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1-2 コンフェイト

 ニコレッタ・ジャンニーニは没落貴族である。

 それはパルマ王国の国民ならばほとんどが知っている話だ。何故かと言うと、没落するきかっけとなった経緯をゴシップ紙に書かれて、国中にばら撒かれてしまったからである。


 元々ジャンニーニ家は、同じ家格の貴族と比べて裕福だった。

 そしてニコレッタの両親は、貴族とは思えないくらい人の良い慈善家だったのだ。

 ニコレッタの両親は、困っている人がいると知れば放っておけない性格で、スラム街へも積極的に足を運んでは、彼らへ仕事の斡旋をしたり、食生活や生活環境の改善を行っていた。


 ジャンニーニ家と言えばお人好し。その言葉が国民の間に広まっていた頃、その人の良さを詐欺師に付け込まれて、多額の借金を負ってしまった。

 ニコレッタの両親は優しいが少々甘すぎた。

 詐欺師から「どんな家庭環境の人間でも通える学校を作りたい」と話を持ちかけられ、それに乗ってしまったのである。


 詐欺師は狡猾だった。自分も苦しい境遇だったからこそ、未来を担う子供たちが安心して生きていけるように、知識と技術を学べる学び舎を作りたいと、涙ながらに訴えたのである。

 その話を聞いたニコレッタの両親は大いに感動し、そのための費用として提示されたお金と、学校設立のために負ったという彼の借金を肩代わりした。いずれ必ず返すからという口約束を信じて。


 ――まぁ、詐欺だったわけだが。


 学校の話はいつになっても進展せず、詐欺師はどろんと姿を消して、残ったのは多額の借金だけ。

 とは言えジャンニーニ家も製菓事業という収入源はある。両親も走り回って必死で働いて、何とか保っていたのだが――過労がたたって倒れてしまい、そのまま空の向こうへと旅立ってしまった。


 そして一人残されたのは子供のニコレッタだけ。

 どうしたら良いのか分からず、途方にくれていたニコレッタの元に現れたのは、大好きな叔父だった。


「大丈夫だ、ニコレッタ。私が何とかしてやるからね」


 そんな優しい言葉にニコレッタは、ころっと騙されたのだ。

 叔父はニコレッタから製菓事業も家もすべて奪って売り払い、その金だけ持って逃げてしまったのである。


 けれども、そんな非道な人間でも人の子だったようで、まだ子供のニコレッタをただただ放り出すのには多少心が痛んだようだ。

 彼はニコレッタに小さなお菓子屋を一軒だけ残した。ジャンニーニ家が製菓事業を始めた際に建てた最初のお菓子屋だ。そこへニコレッタを放り込んで、叔父は姿をくらましたのである。

 それが今から三年前――ニコレッタが十五歳の時のことだった。


 だからニコレッタは今現在、そのお菓子屋で暮らしている。

 悲しかったし悔しくもあったが、だからと言って過去を取り戻すことはできない。

 せめて最後に残ったこの店だけは守ろうと、ニコレッタは日々店を切り盛りし、アルバイトでお金を稼ぎ、生活していた。


        *


「ん~~……! 今日のコンフェイトも美味し~~!」


 フェイ診療所を出た後、ニコレッタは通りを歩きながら、水色のコンフェイトを口に放り込んだ。甘くて美味しい。思わず顔がにやけてくる。

 ニコレッタはお菓子作りも好きだが、同じくらい食べることも好きだ。

 大好きなお菓子を作って、売って、食べて、お裾分けして喜んでもらえて。何だかんでだで、今の生活は満足している。


 そしていつかお金をたくさん稼いで、両親と住んでいたあの家を取り戻したい気持ちもあった。


(ま、先の長い話ですけどねぇ……。私がお金を貯めるのと、あの家が売れるのとはどっちが早いんでしょ)


 ニコレッタの実家は、設定された販売価格が高いせいで、未だ誰の手にも渡っていない。だから多少の猶予はあると考えても良いかもしれない。

 今の自分の稼ぎでは、一生働いても買い戻せるか分からないけれど、それでも、できる限り頑張りたいと、ニコレッタは思っている。


 そんなことを考えながら歩いていると、広場に差しかかった。

 この広場は待ち合わせなどにも良く使われる場所で、中央には目印にしやすい天使像の立つ噴水がある。


「今日も恋人たちが幸せそうで何より……って、あら?」


 何となく眺めていたら気になるものを発見した。

 噴水の縁に座って泣いている少女がいる。蜂蜜色の髪に琥珀色の瞳をした、十歳くらいのかわいらしい少女である。

 ――どうしたのだろう?

 周りも遠巻きに様子は見ているようだったが、声をかける人はいなかった。

 誰もいかないならば自分が。そう思って、ニコレッタは少女にそっと近づく。


「こんにちは、かわいいお嬢さん。悲しそうなお顔をされていますが、一体どうしました?」

「人に何かを尋ねる時は、まず名乗るものだわ」


 すると少女からはそんな言葉が返って来た。

 そのしっかりした物言いに、ニコレッタは思わずキュンとした。かわいい。

 この返事ができるのならば、恐らく、しっかりとした教育を受けている子供なのだろう。近くで見れば、着ている服の布地もだいぶ良いものだ。貴族か裕福層の子供だろうか。


 しかし、彼女の言い分は正しい。ニコレッタはにこりと微笑んで、スカートの裾を摘まんで上品に挨拶をし直した。


「これは失礼を、レディ。ニコレッタ・ジャンニーニと申します。どうぞお見知りおきを」


 ニコレッタが名乗ると少女は目を丸くした。


「ニコレッタ・ジャンニーニ……? もしかして砂糖菓子令嬢(レディ・シュガー)?」

「ええ、そうですよ。コンフェイト、食べませんか?」

「……いただくわ」


 コンフェイトの瓶を見せながら聞くと、少女はこくりと頷いた。


 少女の素直な反応に、ニコレッタは満面の笑みを浮かべて彼女の手にコンフェイトの小瓶を握らせる。

 すると少女は慌てて首を横に振った。


「こ、こんなにはいただけないわ!」

「いいんです、いいんです。小さい子はたくさん食べて大きくなるんですよ~」

「何か違う気がするわ!」

「まぁまぁ。んふふ。それにね、作り置きがうちにもたくさんあるのですよ。ですから食べてくれると私がとても嬉しいです」


 ニコレッタが「どうぞどうぞ」と促すと、少女はきょとんとした顔になる。

それから小瓶を見つめて蓋を開けると、おずおずと一粒取り出して口に入れた。


「……美味しい」


 少女はふわりとはにかんだ。

 ニコレッタはそのかわいさに胸を押えて数歩後ずさる。見事に不審者である。通りすがりの人から怪訝そうな視線を向けられたが、ニコレッタは気付かない。


(かわいい……こういう子を天使って言うんですよ……!)


 しみじみとそう心の中で呟いた。ニコレッタはお菓子とかわいいものに弱いのだ。

 

「あ、あの、大丈夫……?」


 悶えるニコレッタに、少女はさすがに心配になったようでそう言った。


「え、ええ、大丈夫です。今だけで一ヶ月分のかわいいを摂取できたので、私はとても健康です」

「そ、そうなの……? え、えっと……私、ラウラと言うの。さっきは失礼なことを言ってごめんなさい」


 少女ことラウラは動揺しつつも、ニコレッタに名前と謝罪をしてくれた。何ていい子なのだろうとニコレッタの中でラウラの好感度がさらに上がる。

 思わずにやにやと、怪しい笑いを浮かべそうになるのを必死で堪えながら、ニコレッタは首を横に振った。


「いえいえ、初対面の人間には、そのくらい警戒した方が安全ですからね。世の中には相手の弱みに付け込んで、騙そうとする輩がいますもの」

「あら、分かるわ。私の近くにもいるのよ。とっても最低!」

「おや、それは大変ですねぇ」

「そうなの。大変なの! そのせいで、このままだとダンテお兄様が好きでもない相手と結婚させられてしまうかもしれないの!」

「あらまぁ」


 ラウラの話を聞いてニコレッタは目を丸くした。


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