ナツキッチン・2 「夏生お兄さんのお悩み相談コーナー・3」
「それじゃあ、次の相談にいくよ。のの子さんからの相談で、『お砂糖が容器の中で塊になって、使うときに削るのが大変です。楽な削り方や、塊にならない方法はありますか?』だそうです。
なるほどね、これ結構ありがちかもしれない。ハルくんならどうする?」
そこで話を振られて悠は唸った。そんな事態に遭遇したことがないのだ。ひとり暮らしの時にも、夏生と同居を始めてからも、砂糖が塊になっていたことがない。
「砂糖が塊になってたことがない」
「結構運が良いんじゃないかなあ、それ。まあ、これは解決方法が簡単だから、『どうして塊になっちゃうのか』から説明しちゃおう。
砂糖は乾燥すると塊になっちゃうんだよ。だから、解決方法としては霧吹きで少しだけ水を掛けると崩しやすくなるよ。霧吹きを食用に使うのは嫌だという人は、塊になった砂糖をボウルに入れて、濡らして絞ったペーパータオルを砂糖を包む様に被せて、ラップをボウルに掛けて放置してみよう」
「湿気て固まるんじゃなくて、逆なのか」
「そうなんだよ。それじゃあ、それを実感して貰うために『固まっちゃった砂糖』を作っておいたので、ハルくんに試して貰おうかな」
わざわざ砂糖を固まらせるというのも意味が分からないが、夏生の理論で言えば乾燥させれば塊になるのだろう。
砂糖の塊が入ったガラスボウルが出されたので、スプーンで突いてみたが確かに全然崩せない。用意された霧吹きで少し水を掛けてから、先程と同じくらいの力で崩そうとしたら簡単に崩れた。
「凄い。簡単に崩れた」
「こうなるのを防ぐためには、乾燥させないのが一番だね。砂糖を入れてる容器を冷蔵庫に入れてる人はすぐにやめて。冷蔵庫は湿気が飛ぶから、ガッチガチになるからね。このハルくんが試した砂糖の塊もそうやって作ったよ」
「作ったって、そういうことだったのか……」
自然発生以外で意図的にできるものなのかと疑問に思っていたが、理屈を知っている夏生には簡単な話だった様だ。
「僕の場合、珪藻土でできてるスプーンを砂糖入れの蓋の裏に貼り付けてあって、時々そのスプーンに水を掛けて吸わせてるんだ。珪藻土が砕けて粉が入るのが心配という人は、ペーパータオルを濡らして絞ったものを、蓋と容器の間に挟むのもいいよ。
じゃあ、本日最後のお悩み相談。チーズバーガー最高さんから、『温泉卵を作ろうとしていつも失敗します。失敗しない作り方を教えてください』。
ハルくんは、そういうときはどうする?」
「スーパーで買ってくる」
「圧倒的に正しいけど、そういう企画じゃないよね? ……あれ? あってる? むしろ大正解はそっち?」
「ナツキチー! 悩むな!」
またもや画面外から桑鶴の叱咤が飛んできた。頭を抱えてしまっていた夏生はその声で我に返ったのか、カメラに向かって照れ笑いを浮かべる。
「気を取り直して、温泉卵の失敗にくい作り方を紹介するね。温泉卵は難しいよー。僕も未だに100%成功するわけじゃないからね」
カルボナーラに温泉卵を載せようと作って、「失敗しちゃった……」と肩を落としている夏生を見たことがあるので、悠は思わず横で頷く。気づいたらしい夏生は一瞬頬を引きつらせたが、それ以上表情を崩すことなく用意していた卵を手に取った。
「ひとり分前提で話を進めさせて貰うよ。温泉卵って、複数同時に作ろうとするほど、作るのが難しくなるからね。
温泉卵って難しいよね。レンジで作る方法とかでも失敗したり。失敗しない温泉卵の作り方動画もたくさんあるけど、自分で試して『100%失敗しない』動画は僕も見つけたことがないくらいなんだ。
ハルくんの言う通り買ってくるのが一番確実なんだけど、ひとり暮らしだと6個くらい入ってるパックは消費に困るから作れるようになっちゃおう。
冷蔵庫から出したばかりの卵で作る方法と、室温に戻した卵で作る方法があるけど、僕的には失敗しにくいのは室温に戻してから作る方法だよ。まず、大きめのお鍋を用意して、1リットル程度の水を入れて沸騰させます」
夏生は電気ポットであらかじめ作っておいたお湯を使い、すぐに鍋一杯に沸騰した湯を用意した。
「ここでポイント。大さじ1の片栗粉を水で溶かしておいて、沸騰したお湯に入れます。良く混ぜてから火を止めて、卵を鍋の底にぶつけて割ったりしない様に、お玉に載せてゆっくりお湯に入れよう。ここで蓋をして12分待ちます……と言いたいところだけど、定時過ぎちゃって高見沢さんに怒られるから、昨日のうちにこの方法で作っておいた温泉卵がこちら。ハルくん、割ってみて」
「わかった。……お、これは成功してる」
「はー、よかった。温泉卵って割るまで分からないから怖いんだよね。
12分経ったら卵を冷水で冷やしてできあがりだよ。料理の上に載せても、だしを掛けてそのまま食べても良いよね。温泉卵の卵かけご飯は、桑さんの好物なんだ」
思わぬところで好物を暴露されて、桑鶴が苦笑いを浮かべているのが悠の位置からも見える。
「掛けるだしは、白だしとみりんとお水を1:1.5:2で合わせて、レンジかお鍋で沸騰させるだけで美味しくできるよ。香り付けに醤油をちょっと入れてもいいね。いろんなサイトにちょっとずつ違うレシピがあるから、比べてみるのも楽しいかも」
「沸騰させないと駄目なのか?」
「うん、みりんにアルコール分があるから、それが飛ぶくらい沸騰させて欲しい。そうしないと味が変わっちゃうから」
「アルコールが入ってるのは知らなかった……」
「本みりんを使ったことがない人も割と多いからね。アルコール分が入ってるから、酒類を扱えないお店ではみりん風調味料しか売ってないね」
「みりんとみりん風調味料ってどう違うんだ?」
率直な疑問を口にした悠に、高見沢が再び時計を指差した。もはや定時ギリギリになっているので、夏生も苦笑しながらここで話を終わらせることにしたようだ。
「うーん、それは長くなるからまた次回にしよう。今日のお悩み相談コーナーはこれで終わり。リクエストがあったらコメント欄や公式SNSにどんどん書き込みをしてね。それじゃ、今日もクレインマジック公式チャンネルを見てくれてありがとう! See you!」
「またな」
夏生はカメラに向かって手を振り、悠は相変わらず棒立ちだ。
その後は、3分だけ高見沢に説教をされた。
近所のスーパーでは、クレインマジックの動画を必ずチェックして使われた食材などを「ピックアップ!」というポップを付けて売り出しているらしい。クレインマジックの近所ならではの売り出し方だ。
この辺りでは商店街もスーパーも、クレインマジックの面々にとても好意的なのだ。




