7-1 クイーン・ケーキ
パティスリー・シュガーポットの営業日。
ニコレッタが焼き上がったお菓子を店に並べていると、ダンテがひょいと顔を出してくれた。今日は騎士の制服姿だ。
「いらっしゃいませ、ダンテさん!」
「こんにちは、ニコレッタさん。今日のおやつを買いに来ました」
ダンテはそう言って、手を挙げてにこっと爽やかな笑顔を浮かべた。
ちなみにこれは騎士団の仕事の一つだ。ダンテがニコレッタのお菓子を買って騎士団で広めてくれたおかげで、休憩時間のおやつとして採用してもらえたのである。
ありがたい事だと思いながら、ニコレッタはちょうど今焼き上がったお菓子を彼に見せる。
「ちょうど出来立てのお菓子がありますよ。こちらクイーン・ケーキです!」
「おお! いい香りですね……って、十ラルムですか? ずいぶんお安いですね。原価ギリギリなのでは?」
「ですね! ふふふ」
不思議そうなダンテを見て、にこにこ笑っていると、店のドアが開いて新しい客がやって来た。
「あ、いらっしゃいま――せ?」
ニコレッタは元気にそう言いかけて、やって来た人物を見てはたと固まる。
何故ならそこにいたのは、
「ごきげんよう!」
――カルロッタだったのだ。
今日も双子の護衛を連れている。彼女達を見てダンテも顔を引きつらせた。
「い、いらっしゃいませ、カルロッタ姫様……」
これはもしや先日の仕返しに来たのではないだろうか。そう思って硬い笑顔を浮かべたまま、ニコレッタはひとまずそう挨拶する。
するとカルロッタは人差し指をピンと立てて、
「あら、誰の事かしら? 今日の私はロッティよ。お間違えにならないで」
相変わらず尊大な態度でそう言った。今日もお忍びという事らしい。そして店の中をぐるりと見回しながら、
「……ふぅん。素朴だけど悪くないわね」
言葉の割には興味深々という様子で彼女は呟いた。
すると、カルロッタの後ろに控えていた護衛が『ロッティ様!』と声を揃えて彼女の名を呼ぶ。
「違うでしょ!? まずは先日のお話からだって、あれほど言いましたよね!?」
「印象が最悪なんですから、立て直しから始めないと無理ですよ」
「うっ! わ、分かっているわよ……」
口々にそう言われて、カルロッタは口を尖らせる。それから視線を彷徨わせた後、ニコレッタとダンテの顔を順番に見た。
何を言われるのだろうかと二人が身構えていると、
「その。……この間は申し訳なかったわ」
と謝った。あまりにも意外な言葉にニコレッタとダンテは目を丸くして『え?』と聞き返す。
カルロッタは顔を赤くしながら、
「だ、だから! カジノで意地悪をしちゃったり、酷い事を言って申し訳なかったって言っているの!」
と怒りながら再び謝ってくれた。そんな彼女の言葉にニコレッタ達はポカンと口を開ける。
「ロッティ様が……」
「謝った……」
衝撃だった。何が起きたのか理解するのに時間を要していると、
「そ、そんなに驚かなくたっていいじゃない……!」
羞恥心が限度を超えたカルロッタが、ぷるぷると震えながら涙目になっていた。
♪
「……つまり、本当にごめんなさいをしに来てくださったって事ですか?」
「さ、最初からそうだって言っているじゃない。あと、あなた、かわいい言い方するわね……」
ひとまず店のドアに準備中のプレートをかけて、カルロッタ達を奥の部屋へと案内する。
そこでお茶とお菓子を出しながら改めて話を聞くと、どうやら本当に謝罪に来てくれたらしい。あらまぁとニコレッタが思っていると、カルロッタは顔を真っ赤にしつつも、拗ねたように口を尖らせた。
仕返しされたり、当たりが強くなるだろうなとは思っていたが、まさかこうなるとは予想外である。
ニコレッタはぱちぱちと目を瞬いた後で、
「私の方こそ、大変失礼をいたしました」
と謝罪をした。彼女が非礼を詫びてくれたのに、自分がそうしないのは無作法だからだ。それに周囲を巻き込むのは、少々やり過ぎたなとも思っていた。
なのでそう謝ると、カルロッタの表情がパッと明るくなる。そしてもじもじしたかと思うと、
「じゃ、じゃあ……許してくれる?」
と上目遣いで聞いてきた。
――何だろう、何がどうなって、こんな状態になっているのだろう。
ニコレッタとダンテは顔を見合わせ、
「あ、はい。私に関しては……」
「私もペンダントが無事に戻ってきましたので……」
カルロッタの態度に訝しみつつも頷く。カルロッタは胸の前で両手を合わせて、にこにこと笑顔になった。
「やったわ! レイラ、ハル、聞いた!? 許してくれるって言ったわ!」
「ちなみにダンテさんの件は諦めくださいます?」
「あら、それは話が別なのよ」
「別かぁ……」
そちらも快く諦めていただきたかったと二人は肩をすくめる。
けれどもカジノの件は後腐れがなさそうで何よりだ。もしかしたら意外と素直な方なのかな、とニコレッタが思っていると、
「ねぇ、ところでこれ、いただいていいの?」
と、彼女は自分の前に置かれたお菓子を見て、ワクワクした様子でそう聞いてきた。
「はい、どうぞ。さきほど焼き上がったばかりのクイーン・ケーキですよ」
「あら。素敵なお名前のカップケーキね。それじゃあいただきま……」
「待って待って待って、ロッティ様! 僕達が先に食べます!」
すぐに口にいれようとしたカルロッタを見て、双子の護衛が大慌てで止めた。
カルロッタの行動にダンテもぎょっとしていたが、それはそうだ。王族が毒見もなしに、信用のない相手が出したお菓子をあっさり食べようとするのだ。実に肝が冷えた事だろう。
双子の護衛達がそれぞれお菓子を食べてオーケーが出ると、カルロッタも直ぐにクイーン・ケーキを食べ始めた。
口にとたんに彼女の目がキラキラと輝く。
「素朴なお味だけど、とっても美味しいわ!」
「そうでしょうそうでしょう。私のお菓子は美味しいでしょう!」
「謙遜しないんだ、この人……」
胸を張って頷くニコレッタを見て、護衛が何とも言えない顔で呟く声が聞こえた。
ニコレッタは「んふふ」と笑う。
「自信のないお菓子を販売する事は出来ませんからね! お味はいかがでした?」
「大変美味しゅうございました。いや、本当に驚きました。こういうのがいいです、好きです」
「ええ、その通りです。とても美味しいです。甘くて美味しい!」
護衛の片方とダンテがにこにこ笑顔で頷く。誉め言葉をたくさんもらって、ニコレッタは自分の鼻がどんどん高くなりそうな気になってくる。
いけない、いけない。自分にそう言い聞かせながら、ニコレッタもクイーン・ケーキを食べる。いいお味と焼き加減だ。
「……これ、買って帰ってもいいかしら? 十個包んでいただける? おいくらかしら」
「おや、それはありがとうございます! 十個なら百ラルムですね」
「えっ」
ニコレッタが値段を言うと、ダンテ以外の人間が目を丸くした。
「って事は、一個十ラルムって事? 安過ぎない? まさか私に気を遣ってそのお値段だったりするの?」
「いえいえ、そんな事はありませんよ。クイーン・ケーキは十ラルム。これは昔から決まっている事です。赤字になってもこれだけは値上げしません」
「なぜ?」
「この国の最初の女王が愛したお菓子だからですよ」
首を傾げるカルロッタ。そんな彼女に向かってニコレッタはそう言った。
十ラルム=日本円換算で百円くらいのイメージです。




