 フランクがシュガーポットに来るのはごくたまにあるが、今はタイミングがよろしくない。


「いらっしゃいませ、フランクさん」

「ハハハ。そう警戒しないでくださいよ。ちょっと面白い噂を聞いたものだから、様子を見に来ただけなんで」


 そう言いながらフランクはダンテとカルロッタの方へ目を向ける。


「従業員を雇う余裕がないのに、二人もだなんて。何かいい儲け話でもあったんですか?」

「いつも通りですよ。取材目的ならお帰りください」

「おっと、これは失礼。それじゃあ、そうだな……あ、そこのキャロットケーキ三つください」

「かしこまりました」


 へらへら笑うフランクに、営業スマイルを浮かべて淡々と返しながら、ニコレッタは注文のあったお菓子を用意する。

 ダンテとカルロッタが手伝ってくれようとしたが、首を軽く横に振って断った。フランクと関わりを持たせない方が安全だと思ったからだ。


 この記者は意外と勘がいい。言葉や振る舞いの節々から、カルロッタの正体に気付くかもしれない。

 そうでなくても、ほんの些細な事で、二人にとって不名誉な記事を書かれかねない。

 それだけは避けなければとフランクから距離を取らせていると、彼もまた少ししてニコレッタの意図に気が付いたらしく、肩をすくめた。


「取材じゃありませんて。……うちの娘もキャロットケーキやお菓子が好きなんですよ」

「あら、そうなんですね?」


 彼に家族がいると聞いたのは初めてだ。

 だからキャロットケーキが三つなんだなとニコレッタは思いながら清算を済ませると、レジの後ろの棚からクッキーの入った小さな包みを取り出して、キャロットケーキの包みと一緒に彼に渡す。


「ではこれを娘さんにどうぞ。おまけです」

「クッキー?」

「ええ」

「……いいんですか? あなた、私の事が嫌いでしょうに」

「あなたの事は嫌いですが、お菓子が好きだと仰る娘さんの事は恐らく好きです」


 目を丸くするフランクに、ニコレッタはにっこり笑う。自分もお菓子が好きな子供だったから、お菓子好きな子供は大事にしたいのだ。

 フランクはニコレッタの言葉の裏に何かあるかもしれない考えているようだったが、しばらくして「……ありがとうございます」と言った。


「ま、確かにうちの娘は、私には似ちゃいませんのでかわいいですよ。……ああ、そうそう、お礼に宣伝記事とか書きませんよ」


 こういうところが実にフランクらしい言い回しである。相変わらずだなと思いながらニコレッタは両手を開いて、軽くため息を吐いた。


「期待しておりませんし、あなたに書かれたくありませんよ」

「でしょうねぇ。あ~、え~……それではお邪魔しました~」


 それから彼は、来た時と同じように肩手を軽く挙げて店を出て行った。

 もう少し粘るかと思ったが、意外とあっさり帰ってくれたので、ニコレッタは心の中で『よし!』とガッツポーズをする。


「ニコレッタさん、大丈夫ですか?」

「ええ、全然。やっぱり一人じゃないと、気持ちに余裕が出来ていいですねぇ」


 心配そうに聞いてくれたダンテにそう返しながら、ニコレッタは店の中を見回す。

 

『……何だか懐かしい気持ちになったヨ。よかったネ、ニコレッタ』


 すると先ほどのフェイの言葉が頭の中で蘇った。

 ニコレッタはふわりと目を細めながら、


「いつもよりずっと楽しいですねぇ」


 しみじみと言ったのだった。


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