8-1 キャロットケーキ
『ニコレッタ・ジャンニーニ様。この度は、娘の我儘を聞き入れていただき、誠にありがとうございます。
娘は向こう意気が強く、思い込みの激しいところがあり、周囲から浮いてしまう事が多々ございます。しかしながら私共にとってはかわいい娘であり(中略)というわけで、あなたのところで働いてみたいと言い出した事に驚きながらも、その変化を嬉しくも思っております。
きっと、とてもご迷惑をおかけするとは思いますが、何卒よろしくお願いいたします』
♪
国王からとんでもない手紙をいただいて、ニコレッタの心臓が飛び出そうになってから数日後。
パティスリー・シュガーポットへ、ダンテとカルロッタが働きにやって来た。
「説得できちゃったんですね」
「頑張ったのよ! 褒めていいわよ!」
腰に手をあてて、えへん、と胸を張るカルロッタ。
「ロッティ様、本当に頑張ったんですよ」
「近年まれに見る頑張りですたよ」
双子の護衛達は苦笑してはいるものの、どこか嬉しそうな雰囲気を醸し出している。喜ばしい事なのだなと何となく伝わって、
「えらいです、ロッティ様」
「えっ」
「えらいです!」
素直に褒めると、カルロッタは目をぱちぱちと瞬いた。それから落ち着かない様子で視線を彷徨わせ、だんだんと顔が赤くなってきた。どうやら照れているらしい。
その様子がかわいくて、ニコレッタは思わずキュンとした。もともとかわいいもの好きなニコレッタである。うっかり締まりのない顔になりかけていると、
「そ、そんな事よりも! 変装はどうかしらっ!」
カルロッタが上擦った声でそう言った。
今日のカルロッタは、以前に『ロッティ』として会った時よりも服装がシンプルなものになっていた。丸眼鏡をかけて、髪も三つ編みにして左右に垂らしている。
こういう雰囲気も似合っていてかわいらしく、これならばひと目見ただけではカルロッタだとは気付かれないだろう。
「ばっちりパルム王国一般市民です!」
「ええ。身内でなければ気付かれる事はないと思います」
「うふふふ。聞いた、レイラ、ハル!」
「はい、ロッティ様。良かったですねぇ!」
「朝四時から起きて頑張った甲斐がありましたね!」
それはまたずいぶん早起きして準備をしてくれたものである。
そんなに楽しみにしてくれていたんだなぁとニコレッタはほっこりとした気持ちになりながら「それでは、これをどうぞ」とダンテ達に制服を手渡した。
白のコックシャツに焦げ茶色のエプロンと帽子。それぞれに小さく、店名と同じシュガーポットの刺繍が施されている。
「わあ……!」
カルロッタの目が輝く。喜んでくれているのは何よりである。ニコレッタは微笑ましく思いながら、
「それでは、着替えが終わったら始めますね」
と言うと、ダンテとカルロッタからは「はい!」「分かったわ!」と元気な返事が返って来たのだった。
♪
パティスリー・シュガーポットは菓子店だ。
基本的な仕事はお菓子の製造と包装、品出しと接客。もちろん清掃や後片付けもあるが、そこはニコレッタ自身がやるので、ダンテ達にはまずお菓子作りを手伝ってもらう事にした。
「開店時間が遅くなってしまいそうですが、大丈夫なのですか?」
「ええ。日程のご連絡をいただいて直ぐに、お客さんにはお報せしていますから」
ダンテの質問にニコレッタはそう答える。
全部いっぺんに教えても混乱するだろうし、ダンテはともかくカルロッタは体力を使うような仕事には慣れていなさそうだ。なので余裕を持って、落ち着いて働く事が出来るようにニコレッタなりに考えたのである。
それに一応、販売用のお菓子の何種類かはすでに作ってある。彼らに手伝ってもらうのは一種類だ。
「ねぇねぇ、ニコレッタさん。何を作るの?」
「んふふ。今日はですねぇ、キャロットケーキを作ります」
ワクワクしながら聞いて来たカルロッタにそう言うと、彼女は「知っているわ!」と手を挙げた。
「パルマキャロット。初代女王の名前がついた野菜よね。うちの国の特産品でもあるわ」
「その通り! ではどうしてその名前がついたのかはご存じですか?」
「えっと、確か……」
むむ、とカルロッタの眉間にシワが寄る。思い出そうとしているようだ。
ニコレッタはちらりとダンテに目配せする。彼は小さく頷いて、
「ヒント、土壌」
と言うと、カルロッタがハッとした顔になる。
「初代女王が、パルマの土地でたくさん育つように研究し、広げた野菜だからよ!」
『正解です!』
ニコレッタとダンテが拍手をすると、カルロッタは満面の笑みを浮かべた。
こうしてちゃんと接してみれば、反応が素直な方だなとニコレッタは思う。考えてみればカジノの時も、彼女は自分の考えや欲望をストレートに表現していた。身分を考えると珍しいくらいの裏表のなさだ。
相手の気持ちや周囲の状況を慮る事が出来れば、色々と拗れなさそうだなとも思ったが、この辺りは経験の積み重ねが必要だ。恐らくカルロッタの両親はそれが分かっていて、だからこそ今回の件を許可したのだろう。接客業はその辺りを鍛えるのにちょうどいい仕事だから。
――まぁ、一番の理由はかわいい娘の願いを叶えてやりたいという気持ちだろうけれど。
「パーティーでも、キャロット料理が多く並ぶのはそういう事なのね」
「そうですね。騎士団でもキャロットサラダは定番です」
「んふふ。栄養もありますらからねぇ」
そう言いながらニコレッタは腕まくりをする。
「では、始めましょう。まずは――料理の前に手洗いからです!」
「はい!」
「ええ!」
ニコレッタのかけ声に、ダンテとカルロッタが元気に返事をする。
少し離れた場所に立つ双子の護衛達は、
「何か学校みたいじゃない?」
「そうね。ロッティ様が楽しそうで嬉しいわ」
と、ニコレッタ達の様子を微笑ましく眺めていた。




