7-3 クイーン・ケーキ
「お待たせしました! ご用意できまし――た?」
ニコレッタがダンテ達が注文してくれたお菓子を袋に詰めて持ってくると、何だか部屋がやけに静かになっていた。
ダンテは顔が赤いし、カルロッタは何か考え込むようにティーカップを見つめている。
これは何かあったのだろうかと疑問に思いながら護衛の方へ顔を向けると、双子は何とも言えない曖昧な笑みを浮かべていた。
「何かこう……ありました?」
気付かないフリをして流すのが正解かもしれないが、自分の家で何かあったのならば家主としては気になる。なので尋ねてみると、
「い、いえ、何でも! ええ、はい!」
「ええ、何でもないわ……」
ダンテは若干上擦った声で、カルロッタは少し気落ちしたような声で返事をしてくれた。正反対である。
この短い時間の間に一体何が起きたのか。雰囲気的には、喧嘩や言い合いの類ではなさそうだが。
詳細を知りたい気持ちはあるが、二人が「何でもない」と言ったならば、しつこく聞くのはマナー違反だ。なのでニコレッタは「そうですか……」とだけ返した。
そうしていると、双子の護衛が気を遣ってくれたようで、
「そ、それよりも! あまり長居をしてはお店にご迷惑ですよ、ロッティ様!」
「そ、そうですね! お菓子のお支払をして、今日のところは返りましょう、ロッティ様!」
と話題を変えてくれた。微妙な空気になっている空間で、これはとてもありがたい。
ありがとうございます、と心の中で感謝をしていると、ダンテも「で、ですね!」と頷いて立ち上がった。
――けれども。
カルロッタだけは椅子に座ったまま、ぴくりとも動かない。
「…………」
「あの……ロッティ様? 帰りますよ?」
「ロッティ様、聞こえてらっしゃいますか?」
護衛達がおずおずと声をかけるが、カルロッタの反応はない。ニコレッタとダンテも顔を見合わせて首を傾げた。
どうしたのだろうと疑問に思っていると、
「……決めたわ」
カルロッタがようやくそう言葉を発した。それから彼女は立ち上がり、ニコレッタに向かって靴音を響かせながら近付いて来て、
「ニコレッタさん!」
「な、何でしょう?」
「私、ここで働いてみたいわ!」
そんな事を言いだしたのだ。
その場にいた全員がぎょっと目を剥く。
「はいー!? ちょ、ちょっと、姫様!? 何を仰ってるんですか!?」
「またそんな思い付きを……陛下に叱られますよ!?」
あまりに驚き過ぎて設定が吹き飛んでしまったらしい護衛達は、大慌てでカルロッタを止めようとする。しかしカルロッタは、つん、と顔を背けて、
「だって、知らない事ばかりなのは悔しいもの」
と、本当に悔しそうにそう言った。
そんな主人の言葉に護衛達は驚いた様子でお互いに顔を見合わせている。それから二人はふるふると震え出したかと思うと、
「姫様からそんな言葉が聞けるなんて……」
「すごい……今日は素敵な事がありそう……」
指で目尻をこすって感慨深そうに呟いた。
「そ、そんなに嬉しそうにしなくてもいいじゃない!」
これにはカルロッタも怒っていいのか、照れていいのか分からないらしく、顔を真っ赤にしながら口を尖らせる。
「…………んふふ」
彼女達のやり取りを聞いて、ニコレッタは微笑ましい気持ちになりつつ苦笑する。そして、これは色んな意味でお断りするのは難しそうだと思いながら、
「分かりました。ですが二つ条件をつけさせていただいてもいいでしょうか?」
「ええ、いいわ。何かしら?」
「ありがとうございます。では一つ目、ご家族にちゃんと許可を取ってください。うちはお菓子屋です。誰が来るかは分かりません。なので万が一、というような事態が起きないように、ご家族とのご相談をお願いします」
「うっ、わ、分かったわ……」
カルロッタの顔が若干強張ったが、それでも彼女はこくりと頷いた。
相談とは言ったものの、恐らく説得になるだろうとニコレッタは考えている。
ニコレッタとしては許可が下りるか下りないかはどちらでも構わない。けれども内緒で行動してカルロッタに何か起きた場合、その対処方法等が雲泥の差になるのだ。
「二つ目は、カルロッタ姫様である事を隠していただきたいです。お客さん達に驚かれてしまいますからね。働く際に来ていただく制服はこちらでご用意しますので、前後の変装をしっかりしていただきたく」
「まかせて、得意だわ!」
これにはカルロッタも自身ありげな笑顔を浮かべる。
髪型を変えたり、眼鏡をかけたりするだけでだいぶ印象は変わるので、もしもまずそうだったら、来てくれた時に何とかできるので、こちらはあまり心配していないが念のためだ。
お客さんを驚かせたくないのはもちろんだが、王族がこんな場所にいると分かればよからぬ事を企む者も現れるかもしれないし、フランクのような記者が嗅ぎつけてくるかもしれない。
カルロッタの身の安全のため、シュガーポットのお客さんの安全のため、とにかくこの二つは守ってもらいたい。
そう言うとカルロッタは素直に受け入れてくれた。やはり、先日の様子とはだいぶ違うなとニコレッタが感心していると、
「……ニコレッタさん。日付が決まったら、私にも連絡をいただけないでしょうか?」
神妙な顔をしたダンテにそう頼まれた。
「構いませんが……どうしましした?」
「色々と心配なので、私も一緒に働きます」
「えっダンテさんもですか?」
思わずニコレッタが聞き返すと、彼は大まじめな顔で「はい」と頷いた。
「私はニコレッタさんの婚約者ですから、お店の手伝いという理由であれば、一緒にいても不自然ではないでしょう? 一緒にいさせてください」
「ダンテさん……」
心配してくれているのだなと思ったら、ニコレッタは胸がキュンとなった。そう思ってもらえて嬉しい、のかもしれない。
ニコレッタは照れながら「では、よろしくお願いします」と笑った。するとダンテも、ほっと息を吐いて笑顔を浮かべる。
何だか予想外の事が立て続けに起きたけれど、誰かと一緒に店で働くのは久しぶりだ。少しばかりワクワクしてきたニコレッタだったが、ふと、気になる事を思い出した。
「ちなみにお二人に接客や料理の経験は?」
「ないわ!」
「ないですね!」
二人はいい笑顔で言い切った。
これは教え甲斐がありそうだと、ニコレッタは思ったのだった。




