6-4 バナナチップス
その後、ネロはVIPルームに二人の従業員を呼び出した。
一人はニコレッタ達が探している肩にオウムを乗せたジブリルという青年。もう一人はひょろっとした体型の眼鏡の男で、名前をハリルと言うらしい。
部屋に入って来た時にハリルは無反応だったが、ジブリルはダンテの姿を見て一瞬固まった。恐らくダンテの顔に見覚えがあるのだろう。ダンテと目が合ったとたんに、慌てて目を逸らしたのが分かった。
「オーナー、お呼びですか?」
ハリルはそんなジブリルの反応には気付かないまま、ネロにそう尋ねる。
「ああ。こちらのお客様が失くされたものが、ここの景品に紛れ込んでいたようでね」
淡々と話すネロにハリルがぎくりとする。彼もまた僅かに視線を彷徨わせながら、
「そ、そうですか……それは大変ですね……」
「ああ、大変な事だ。私のカジノで、そのような不正があってはならない」
ネロはそう言うと、今度はジブリルの方へ視線を向けた。顔色はすっかり青くなっている。ジブリルは蛇に睨まれたカエルのように縮こまり、だらだらと冷や汗を流していた。
「――それでジブリル。お客様は、お前がやっているという屋台付近で、大事なものを失くしたと仰られている」
「へ、へぇー……? 確かにそちらのお客様は、俺の屋台でバナナオレを買ってくださいましたけど……。で、でも、ペンダントなんて、似たようなデザインのものは、幾つもあるでしょう?」
しどろもどろになりながらジブリルは話し続ける。犯罪がバレそうになって焦っているようで、妙に早口だ。
「ほら、あのペンダント、ミカエラ・グランツの作品でしょう? あの人がデザインしたアクセサリーは、オンリーワンじゃないですし。たくさんありますって!」
「タクサン! タクサン! キレイ!」
ルークと呼ばれたオウムも元気にそう鳴いて、ジブリルのフォローをしている。犯罪の疑いがなければ、そのかわいらしい様子にほっこり出来たので実に惜しいとニコレッタは思った。
「確かにミカエラ・グランツの作品は、これまでにも景品として取り扱っていた事はある。……だがな、ジブリル。私がいつ、失くしものがペンダントだと言った?」
睨むように目を細めたネロに、ジブリルはハッとなって、手で口を押える。
「えっ、あっ」
「ボロを出すのが早かったですね」
「スリと違って慣れていないんでショ」
その様子を見てニコレッタとフェイが何とも言えない表情を浮かべる。
すると今度はダンテが立ち上がって、件のペンダントを手のひらに乗せた。
「先ほどからミカエラ・グランツと言っていますが……これはミカエラ・グランツの作品ではありませんよ。別の方の作品です」
「何を馬鹿な事を……だってサインが……」
「あれはただのイニシャル。Mはマリア、Gはガストーネ。私の亡くなった両親の名前です。これは世の中に二つしかないお揃いの品なんですよ。妹が同じものを持っておりますので、証拠が必要でしたらお見せできますが?」
「え……」
ジブリルの顔が青から白へと変化した。
品物を勘違いしていた――というより、目利き自体が出来ていなかったのだろう。
「……ちょっとネロ。さすがにお粗末すぎるでショ。もう片方も見る目がないって事ヨ?」
「私も頭が痛くなってきたところだ……」
苦言を呈するフェイに、ネロがこめかみを押えて深々と嘆息した。
しらばっくれるのは無理だと理解したジブリルは、バッとその場に膝をつき両手を組むと、許しを請うようにネロを見上げる。
「ももも、申し訳ありません! しゃ、借金を返すために始めた屋台で、たまたまお客さんからアクセサリーを貰って。それが……その、景品に似ていて。す、すり替えて売れば、差額が懐に入るって言われて、魔がさして……続けてしまって……」
「ゴメンナサイ! ゴメンナサイ!」
ジブリルとルークはネロに向かって必死で謝罪する。ネロは冷ややかな目でそれを見下ろしていた。
一切の笑みを消し、言葉を発する事もなくジッと見下ろすネロ。ニコレッタは、その眼差しが自分に向けられていないのに、見ているだけ身体が震えそうになった。怖い。
しばらくそうした後で、ネロは長く息を吐いて、
「――で? お前は突っ立っているだけか、ハリル? 早めに白状した方が、簡単に済むぞ?」
一瞥もせずに、もう一人の従業員に向かってそう言った。
するとハリルと呼ばれた従業員も、
「た、た、大変申し訳ございませんでした!」
と大慌てで膝をついて頭を垂れた。よほどネロが怖いのだろう。
その様子を見た後でネロは立ち上がり、ダンテに向かって頭を下げる。
「……アルジェント様。この度は大変申し訳ございませんでした。どうか騎士団の立ち入り調査をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「上に確認してからのお返事になりますが……いいのですか?」
「はい。盗品を扱っていたと、今の今まで気付かなかった私に落ち度があります。この際、徹底的にやっていただきたいのです。お客様に不安を与えたまま、営業を続けるわけにはまいりません」
彼の言葉を聞いて、ニコレッタは「なるほど」と思った。
不安をと彼は言ったが、その根っこにあるのは『噂』だ。想像の余地を残せば、人は好き勝手に噂をする。そして噂は、好奇心と無邪気な悪意を孕んで、どんどん尾ひれをつけていく。
ネロが防ぎたいのは、きっとそちらなのだろう。それはニコレッタも痛いくらいに理解出来る。
騎士団が調査に入り事の次第を公表すれば、グラナートパレスの評判は一時的には落ちるだろう。
けれども大事なのはそこからの行動だ。落ちた評判は取り戻せばいい。それよりも白と黒をはっきりと分ける事に意味がある。
その決断を直ぐに出来るのが、グラナートパレスが盛況な所以なのだろうなとニコレッタは思った。
「……分かりました。では、直ぐに騎士団へ連絡を取りましょう」
「よろしくお願いいたします。それと、この二人も捕まえて、きっちりと罪を償わせてください」
『えっ』
何となくそこで話が終わりそうだと思ったら、最後のネロの言葉にジブリルとハリルがバッと顔を上げて目を剥いた。
「……罪を犯しておいて、まさかこのまま見逃すと思ったか?」
「い、いや、だって……簡単に済むって……」
「簡単にとは言ったが、穏便にとはひと言も言っていないが?」
ネロはにっこり笑ってそう言った。
まぁ、犯罪は犯罪である。うんうん、とニコレッタ達が頷いていると、ジブリルとハリルはしおしおと再び項垂れる。
「ゴメンナサイ! ゴメンナサイ!」
オウムのルークだけは、皆が新しい遊びでも始めたと思ったのか、首を上下に振りながらご機嫌に鳴いていた。
♪
その後、ニコレッタ達は騎士団本部へ向かうため、グラナートパレスを出た。
気が付いたら空はすっかり夕焼け色に染まっている。それを見上げてニコレッタはほっと息を吐いた。
カジノという非日常の空間にずっといたため、緊張から解放されたとたんに、どっと疲れが出たのだ。
「お客様。初めてのカジノはどうでしたか?」
そんなニコレッタに向かって、見送りについてきたネロがそう尋ねる。
ニコレッタは少し考えた後で、
「人生を賭けちゃいけないなと思いました」
と笑って答えた。ニコレッタはそもそもカジノという場所には縁がないし興味もなかったが、いい経験をさせてもらったと思っていると、
「その通りです。ですが、久しぶりに心地のよい熱意を感じさせていただきました」
ネロはそう微笑んでニコレッタとダンテの顔を順番に見る。
それから胸に手を当てると、
「次回は、純粋に楽しんでいただけますよう、精一杯務めさせていただきます。またのご来店を、心よりお待ちしております」
と言って恭しく頭を下げる。
これっきりだと思っているが、そう言われてしまうと顔だけは出した方がいい気もしてしまう。
しかし嘘を吐くのもどうかなぁと思って、ニコレッタとダンテは顔を見合わせた後、
『機会があれば!』
正直にそう答えれば、フェイとネロが思わずといった様子で噴き出したのだった。




