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砂糖菓子令嬢と甘党騎士のちっとも甘くない婚約事情  作者: 石動なつめ


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3-4 ジャミー・ビスケット

 パルム王国の王都には、ロイヤルパークと言う名前の公園がある。

 王族が管理している場所だ。円形に広く広がったそこには、爽やかな水色の花が咲き誇っている。人々の憩いの場所となるように、との願いが込められた園内には、繊細なデザインの白いベンチが、ちょうど木陰の下になるよう等間隔で設置されている。

 人気はそこそこあるが、大踊りと違って雑多な賑やかさはなく静かで、皆思い思いにゆったりと時間を過ごしていた。

 たまにクレープやジュースの屋台が出ていることもある。今日は入り口付近に、オレンジジュースの屋台がきていたので、ニコレッタたちはそれを買って、公園内の適当なベンチに並んで座った。


「久しぶりに来ました、この公園」


 するとダンテがしみじみとそう言った。


「あら、そうなんですか?」

「ええ。以前はジョギングのコースで、早朝に良く来ていたのですが……。その、最近は仕事以外でだいぶ疲れていて、ここへ来る心の余裕がなかったのです。万が一にでもあの方に会ったら嫌だったので……」

「ああ~……それは本当にお疲れ様です」

「ははは……はぁ」


 ダンテは渇いた笑みを浮かべて、深くため息を吐いた。

 心の底から、カルロッタのことがストレスになっているようである。


 姫君が一人で、早朝に外を出歩くことはないだろうけれど、ダンテの言った通り、世の中は予想外のことが起きるものだ。

 もしかしたらを頭に置いて、行動していた方が安全である。

 ――しかし、この様子を見ただけでも、彼はずいぶん窮屈そうな日々を過ごしていることがうかがえた。


「とりあえず飲みましょうか」

「そうですね」


 この話題はあまり長く続けない方が良い。そう思ったニコレッタは、話題を変えるように、オレンジジュースの紙コップを手で持ち上げた。

 屋台で買ったばかりのオレンジジュースだ。中にはオレンジの果肉が入っていて、それを一緒に食べられるように、ストローが通常のものより太くなっている。

 このタイプは初めてで、ニコレッタがわくわくしながら飲むと、程良い甘さと酸味の中に、ジュースとはまた甘さの違うオレンジの果肉が、良いアクセントになっていた。


「美味しい……。果肉が入ったジュースを飲むのは初めてなのですが、これは良いですね」

「私もです。診療所の患者さんから、話だけは聞いていて、機会があったら一度飲んでみたいなと思っていたのですよ。屋台が出ていてくれてラッキーでしたね!」


 にこにこ笑顔で返しながら、ニコレッタはジュースをもう一口。美味しい。

 飲んでいると、先ほどフランクに会ったせいで胸の中にあったもやもやした気持ちが、少しずつ解けていった。

 ――今なら落ち着いて話せそう。

 そう思ったニコレッタは、少しだけ間を開けて、


「えーっと、それで、さっきのことなのですが……」


 と、話し始めた。


「うちが没落した理由とか、ダンテさん、もう大体はご存じですよね」

「はい。失礼ながら、調べさせていただきました」

「んふふ。そりゃそうですよ、婚約相手のことですからね」


 ニコレッタは笑いながら左腕の袖を捲った。出てきたのは包帯が巻かれた腕だ。

 ダンテは少し驚いたように僅かに目を開いた。

 そんな彼に見やすいように、少しだけ高い位置で、ニコレッタは包帯を解く。

 ――すると現れた肌は、まるで何かを抉り出したような傷痕が残っていた。


「私、妖精石持ちだった(・・・)んですよ」


 ほんの少しだけ苦い声で、ニコレッタは話す。

 妖精石とは、この世の生き物が稀に身体に宿して生まれる、宝石のような見た目の石だ。

 妖精が祝福を与えた証、妖精と契約した証と、その説は色々あるが、基本的には縁起のいいものとして扱われている。

 その理由の一つが、この妖精石が魔素と呼ばれる魔法の源(・・・・)を作り出す力があるからだ。


 魔素とは魔法を使うために必要なもので、自然界や生き物の身体の中には常に魔素が循環している。

 そして魔法はそれを消費して、何もないところに火や水等を作り出す学問だ。

 とは言っても、魔素は無尽蔵にあるわけじゃない。

 使い過ぎれば枯渇するし、元に戻るまで長い時間を必要とする。


 それを解決するのがこの妖精石だ。

 常に魔素を作り続ける妖精石を身体に宿していれば、魔法は使い放題――でもないが、魔素を多く消費する大きな魔法を連続で使うことも可能なのである。

 もちろんそこには才能(・・)も必要なわけだが。

 ちなみに妖精石は身体に宿していなくとも、素肌に触れてさえいれば同じだけの効果があるため、かなりの高値で取引されている。

 ニコレッタはその妖精石持ちだった(・・・)


「ではニコレッタさんは魔法を?」

「いえいえ。私はまったく才能がなくて。宝の持ち腐れって奴だったんですよ」


 ダンテの質問にニコレッタは首を横に振る。


「……私ね、自分の妖精石を売ったんですよ。お金に困っちゃって。それと、従業員の皆を解雇する時に、少しでも退職金を渡したくて」


 何もかも奪われたニコレッタに残ったのは、大事な店パティスリー・シュガーポットだけだった。

 住む場所は残って良かったが、お金はほとんどない。

 従業員たちは優しい人ばかりで、ニコレッタを心配してくれて、一緒に立て直しましょうと言ってくれた。

 けれども従業員たちにも生活がある。家族がいる。

 生活費もギリギリで、材料の仕入れも難しく、従業員を雇い続けることが出来なくなったため、ニコレッタは泣く泣く彼らの解雇を選択した。

 その時に、せめて今まで頑張ってくれた従業員たちに、退職金だけはしっかり渡したいと考えて、ニコレッタは自分の妖精石を売って、お金を作ったのである。 


「妖精石ってなかなかのお値段で売れるんですねぇ。フェイ先生が綺麗に取ってくれたおかげです」


 傷痕を見ながらニコレッタは目を細める。

 妖精石に傷がつくと生み出す魔素が減るとかで価値が下がるらしい。

 当時のことを思い出してフェイに感謝していると、


「フェイ先生、心配しながら怒ったんじゃないですか?」


 ダンテがそう言った。


「ええ、とっても。ダンテさん、良くお分かりに」

「さっき片鱗を見ましたので」

「んふふ」


ニコレッタはちょっと笑って、それから気まずそうに、


「……世間体が悪いのは理解しているんですよ」


 と言った。

 フランクはどこで嗅ぎつけたのか知らないが、実際に名前をぼかしてそんな記事を書かれたことがあるのだ。

 妖精の祝福を手放すなんて愚かなことだと、しばらく街の人間が話していたのをニコレッタは覚えている。特に貴族の反応は顕著だった。


「すみません。婚約前に話すべきでしたね」

「いえ、傷痕を見せるのはお辛かったでしょう。私こそ配慮が足りませんでした」

「……え?」


 ニコレッタは首を傾げた。確かにあまり見せたいものではないし、呑気な顔で話せる内容でもない。

 けれど、傷痕のことを心配されたのはフェイ以外では初めてだ。


「えっと……軽蔑しないのですか?」

「何故?」

「いえ、その。お金のために、妖精石を売って……」

「きみは他者に対して誠実であった。その事実のどこにも、軽蔑すべき要素はありません」

「――――」


 今度こそニコレッタは目を見開いて狼狽えた。


 真正面からそんなことを言われると、何だかちょっと泣きたくなってしまう。

 ただの気遣いであっても、身内以外から優しい言葉をかけられるなんて思わなかった。

 思わず鼻がツンとしてきたので、ニコレッタは当てて誤魔化す。


「ダ、ダンテさんは人たらしですね!」

「そ、そうですか?」

「そうですとも。中身がそうだと、モテますよ。きっと素敵な人と出会えます」

「……ありがとうと言えばいいのか分かりませんが、ありがとうございます」

「んふふ」


 困惑気味なダンテを見てニコレッタの頬が緩む。


「……って、あ! 長話を失礼しました。映画の上演時間って何時からでしたっけ?」

「十五時からですね」

「あらら……これはちょっと間に合いそうにありませんね。後日にします?」


走って向かえばギリギリくらいだが、何となくそれはデートらしくないかもしれない。

 そう思って提案するとダンテは「そうですね」と頷いた。

 そして、


「ニコレッタさんが良かったら、ここでしばらくお話をしても?」


 と提案してくれた。


「お話ですか?」

「はい。私はきみのことがもっと少し知りたいです。ほら、私たちは婚約者同士なので」

「あ、そうですね。その辺り、すり合わせておかないと後々困りますし!」


 婚約者同士に見えるように振舞うのが目下の課題だ。

 公園デートと見せかけて、そういう相談をしておいた方がいいだろう。

 ニコレッタがこくこくと頷くと、


「いえ、そうではなくて。私の個人的なお願いです。私がニコレッタさんとお話がしたいのです」


 ダンテはにっこりと笑ってそう言った。ニコレッタは目を丸くする。


「……ダンテさんって真面目ですね」

「褒めています?」

「褒めています。嘘がなさそうで、好感が持てます。そういう人が一番好きです」

「……ッ、あ、ありがとうございます」


 ニコレッタが素直な感想を口にすると、ダンテは頬を少し赤らめてそう言ったのだった。

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