8-3 キャロットケーキ
キャロットケーキが焼き上がり、ダンテ達に接客業務について説明した後、ニコレッタは店を開けた。
「いよいよ接客なのね……!」
「だ、大丈夫ですか、ロッティ様……」
気合いの入るカルロッタと不安そうなダンテ。奥の部屋からは双子の護衛達も心配そうに覗いていた。
確かに彼らの気持ちは分かる。お菓子作りはともかくとして、カジノの一件を見る限りカルロッタの対人関係がだいぶ心配だ。
一応、ニコレッタも万が一の時のために「職場体験中です」みたいな言い訳は考えているし、常連客や知り合いにはそれとなく話している。
しかし実際にどうなるかはやって見ないと分からない。
けれどもカルロッタはそんな心情などおかまいなしに、
「ダメよ、ダンテ。ロッティ様なんて呼んだら怪しまれるわ。私を呼ぶ時はロッティさんよ! ニコレッタさんもいいわね!」
カルロッタはピンと人差し指を立ててそう言った。
ニコレッタがお願いした通り、自分の正体がバレる事に関してだいぶ気を付けてくれているようだ。
これにはニコレッタも少々意外に思った。そしてこの様子なら、もしかしたら大丈夫かもしれないとも思える。
「分かりました。ではそう呼ばせていただきますね、ロッティさん」
「は、はい。私も気を付けます……ええと、ロッティさん」
ニコレッタとダンテがそう呼ぶと、カルロッタは満足そうに頷いた。何なら、ちょっと鼻歌でも歌いだしそうなくらいご機嫌である。
『様』呼びではないのが嬉しいのだろうかとニコレッタが思っていると、ドアが開くと同時にベルがカランコロンと鳴って、中へ本日一人目のお客さんがやって来た。
入って来たのは私服姿のフェイだ。
「やあ、ニコレッタ。こんにちは」
「あっ、フェイ先生、いらっしゃいませ! 先生がお店に来てくれるの久しぶりですね、どうしたんですか?」
「いや~、実はネ! 珍しいものが見れそうだから、お邪魔してみたんだヨ!」
フェイはにっこり笑うと、ダンテやカルロッタの方へ目を向けた。
彼と目が合うと、ダンテが「ヒッ、フェイ先生……!」と小さく悲鳴を上げる。フェイに何を言われたのか具体的な内容は知らないが、よほどトラウマになっているようである。
しかし、それでも彼は何とか笑顔を作ると「い、いらっしゃいませ……」と言った。それを見てカルロッタも「いらっしゃいませ!」と挨拶をする。
「こんにちは、お邪魔するヨ~。それじゃあ、せっかくだからオススメをもらおうかナ?」
「はーい! ダンテさん、ロッティさん。先ほど作ったお菓子をご案内してください」
ニコレッタがそう頼むと、二人はハッとした顔でキャロットケーキの置かれたショーケースに手を向けた。
「本日のオススメは焼き立てのキャロットケーキになります」
「ドライフルーツがたくさん入っているのよ……じゃない。いるんですよ」
「なるほど、なるほど。焼き立てのケーキは美味しいよネ~。それじゃあ、一ついただこうかナ。あと……あ、ジャミー・ビスケットくださいナ」
『かしこまりました』
二人の声が揃うと、フェイが、くっ、と楽しげに笑う。
ニコレッタは微笑ましさを感じつつ、ダンテ達に「ゆっくりで大丈夫ですよ」と言いながらフォローをする。
そうして何とか支払いが済むと、ダンテとカルロッタは安堵の息を吐いた。
「はい、ありがとネ。……んふふ。何だ、結構いい感じじゃないの、お二人サン」
「んふふ。でしょう? お菓子作りも思っていたよりもだいぶスムーズだったんですよ。覚えが早いです」
「へぇ~それは何よりダ! どんな技術だって、身に着けるに越した事はないからネ」
そう言いながらフェイはお菓子の入った袋を受け取る。それから彼はもう一度ダンテとカルロッタの方へ顔を向けた後、ぐるりと店の中を見回した。
「フェイ先生?」
「……何だか懐かしい気持ちになったヨ。よかったネ、ニコレッタ」
それから彼は穏やかな口調でそう言うと、優しく目を細める。
フェイが何を見ているのかニコレッタには分かった。両親が生きていた頃だ。
あの頃のパティスリー・シュガーポットにはダンテやカルロッタのように、明るい笑顔で働いてくれる従業員達がいた。
美味しいお菓子と、甘い香りと、笑顔が溢れるこの店がニコレッタは大好きだったのだ。
一人で店を守る様になってどのくらい時間が経っただろう。
そう思いながらニコレッタはダンテとカルロッタを見る。二人は不思議そうに首を傾げていて、ニコレッタはちょっとだけ笑った。
「……はい、フェイ先生」
「うん。それじゃあ、僕は帰るヨ。またネ!」
「お気をつけて! またお待ちしております!」
ニコレッタが頭を下げると、ダンテとカルロッタも真似をして同じように頭を下げた。
フェイはひらひらと手を振るとドアを開け、帰って行ったのだった。




