6-3 バナナチップス
フェイが持って来てくれた服にダンテが着替えた後、四人はVIPルームで少し話をする事にした。
ネロが厚意でミルクティーとバナナチップスを用意してくれたので、ニコレッタとダンテはありがたく頂戴する。
「このバナナチップス……お味が上品……!」
「甘くて美味しいですね、これは……!」
カジノでの諸々で渇いた喉と緊張で疲れた頭に、優しい甘さが染み渡る。
ニコレッタとダンテが、ジーン、としながら食べていると、ネロはくすくすと笑って、
「ふふ。お気に召していただけたようで何よりです」
と言った。
それからネロは、浮かべていた笑顔をスッと消してフェイの方へ顔を向ける。
「……それで? 詳しい話を聞かせてもらおうか?」
「ちょっと、笑顔が秒で消えたんだケド」
「フェイ相手に笑顔を浮かべる必要はないだろう。厄介事の匂いしかしないからな」
とたんに言葉遣いまでガラリと変わって、ニコレッタとダンテは目を丸くした。
柔和で知的な紳士という印象だったネロが、一瞬でガラの悪い男へと変わる。その変化にニコレッタとダンテが愕然としていると、フェイがやれやれと肩をすくめた。
「ホラ、うちの子達が驚いちゃったじゃナイ」
「おや、それは失礼。ですがご安心ください。ジャンニーニ様とアルジェント様には、いつもの私で対応させていただきますので」
フェイの指摘に、ネロはにっこり笑みを浮かべてそう言った。
オンとオフの使い分けだろうか。ここまですっぱりと切り替わるのはニコレッタも見た事がない。
「えっと……フェイ先生とオーナーさんはご友人なのですか?」
「そうだヨ。ま、腐れ縁みたいなものだけどネ~。ま、僕の事はいいんだヨ。それよりもネロ。今回の事情は僕じゃなくて、この二人から聞いた方がいいヨ」
フェイがそう言うと、ネロの視線がニコレッタ達の方へ向けられる。
ここへ来たばかりの頃は、正直に話さない方が良いだろうと曖昧に答えたが、フェイの知り合いであれば大丈夫だろう。
そう思ったので、ニコレッタはダンテと一緒に、これまでの経緯をひと通り彼に話した。
ネロは怒るでも、否定するでもなく、静かに話を聞いてくれている。
「――という事なんですよ」
「なるほど……そうでしたか。では参考までに、そのジブリルという人間の特徴を教えていただけますか?」
するとネロはそう言った。褐色肌とオウムくらいしか覚えていなくて、ニコレッタが何とか記憶から絞り出そうとしていると、
「オウムを連れた男性です。肌や髪の色からすると、恐らく南の国から来た人間でしょう。左耳にピアスが三つ、右耳にピアスが一つ。髪は金、肌は褐色、瞳は青色です。左目の下に泣きボクロがあります。身長はニコレッタさんより頭一つ分高いですね」
ダンテがすらすらとジブリルの特徴を答えた。
接した時間は僅かなはずだが、ここまでしっかり特徴を覚えているのかとニコレッタが感心していると、ネロも同じ事を思ったのか「……なるほど」と苦笑交じりに頷く。
「さすがアルジェント様。しっかりと覚えてらっしゃる」
「恐縮です。これでも騎士ですので」
「騎士であっても、あやふやな記憶で捜査に来る方がいらっしゃいますから。噂に違わず素晴らしい」
ネロはダンテをそう褒めた後、
「今、教えていただいた特徴と、ジブリルという名前が合致する従業員が、グラナートパレスにおります」
と答えてくれた。
「その従業員は当カジノで、私物も含めた全財産を溶かしましてね。出稼ぎに来ていたらしいですが、故郷へ帰るお金もなくなってしまったとの事で、頼み込まれて仕方なくうちで雇っているのですよ」
「なるほど……その人もダンテさんのようにパンツ一枚になっちゃったんですねぇ」
ふんふんと相槌を打ちながら話を聞いていると、不意に男性陣が一斉に微妙な顔になって耳を塞いだ。
ダンテ以外には耳が痛い話ではなかったと思うが、一体どうしたのだろうか。ニコレッタが首を傾げながら「何か?」と聞くと、
「何かじゃないヨ。女の子の口から、あっさりパンツって言葉が出たから慌てたんだヨ」
フェイが代表して答えてくれた。何だそんな事かとニコレッタは肩をすくめる。
「皆さん、そんなに純粋じゃないでしょうに」
「それはそれ、これはこれなのヨ」
「男の人って難しい……」
「この場合は、君の慎み的な話なんだがネ?」
フェイに呆れ顔をされてしまったが、いまいちよく分からない。
解せぬ、とニコレッタが思っていると、ネロが小さく笑った。
「しかし、なるほど。今のお話で理解出来ました。そいつは最近、借金をしているわりには妙に羽振りがいいと思っていたので……そう言う事でしたか。そうなると恐らく景品担当もグルですね。本物の景品と盗品をすり替えて、本物を売ったお金を懐に入れている……という辺りでしょうか。ふふ……」
途中からは、独り言のようにぶつぶつと呟いていたネロは、おもむろにテーブルの上のバナナチップスを摘まんで口の中へ放り込む。そして、ガリ、と音が出るほどの勢いで噛んだ。
「私のカジノで。へぇ……?」
据わった目で、低い声で言うネロは、背筋がゾゾッとするくらい怖かった。
上品なお味のバナナチップスが、今は荒くれの食べ物のようだ。
「…………」
「…………」
ニコレッタとダンテが呆気に取られていると、
「僕の友達って分かりやすいでショ?」
フェイが苦笑気味にそう言った。自分達の恐怖と緊張を和らげようとしたのか、ちょっとお道化た雰囲気だ。
ニコレッタとダンテはしっかりと頷く。
「そうですね」
「よく分かります」
「うん。今のは否定するところだよネ?」
特にダンテの言葉には力がこもっていた。
フェイからジト目を向けられて、ニコレッタとダンテはサッと目を逸らす。
「まったくぅ……。でもネロ、そもそも君の監督不行き届きダヨ?」
「その通りです。皆様、大変ご迷惑をおかけしました。今回の件は、こちらでしっかりと対応させていただきます」
「あ、もしかしたら他にも同様のものが出ているかもしれません。私でよければ遺失届が出ているものがないか、調べましょうか?」
「それは助かります。よろしくお願いいたします」
ダンテの申し出に、ネロはにこっと笑って頭を下げたのだった。




