7-2 クイーン・ケーキ
パルム王国の初代女王は、皆と一緒に畑を耕し、物を作り、そうしてこの国を建てた。情に厚い賢王であったと歴史書には綴られている。
「一緒に働いて、へとへとに疲れていた時に、女王様はこのカップケーキを作って皆に振舞ったそうです。今よりも砂糖が気軽に買えない時代だから、本物はこれよりも甘さが控えめなんですけどね」
そう言いながらニコレッタは、クイーン・ケーキを乗せたお皿を手で持ち上げる。
そんなニコレッタの話をダンテもカルロッタも、静かに聞いてくれていた。
「甘いものを食べると、頑張ろうって思えるじゃないですか。皆でカップケーキを食べて、さあ仕事するぞ、頑張るぞって。そうしてこの国が出来たんだそうです。このカップケーキは女王様に敬意を表して、クイーン・ケーキと名付けられました」
「……知らなかったわ」
「私もです」
カルロッタとダンテはぽつりと呟く。ニコレッタは「んふふ」と笑って、皿をテーブルの上に置いた。
「お菓子屋さんやカフェで働いていないと、なかなか知る機会がないですからね。私だってそうです」
ニコレッタもこの話を知る事が出来たのは、両親がお菓子作りをしていたからだ。
このお菓子はどんな名前なのかとか、どうやって作ればいいのとか、ニコレッタが興味津々に質問したから両親は教えてくれた。そのついでにお菓子の歴史も教えてもらったのである。
「その時の気持ちを忘れないように、クイーン・ケーキはいつも十ラルム。誰でも買えるように十ラルム。どんなに赤字になっても、これだけは値段を変えてはいけないんです。これはこの国の魂のお菓子だから」
ニコレッタの言葉に、その場がしん、と静かになった。皆、感慨深そうにクイーン・ケーキを見つめている。
人に、国に、歴史があるように、お菓子にも歴史がある。それが面白くてニコレッタは自分でも調べるようになった。そのおかげで知っているのであって、知らない方が一般的だろうとは思っている。
「だからお祝い事にカップケーキがあったのね……。見た目が素朴なお菓子だから、いつも不思議だったわ」
そう言いながらカルロッタはクイーン・ケーキをもう一口食べる。先ほどよりもゆっくりと、味わってくれているのが分かった。
神妙な表情を浮かべるダンテ達に、ニコレッタは小さく笑うと、
「詳しい話を知らなくたって、子供が美味しいね~って、いつでも買って食べられる。お金が苦しい人も、これならって手を伸ばせる。このお菓子があって良かったなって、そう思ってもらえるだけで、十分なんじゃないかって私は思いますよ」
何だかんだでちょっと語ってしまったが、このお菓子の本質はそこだ。誰でも買って食べられる美味しいお菓子がクイーン・ケーキというものなのだ。
「……ニコレッタさん。私にも十個、包んでいただけますか?」
「んふふ。もちろんですとも! いつものはどうします?」
「はい! それもお願いします」
「ありがとうございます!」
ダンテの言葉に、ニコレッタは笑って頭を下げる。
「直ぐにご用意しますから、ロッティ様もダンテさんも、少々お待ちくださいね」
そして残りのクイーン・ケーキを食べ、紅茶を飲み終えると、注文品の準備をするため立ち上がった。
♪
ニコレッタがお菓子の準備をしてくれている間、ダンテはカルロッタと共にお茶を飲んでいた。
正直に言うと、今までであれば、直ぐにここから逃げ出したい気持ちになっていたはずだ。
しかしニコレッタがいてくれるおかげか、精神的にだいぶ落ち着いていられる。
意外な事に、それはカルロッタも同じようだった。
「…………」
普段の賑やかさが嘘のように、カルロッタは静かにクイーン・ケーキを食べている。
彼女が連れている双子の護衛も、いつもとは違うカルロッタの様子に戸惑っている様子だった。
「……あの、ロッティ様。どうしたんですか?」
「お腹が痛かったりしますか? 大丈夫ですか?」
「……特に不調はなくってよ」
心配そうな二人にカルロッタはそう返す。しかし、やはりその声にも少し元気がないように感じられた。
「……ロッティ様、どうされたのですか?」
黙っていようと思ったが、それでもやはり気になってしまい、ダンテはそう尋ねる。するとカルロッタはちらりとダンテの方へ目を向けて、
「別に、どうもしないわ。ただ……パルム王国と縁のあるお菓子の事を知らなかったのが、少しショックだっただけよ」
と言った。それを見てダンテは珍しいと思った。
ダンテの知るカルロッタは、こちらの話など聞かずに積極的に迫って来るか、怒っているかのどちらかだったからだ。
この方も落ち込む事があるのだなと失礼な感想を抱きつつ、ダンテは空になった皿を見下ろす。
「ニコレッタさんのクイーン・ケーキ、美味しかったですね」
「……そうね。素朴だけど、思った以上に美味しかったわ」
カルロッタはこくりと素直に頷いた。
「――知らないままでいる事よりも、苦しくても恥ずかしくても、知った方がずっといい」
「……誰の言葉?」
「私の父です。私達のような貴族は、恥を晒すのは弱みを見せる事だと極端に恐れます。けれども知らない方が、それよりもずっと恥ずかしい事なのだと父は言っていました」
「…………」
話しながらダンテはニコレッタが歩いて行った方へ目を向ける。そして眩しいものを見るように目を細めた。
「今、ここで知る事が出来て良かった。……ニコレッタさんと一緒にいると、自分にはまだまだ知らない事がたくさんあったのだと実感出来ます」
「ダンテ、あなた……」
そんなダンテを見てカルロッタは驚いたように目を見開いた。それから少しだけ寂しそうに目を細めて「……そう」と息を吐きながら呟く。
「ニコレッタさんの事、好きなのね」
「え?」
「何よ、その反応は。あなた、ニコレッタさんの事が好きだから婚約したんでしょう? でなきゃ、あなたのご家族に、家柄諸々で反対されたに決まっているじゃない」
「――――」
そう言われてダンテは目を見開いた。
確かにニコレッタの事は好ましく思っている。けれども、この婚約はカルロッタの求婚から逃げるために一時的なものだ。
――そう、一時的なもの、なのだ。
好きだの何だの意識すれば彼女の迷惑になってしまう。それを考えた時に胸がチクりと痛んで、ダンテは思わず手を当てる。
「……好き?」
ぽつりと呟く。
自分が、ニコレッタさんを?
――好き。
そう思った瞬間、ダンテの顔が一気に真っ赤に染まった。
「ちょ、ちょっと、どうしたのよ!?」
「へ、あ、い、いえ、別に!? ええ、何でもありません! ええ!」
ぎょっと目を剥くカルロッタに、ダンテは大慌てで言い訳をする。
わたわたと挙動不審になるダンテを見て、双子の護衛達は何となく事情を察したような顔で、
「……ロッティ様、自分でトドメを刺しちゃったね」
「そうね……。元々、望み薄だったけど……」
なんて呟いていたのだった。




