5-5 バナナオレ
二人の勢いに気圧されていたカルロッタだったが、直ぐに我に返って、訝し気にペンダントを見る。
「どうしてダンテが落としたものが、ここの景品になっているのよ?」
「それは……」
ダンテは口籠る。さすがに証拠もないのに「盗まれました」とは言えない。何か上手い言い方はないだろうかと、ニコレッタも思考を回転させて考える。
そんな二人を見て、ネロは顎に手を当てて少し思案しながら「……ふむ」と小さく呟いていた。
「……ふぅん? まぁ、いいわ。でも、そう。これ、あなたのなの。こんな玩具みたいな、安っぽいアクセサリーなんて好みじゃなかったけれど……それなら話は別よ」
カルロッタは何かを企むような笑みを浮かべた後、
「なら、こうしましょう。これは私が預かってあげる。それで、あなたが私と会いに来てくれた時に見せてあげるわ。どう? 素敵な提案じゃない?」
そんな事を言いだした。ニコレッタとダンテは目を見開き、双子の護衛は心底呆れた顔になる。
「うっわぁ……ロッティ様、そういう事しますぅ……?」
「さすがにドン引きです。常々申し上げておりますが、あなた様はもう少し、ご自分の立場を意識して振る舞いを……」
諭す護衛にカルロッタは目を吊り上げる。
「何よ。一番いい方法じゃない。私はダンテに会えるし、ダンテはペンダントを失わない。最高でしょう?」
「前半部分が要らない……本当に要らない……。そこが好感度を稼ぐポイントじゃないですか……」
「何とでも仰い」
カルロッタは片方の手を腰に当てると、ダンテの方へと一歩近付く。形の良い唇に弧を描かせて彼を見上げると、
「私にはただの安物のペンダントにしか思えないけれど、あなたにとっては大事なものなんでしょう? 大丈夫よ、雑に扱ったりしないわ。ただ会いに来てくれるだけでいいの。ね、悪い話じゃないでしょう?」
甘えるような声でそう提案した。ダンテの表情が強張るのが傍目に見ても分かる。
カルロッタの目にもそれは映っているだろう。けれども彼女は一切動揺せずに真っ直ぐにダンテを見つめていた。
――その人の大事なものを盾にして。
いつの間にか握っていたニコレッタの拳に力が籠る。
カルロッタはそのままニコレッタにもこう呼びかける。
「ねぇ、婚約者さん? あなたもダメとは言わないわよね。だって大事な婚約者の事だもの」
こちらへは一瞥もくれずにカルロッタはそう言った。
きっとカルロッタにとってこれは、単なる恋の駆け引きなのだろう。手に入れたものが偶然ダンテのものだった。それだけだ。
ペンダントをカジノで交換した事に関して、カルロッタに非は無い。
けれど、それが恋する相手にとって大事なものだと理解した上で、交渉材料にするのは行儀が悪い。少なくともニコレッタはそう思う。
だって、大事なものを奪われる気持ちは、ニコレッタにはとてもよく分かるから。
「そうですね。……ですが驚きました」
「驚いた?」
「ええ! 貴族の方は、まるで誘拐犯みたいな事をなさるんだなって!」
ニコレッタはこれ以上ないくらいのいい笑顔と、通る声でそう言い放った。
すると今まで騒ぎに無関心だったカジノ客も――その中でも貴族達の視線がニコレッタに集まる。
「ロッティ様が仰る通り、うちも元々は貴族だったんですけど、うっかり没落しちゃって! だから最近の社交界にはとんと疎くて! 今の貴族が取る手段って、そんな感じなんですねぇ」
努めて陽気に振舞うニコレッタにダンテ達の目が丸くなった。あまりにも分かりやすい挑発にカルロッタの顔が怒りで赤く染まっていく。
なかなかいい調子でノッて来てくれたとニコレッタは笑みを深める。
例え没落したとしても、ニコレッタ・ジャンニーニは貴族だった。お人好しな両親を見て育ち、詐欺師と叔父に騙された事で、ただ笑っているだけでは物事は好転しない事を学んだ。
無作法に無作法を返す必要はないけれど、駆け引きには駆け引きで応える。そのくらいは没落貴族のニコレッタだって出来るのだ。
「あなた、私を馬鹿にしているの!? 私が誰だと――」
「貴族のロッティ様ですよね! ええ、存じておりますとも!」
「…………!」
お忍びでやって来て、自分からロッティとして扱えと言うならば、彼女は『姫』という立場は使えない。使おうとしても、先ほどのやり取りから、それをするわけには行かない状況なのは薄々感じられる。
だから彼女はあくまでロッティとして振舞わなければならない――はず。
多少の不安要素は残っているので、ニコレッタはダメ押しとばかりに周囲を巻き込ませてもらう事にした。
「……あれっ? もしかして、そのご様子だと……これは今の貴族のやり方ではないのですか? あのう、申し訳ありません、そちらの……」
心配そうな顔を作って、ニコレッタは近くにいた貴婦人へ声をかける。
「あら、私?」
「はい! とても知的で洗練された立ち振る舞いでしたので、貴族の方かなと思ったのですが……ご質問させていただいてもよろしいですか?」
「うふふ、お上手ね。いいわよ」
すると彼女は楽しげな笑みを浮かべて了承してくれた。ニコレッタはパッと笑顔を浮かべて頭を下げる。
「ありがとうございます! あの、今の社交界って、こういうやり方が主流ではないのですか?」
「いいえ、違うわね。確かにそういうやり方をする時もあるけれど、大抵は、相手に悪意がある時だけよ」
「えっ、悪意? ロッティ様、悪意がおありだったんですか?」
「ち、違、違うわ! 私、ダンテに悪意なんて!」
先ほどまで怒っていたカルロッタは、ハッとして、首を横にぶんぶん振って否定する。そんな彼女に構わず、貴婦人は少し離れた位置に立つ老紳士に向かって、
「ねぇ、そこの素敵なあなた。あなたはどう思う?」
と聞いた。すると彼もまた面白そうな様子で、
「吾輩かい? そうだね。確かに手段の一つとしてはあるが、周囲の目がある場で、堂々とするべき行為ではないと考えるよ」
と両手を広げて、どこかお道化た調子でそう答えた。
いよいよカルロッタの旗色が悪くなって来た。見兼ねた護衛の双子が、顔色を変えて彼女を止める。
「ロッティ様、もうやめましょうって!」
「何よ! どうして私が……!」
「ロッティ様。あなたがそう名乗ったのですよ。三度目はありません」
「…………」
強い口調でそう言われ、カルロッタは悔し気に口を噤んだ。
それから彼女はため息を吐いて、ニコレッタ達の方へ顔を向ける。
「……いいわ。なら、ペンダントは諦める。ただし条件があるわ。このペンダントはカジノに返品する。だからあなた達が自分の力で、カジノから取り戻しなさいな」
『お嬢様!』
護衛達が声を揃えて咎めたが、カルロッタは髪をかき上げて、
「はいそうですかって返せば済むって? そりゃそうね。だけど私は嫌よ。ただ損するだけなんて、そんなのは嫌」
と言った。それから彼女はダンテと、それからネロを見上げて、
「ねぇダンテ。私の愛しい理想の騎士様。格好よく勝ってみせてよ、ねぇ? このくらいはいいでしょう、ネロ?」
再び甘えるような声でそう言った。
ネロは顎に手を当てて、しばし思案したが、
「…………そのくらいでしたら」
と了承した。ニコレッタも騒がせた分、これでお相子という事だろう。
そう来たかとは思ったが、彼女は正式な手続きを経てペンダントを手に入れたに過ぎない。これ以上を望むのは過分だろうとニコレッタも考えた。
カジノのオーナーからの許可を得たカルロッタは、挑戦するような眼差しをこちらへ向けて来る。
「だ、そうよ。どうかしら、ダンテ? それからニコレッタさん?」
「分かりました、やります! まったく経験がありませんが、ペンダントのためです!」
「ええ、もちろんです! ビギナーズラックを信じます!」
「決まりね! オーナー、VIPルームへ案内して!」
カルロッタは、パチン、と手を叩くと、ご機嫌な様子でそう言ったのだった。




