スペシャルクリスマス
「じゃあ、こっちのローストはオーブンに任せて、フライドチキンとソースに取りかかろう。
今度はこの鶏肉に、フライドチキンにするための粉をまぶします。オレガノ、マジョラム、セージ、タラゴン、バジル、ローズマリー、ガーリックチップ、それに胡椒と塩をミルで粉末にして、小麦粉と混ぜる。その小麦粉をこうして肉にまぶして、溶き卵を付けてから、もう一度粉を付けます。こうすると衣がカリッと仕上がるんだ。
衣を付けてから油の加熱を始めると、衣が程良くお肉に馴染むよ」
「……こうして見てると四本さん、いや、梅崎さん……ああ、面倒くさい。夏生さんは器用ですね」
同時に3つの料理を作っている夏生を見て、高見沢が感心したように呟いた。それを聞いた理彩が隣で鼻を鳴らす。
「今更何を言ってるの。あの人頭の中が合理的な思考でできてるからね。このタスクに必要な時間はこのくらい、その間にこれができる、という並行タスク管理が優秀なのよ。料理人になってなかったらプログラマーになることを勧めてたところね」
「そういう貴女の今の時間は何のタスクに割り振られてるんです?」
「動画にチラチラ映って、クレインマジック公式動画の視聴者を減らさないという重大タスク」
「ああ、それ、確かに重要ですね。私たちにも固定ファンがいるって、おかしな感じがしますが現実ですからね」
耳に飛び込んでくる理彩と高見沢の会話に、悠はひっそりと笑った。自分と夏生が予想以上に話題になったときも驚いたが、理彩と高見沢、そして桑鶴と剣持にも固定ファンがいることには更に驚いた。
確かに時折動画には登場するが、そもそもレア度が高いのだから。しかし彼らのファンは、「推し」の登場頻度が低い分の反動なのか、出てきた時の反応が凄い。
「さてと、油の温度はどうかな? うん、オーケー。揚げ方は基本的な唐揚げと同じように、まず160度で揚げてから一度取り出して、余熱で火を通してから二度揚げをします。じゃあ、余熱で火を通してる間に、今度はソースを作るよ。あっ、料理に慣れていない人は真似しなくていいからね。一個一個、確実に作っていって」
カメラに向かって夏生が手のひらを向け、「ストップ」という動作をした。これでおそらく画面の向こうで何人かが死ぬんだろうなと悠は考えてしまう。最近、そういうことが段々とわかるようになってきた。
「今日作るのはクランベリーソースとオレンジソースなんだけど、実は企画書を出したときに桑さんが一番評価したのがクランベリーソースだったんだよね。理由は、クレインマジックの『クレイン』と同じく鶴という意味だから。
『クランベリーの赤い実』って歌を知ってる人はどれだけいるかな? 朝7時ちょっと前に放送してる番組でたまに流れてたんだけど。興味のある人は検索してみて」
「ああ、そういえば子供の頃見た様な……」
高見沢は納得していたが理彩は知らない様だ。悠もその歌は知らなかった。
「クランベリーソースとオレンジソースは、ジャムを流用して作るよ。クランベリーはジャムや冷凍なら比較的手に入るからね。赤ワインとレモン汁を足してジャムを煮込んで、アルコールが飛んだらバルサミコを入れて酸味を出す。オレンジソースにバルサミコでもいいんだけど、色が濁っちゃうんだよね。
だから今日は色が濃いクランベリーの方にバルサミコを入れます。こっちは、甘みがあるけどさっぱり系。そしてオレンジソースの方は、溶かしたバターと生クリームをマーマレードに足して作ろう。ブレンダーで混ぜると簡単に滑らかに作れるよ。安いものだと3000円くらいだから、一個持ってるといろいろ便利だと思う。興味があったら買ってみてね。オレンジソースだけど、オレンジの風味が鶏肉には良く合うんだ。こっちの方は、香りのあるこってり系。どちらも、切り分けたお肉を皿に取り分けてからお好みで掛けて」
手早く2種類のソースを作ると、夏生は余熱の通ったフライドチキンを油の温度を上げた鉄鍋に戻す。じゅわっという音がして、見守っている面々も思わずごくりと喉を鳴らした。
「オーブンからもいい匂いがするね」
「お肉の焼ける匂いっていいですよね」
最近理彩と高見沢は殴り合いにならないらしい。珍しく一致した意見を穏やかに話している。クレインマジックの面々に慣れきってタイミングをわかっていたのか、剣持の持つカメラは並んで立つふたりのうっとりとした表情を捉えていた。
このふたりを映すと、その後ろで腕を組んでニコニコとしている桑鶴も映るのだ。まさに今日は「クレインマジッククリスマススペシャル」というタイトルにふさわしい。
「ローストチキンはあと20分くらいだね。フライドチキンがちょっと早くできあがるかな。それじゃあ、ハルくんはお皿の準備をしてくれるかい?」
「わかった」
夏生の指示で、ローストチキンが乗る大きい皿を2枚と、フライドチキン用の皿を出した。更に人数分のとりわけ用の皿に、ソースを入れる深い器も用意する。てきぱきと悠が動く様子も、剣持がばっちりと撮影していた。
研究熱心な彼は、動画の反応からどういったシーンが喜ばれるのか把握しているそうだ。悠としては、自分が皿を並べているシーンで何が嬉しいのかさっぱりわからないのだが。
綺麗なキツネ色に揚がったフライドチキンの油を切ってから、夏生が丁寧に皿の上にそれを並べる。
「冷めないうちに食べちゃおう。そのうちローストチキンも焼き上がるからね。テーブルに全部並んだところはこの前撮影した写真があるからそれで許して。それじゃ、桑さんどうぞ」
「ナツキチの言葉に甘えて、先に食べるとしようか。いただきまーす!」
満面の笑みで桑鶴が真っ先にフライドチキンに手を伸ばす。揚げたてのチキンを掴んでから、「うあっ!」と叫んで手を離したのは熱かったからだろう。慌てて悠はアルミホイルを切って桑鶴に渡した。
「ありがとうな、ハルキチ。やれやれ、俺としたことが、恥ずかしいところを見せちまった」
「うっかりが過ぎますよ。悠さん、私にもアルミホイルをください」
「待て、今全員分用意する」
並んでいるチキンは人数分の6本だ。持ちやすいように骨の部分の先端に悠はアルミホイルを巻いていく。理彩と高見沢も桑鶴に続いてチキンを口に運んだ。
「……これは、あれですね。某フライドチキン店の」
「あそこのスパイス配合は秘伝だから僕も知らないよ。だけど、これで結構近いものができる。味の方はどうかな?」
剣持の構えるカメラが自分を向いているのをはっきりと認識しながら、悠はフライドチキンに豪快にかぶり付く。クレインマジックの試食担当と言えば自分なのだ。
自分に求められているものを悠は知っているが、それは気にしないことにしている。素直に、夏生の料理を食べた感想を表情と言葉で伝えていく。
「うまい。確かに衣がカリカリしていて、中の肉が柔らかく仕上がってる。肉に味も多少染みているけど、味が濃い皮の部分が最高だ。これはやっぱり、皮と肉を一緒に豪快にかぶり付く料理だと思う。そうか、今まであそこのフライドチキンで中に味がしないと思うときがあったが、衣に味を付けてるせいなんだな」
悠のコメントに、にこりと笑った夏生が指で丸を作って見せてきた。オーケーというサインだろう。
賑やかにフライドチキンを食べていると、オーブンが鳴って焼き上がりを知らせる。それぞれ違う色に焼き上がったローストチキンが並ぶと、歓声が上がった。
「和風の方はそのまま、こっちのチキンはお好みでソースを掛けてどうぞ。丸鶏は切り分けが難しいから、それは僕がやるよ」
手慣れた様子で夏生が丸鶏を切り分ける。実は試作段階で悠も一度やってみたが、全く駄目だったので包丁で肉を削ぐことしかできなかった。
夏生は鶏の骨格や関節の位置などを熟知しているから解体ができるのだと、その時に思い知ったものだ。
「何度も言うけど、丸鶏は食べきれないことがあるだろうから、無理しないで鶏もも肉で作ってもいいからね。その方がムラなく焼くのは簡単だし、美味しいところだけ食べることができる。でも、丸鶏の御馳走感もクリスマスだから味わってみたいよね」
切り分けたローストチキンに2種のソースを掛けて、夏生はその皿をカメラに向かって差し出した。
「詳しい作り方は個別の動画を見て、今年は美味しいチキンでクリスマスを迎えてね。クリスマスにお約束のジンジャークッキーのレシピも掲載予定だよ。それでは」
剣持以外のそれぞれが皿を掲げ、声を揃えた。桑鶴はもちろん、理彩も高見沢も、そして悠も誰もが笑顔だ。
「メリークリスマス!」
それが、クレインマジック一年目のクリスマスになった。




