5-4 バナナオレ
屋台の店主ことジブリルを追いかけて、グラナートパレスへ入店したニコレッタとダンテ。
――しかし、入って早々に二人は途方に暮れていた。
「私、カジノって初めて入ったのですが……もしかしてドレスコードとか、あるんですかね……?」
「ど、どうでしょうか。中へはすんなりと入ることができましたし……」
顔に笑顔を張りつけながら、不安そうにそう話す。
何というか、自分たちが浮いている気がしてならないのだ。
その一番の理由は、今、ニコレッタが言った服装だ。
グラナートパレス内の客たちは、タキシードやドレスを着た人間がほとんどなのに、ニコレッタたちは私服である。
それだけでも目立つのに、カジノに慣れていないことがひと目で分かるくらい、二人はこの場の雰囲気に呑まれて挙動不審となっていた。
困った。どうしよう。これでは人探しどころではないかもしれない。
ニコレッタとダンテが困っていると、
「お客様、何かお困りでしょうか?」
黒髪の男がにこやかな笑みを浮かべて声をかけてくれた。
歳はフェイと同じくらいだろうか。服装から考えて、彼もカジノの従業員だろう。親切心からというよりは、不審者のように見えたので声をかけたという感じかもしれない。
微笑みを浮かべたその顔は、とても整っていて美しかった。
「その……勢いでカジノに入ってみたのですが、実は何もかも初めてでして……」
ひとまずニコレッタは、当たり障りなくそう答えた。さすがに「人探しに来ました」と正直に話し辛い。
すると男は「ふむ」と小さく呟き、それから笑みを深めて、
「なるほど。それでしたら……良かったら私がご案内いたしましょうか?」
と申し出てくれた。
ニコレッタとダンテが目を丸くしていると、
「申し遅れました。私、グラナートパレスのオーナー、ネロ・ロッソと申します」
胸に手を当てて彼はそう名乗った。
「これは失礼いたしました。ニコレッタ・ジャンニーニと申します」
「ダンテ・アルジェントです。あの、この服装でお邪魔してしまったのですが、大丈夫でしたか?」
「ふふ、ご安心を。当カジノにドレスコードはございませんので。初々しいお二人の初めてのカジノデビューに、グラナートパレスを選んでいただけて光栄です。ジャンニーニ様、アルジェント様、それではこちらへどうぞ」
何となく含みのある言葉に、もしかしたらデートと勘違いされたのかもしれない。
それならそれでいいかとも思いつつ、ニコレッタとダンテはネロについて行く。
「それにしても、たくさんゲームがあるのですねぇ」
「本当ですねぇ」
ルーレットやカードゲーム、ダイスゲーム等、色々なゲームを紹介してもらいながら、グラナートパレス内を進む。
その間に、それとなく従業員の顔も確認しているが、先ほど見たジブリルという褐色肌の青年は、今のところフロア内にいなかった。裏方業務を担当する従業員だった場合は接触が難しくなりそうだ。
そんなことを考えながらニコレッタが周囲を見ていると、ふと、端の方に置かれたガラスケースに気が付いた。中には宝石や装飾品、妖精石のようなものまで置かれている。
「すみません、オーナーさん。質問があります」
「何なりと」
「あそこのガラスケースは何ですか?」
「ああ、あれは景品ですね。当カジノ専用のコイン――グラナートコインで交換が可能となっております」
「なるほど……ありがとうございます」
お礼を言ってニコレッタはじっとそちらを見る。
何となく気になったのだ。
「良かったら、近くでご覧になってはいかがでしょう?」
「いいんですか? では、ぜひ……」
「――あら? ダンテじゃない! 珍しいところで会えたわね!」
よろしくお願いしますと頼もうとした時、そんな声が聞こえてきた。
顔を向けると、そこには燃えるような美しい赤髪の女性が、満面の笑みを浮かべてダンテを見つめている。彼女の後ろには付き添いと思われる双子の男女がいて「ああ……」と、何やら困った顔をしていた。
何となく見覚えがある気がしてニコレッタがダンテを見上げると、彼は思い切り顔を引きつらせている。
「な、何故ここに……?」
「息抜きよ。ずっと家に籠っていたら息が詰まるもの。たまには外に出たいのよ。……あ、だから今日の私はロッティって呼んでね!」
「…………」
ダンテは硬い笑顔を浮かべた。
ロッティと名乗りはしたものの、ダンテのこの露骨な反応と相手の様子から、彼女が誰なのかをニコレッタは察する。
――カルロッタ姫である。
恐らく変装をして、護衛を連れてお忍びで遊びに、という感じだろう。
「それより、こんな場所でどうしたの? 今日はお休み?」
「え、ええ……急にお休みをいただいたので……」
「もう、お休みなら言ってくれたらいいのに! 今、お暇? 暇でしょ? デートしましょ!」
そう言ってカルロッタは、ダンテの腕に自分の腕を絡ませようとする。
しかしダンテはそれをスッと避けた。
「いいえ、暇ではありません。婚約者とデートの最中ですから」
そしてダンテははっきりとそう断った。
おお、とニコレッタが思っていると、カルロッタの視線が自分の方へ向けられる。
「婚約者? ああ、あなたが……」
カルロッタは眉間にしわを寄せながら、ニコレッタの事を頭のてっぺんからつま先まで、じろりと見る。後ろの護衛から「ロッティ様、ちょっと、失礼ですよ!」と苦言を呈されていたが、彼女は鼻を鳴らすだけだ。
「ふーん。見ない子ね。ダンテってこういう感じの子が好みなのね。あなた、お名前は?」
「ニコレッタ・ジャンニーニと申します。お会い出来て光栄です、ロッティ様」
にこりと笑みを浮かべて、出来るだけ丁寧に挨拶をすると、カルロッタは口に手を当てて目を見開く。
「ジャンニーニ……? あら、あなた、もしかして、砂糖菓子令嬢!? やだ、ダンテったら、冗談でしょ?」
「仰っている意味が分かりません」
「だってジャンニーニと言えば、詐欺師に騙されて、多額の借金を負って没落した家の子じゃない。しかも貴族の恥さらしだって噂されていたのよ?」
「…………」
彼女の言葉に、ニコレッタは反射的に左腕を触ってしまった。それでも笑顔だけは崩さずに、カルロッタの言葉を受け流す。
しかし、なかなかの声量だったため、カジノ客の視線がちらちらとこちらに集まるのは感じられた。
するとダンテがニコレッタを庇うように、一歩前へ出る。
「ロッティ様。それ以上、ニコレッタさんに失礼なことを仰らないでください」
「だって事実じゃないの。ねぇ、ニコレッタさん? あなたが一番、理解しているでしょう? だって、あれってあなたのことでしょう? あなた妖精石を――」
カルロッタがそう言いかけた時、護衛の双子が大慌てで彼女を止めに入った。
「ちょっと、ロッティ様! それは良くないですよ!」
「そうです。それにご両親から、皆様にご迷惑をかけないようにと、何度も何度も言われているでしょう!」
「うるさいわね。私に指図しないでちょうだい。それにお父様やお母様だって恋愛結婚よ。私がそうしたっていいはずだわ」
「いや、あの方々は普通に、政略結婚からの恋愛ですよ。順番が逆です」
「どっちでも一緒よ」
「主張がころころと変わるんだからぁ……」
双子が揃って深くため息を吐く。こちらもこちらでだいぶ苦労している様子だ。
けれども、カルロッタに好き勝手させている風でもないし、両陛下も止めているようなので、そこはそれなりにちゃんとしているようにも感じられる。
まぁ、それが結果に繋がっているかどうかは、見ての通りだが。
それにしても彼女たちは本当に、自分たちの身分を隠すつもりがあるのだろうか。
ニコレッタがそう訝しんでいると、
「……ロッティ様。いくらあなた様と言えど、カジノ内で揉めごとを起こされますと、さすがに看過できません」
笑顔のままのネロがそう言った。顔は笑ってはいるものの、その目はまったくそうではない。笑顔なのに恐ろしく圧がある。ちょっとフェイと似ている気がする。ニコレッタとダンテは揃ってぶるりと身体を震わせた。
それはカルロッタも同じだったようで、びくっと肩を跳ねて、
「あ、あら、ネロ。違うのよ、これは揉めごとではないわ。ちょっとお話しているだけよ?」
少し慌てた様子でそう弁明した。
その言葉にネロは目を少しだけ細めて、
「でしたら、私の方が先に、お二人とお話させていただいているところです。ご遠慮ください。お父様からは、ロッティ様が揉めごとを起こした場合は、直ちに連絡をするよう、仰せつかっております」
と言った。お忍びっぽい雰囲気だったが、どうやら何か起きた場合の対処法はすでに相談済みらしい。
彼の言葉にカルロッタは、ぐっ、と言葉に詰まった。そして「わ、分かったわよ……」と引いた。さすがに父親に報告されるのはまずいと思ったらしい。
にっこり笑みを深めるネロに、護衛たちは安堵の息を漏らした。
「はぁ、今日は何て日かしら。……っと、あ、そうだ。ネロ、あなたにも言いたいことがあったの」
「何でしょう?」
「ずいぶんな安物が、景品に並んでいたわよ?」
口を尖らせていたカルロッタだったが、ふと何かを思い出した様子で、鞄の中からペンダントを取り出した。
それを見てニコレッタとダンテが目を見開く。
「ダンテのペンダントと似ていたから、お揃いも良いかなと思って交換したけれど。こんな安物を景品で並べていたら、店のランクを落とすわよ?」
『待ってくださいっ!』
そう言って再び鞄にしまいかけたペンダントを、ニコレッタとダンテが声を揃えて止める。
鬼気迫る様子の二人にカルロッタがぎょっと目を剥く。
「え、な、何……?」
「それは、私の失くしたペンダントです!」




