5-2 バナナオレ
ダンテを見てニコレッタは目を丸くする。
彼は私服姿なので、仕事ということはないだろう。それならば、一体どうしたのか。
――そう考えてハッとした。
そもそも診療所を尋ねる理由なんて、基本的には一つしかないからだ。
「ダンテさん、もしかしてお怪我でもされました? それとも具合が悪いとか⁉」
ニコレッタが慌てて駆け寄ると、ダンテは軽く目を開いた。そして直ぐに笑って首を横に振る。
「いえ、大丈夫です。至って健康ですよ」
「あ、良かった。それなら、どうしたんですか?」
「実は本日、急にお休みになりまして。それで街を散歩していたら、大通りでバナナオレを売っている屋台を見かけたのです。試飲させていただいたら美味しくて、せっかくなのでニコレッタさんに差し入れをと。……あっ、もちろん、フェイ先生のもありますよ」
焦った様子で言葉を付け足したダンテに、フェイが苦笑する。
「そんなに怯えないでいいのにネ~。別に取って食ったりはしないヨ」
「取るっ⁉」
びくーん、とダンテの肩が跳ねる。
「フェイ先生、何を言ったんですか……?」
大人の騎士がここまで怯えるなんて相当である。
ニコレッタが、若干訝しみながらフェイを見ると、彼は「別ニ~?」とすっとぼけた。
「それにしても、僕の分もなんて嬉しいネ。ちょうど患者さんが一区切りしたところだから、ゆっくりしていっていいヨ!」
「あ、ありがとうございます! は、ははは……」
ダンテは頬を引きつらせながら笑う。
フェイに話しかけられると、微妙に緊張しているようなので、何を言われたかは知らないがだいぶトラウマになっているようだ。
――かわいそう。
ニコレッタはそう思った。
*
診療所のドアの外側に『休診中』の看板を下げると、ニコレッタたちは奥にある休憩室へと移動した。
窓際の台に、リラックス効果のある植物が綺麗に並び、座り心地の良いソファのあるそこは、少々狭いながらも落ち着く雰囲気になっている。
ニコレッタはいつもここで、フェイと食事や休憩を取っていた。
「実は今日のおやつ、バナナマフィンだったんですよ」
そんな話をしながら、ニコレッタはテーブルの上に、持ってきたバナナマフィンを置く。その隣にダンテのバナナオレを並べた。
どこか南国を彷彿とさせるバナナの香りが、ふわりと室内に広がる。
――バナナ尽くしだ。
滅多にないことだとにこにこしながら、ニコレッタはフェイやダンテと一緒に、それぞれのバナナオレを飲んだ。
「あ、美味しい……!」
甘いだけではなく、どこか爽やかさも感じる優しい味だ。それから、バナナともミルクとも違う甘さを感じる。ニコレッタが使ったことのない風味のものだ。
(ハチミツかしら?)
面白いなぁと思いながら、ニコレッタが頬を緩ませていると、ダンテが「良かった」と嬉しそうに呟く声が聞こえた。
「本当ダ、美味しいネ~。ニコレッタのバナナマフィンとも良く合うヨ!」
「んふふ。これは素敵なお話を聞きました。今度うちの店でも作って、バナナマフィンとセットで売ろうっと」
「キミネ?」
フェイが半眼になったが、商売人としては重要な話である。
ニコレッタは「んふふ」と笑って、バナナオレをもう一口飲んだ。
「でもこれ、本当に美味しいです。基本的な材料は手に入る範囲で大丈夫だと思いますけど、このハチミツはどこのでしょう」
「ハチミツ?」
「ええ。バナナオレの甘さの中に、ほんの少しだけ、そんな風味を感じました。隠し味ですかねぇ」
「全然気がつきませんでした……。さすがお菓子屋さんですね」
「んふふ」
ダンテに褒められて、ニコレッタが胸を張って笑っていると、
「本当に良い舌をしているヨ、ニコレッタ。これは南の国で採れるハチミツで、パルム王国では滅多に流通していない品だネ」
「あ、そう言えば屋台の店主さんは、そちらの出身っぽい見た目の方でしたね」
ヴォラーレとはパルム王国の南東にある、周囲を海に囲まれた島国だ。
陸地のほとんどが砂で覆われており、昼と夜の寒暖差が激しい土地だと、ニコレッタは本で読んだことがある。
パルム王国では滅多に見かけない、珍しい果物や香辛料もあると聞いて、いつか訪れてみたいとニコレッタは思っていた。
そこのハチミツと、まさか出会えるなんて。ニコレッタがジーンと感動をしていると、フェイが顎に指をあてた。
「なるほどネェ……。んー、時にダンテ君」
「何でしょうか?」
「君さ、身に着けているものに、何か違和感はないカイ? ちょっと調べてくれナイ?」
するとフェイがそんなことをダンテに頼んだ。
急にそんなことを言われたものだから、ダンテはぱちぱちと目を瞬いたが、素直にその言葉に従って確認し始める。
そうして、最後に首の辺りに手が触れた時、
「――あっ」
ダンテは目を見開いた。
「ペンダントが、ない……⁉」
「えっ⁉」
彼のペンダントと言うと、ラウラとお揃いのアレだろう。
ニコレッタもぎょっと目を剥くと、フェイが「やっぱり……」と呟いた。
「フェイ先生?」
「たぶんその屋台の店主、スリだネ」
『スリ⁉』
ニコレッタとダンテが声を揃えて絶叫する。
「あの屋台でバナナオレを買った人間のほとんどが、その日に物を失くしているみたいなんだよネ」
「そう言えばリナさんも、ブレスレットを失くしたと言っていましたね……」
「そうそう。ダンテ君、その時に何かおかしなことなかったカイ?」
「おかしなことですか……。……あ、そうだ。バナナオレを飲んだ時に、一瞬ぼうっとした気がします。……まさか、この中に毒が⁉ ニコレッタさん、吐き出してください!」
ダンテは立ち上がりニコレッタに駆け寄ると、肩をがしっと掴んで言う。
あまりに真剣な眼差しに、ニコレッタも口の中に手を突っ込もうとして、
「待って、待って。変なものは何も入っていないカラ! ニコレッタも迷いがないネ⁉」
と、フェイに慌てて止められた。
「飲食物におかしなものが入っていたら、僕が真っ先に気がつくヨ。それに、僕たちより先に飲んだダンテ君が無事だから平気」
「あ、確かに……」
そう指摘されてダンテはほっと息を吐く。
ややあって、ニコレッタに触れていたことを思い出して、ダンテは顔を真っ赤にして「し、失礼しました!」と手を離した。
「ま、そもそも、飲食物に悪意で毒の類を入れるのは、この国では重罪だからネ。入国の時にかなり厳しい口調で忠告をされるカラ、しないデショ。たぶん魔法の類じゃないかと思うんだケド」
「そう言えば店主の腕に妖精石がありましたね……。……そうだ、バナナオレを飲んだ時に、妖精石が光りました」
「それダネ! ……って言うか、キミは注意力があるのかないのか、どっちなんダイ?」
訝しんだ眼差しのフェイに、ダンテはあたふたしていた。
それは確かにとニコレッタも思った。アルジェント家の騎士ダンテとして聞いていた評判と、こうして実際に見たダンテの姿は結構イメージが違う。
何ごとも、自分の目と耳で見て聞いて判断しなければいけないな、とニコレッタは思った。
まぁ、それはともかくだ。
「つまり屋台の店主さんがバナナオレと魔法で隙をついて、ダンテさんのペンダントを盗んだ……ってことですか?」
改めて言葉にしてみると何とも作ったような話だ。
今の時点で、屋台の主人を犯人だと決めつけるのも良くないが、それでもいくつかの条件が揃っている。
「それにしても、この体格の男性をよく狙う気になりましたねぇ」
「ダンテ君、ちょっとぼうっとしているところがあるし、いけると思ったんじゃナイ?」
「な……情けなさ過ぎる……」
ダンテは、ガーン、とショックを受けて頭を抱えた。
しかし彼は立ち直りも早かった。
「……すみません。直ぐに屋台へ行ってみます!」
ダンテはそう言って席を立つと、診療所を走って出て行った。
「ダンテさん⁉」
「よっぽど大事なものだったんだネ」
「フェイ先生、ちょっと追いかけても良いですか⁉」
「いいヨ。あの分だと、止める人間がいなければ、ずっと探し続けるだろうからネ」
「はい! 行ってきます!」
「だけど深入りしないコト。何かあったら、まず僕のところへ相談に来なサイ……って、イナイ⁉」
フェイがニコレッタの方を見た時には、診療所のドアがパタンと閉じるところだった。
「ん~……まぁ、ニコレッタが一緒なら無茶はしないカ」
フェイは後頭部をがしがしとかいてから、バナナオレを見て小さく息を吐いたのだった。




