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【完結】いただきます ごちそうさま ――美味しいアプリの小さな奇跡【加筆修整版】  作者: 加藤伊織 「帝都六家の隠し姫」発売中


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ナツキッチン・1 「ホットケーキミックスで作るビスケット・2」

「エキストラヴァージンは風味を楽しむのがいいね。使っても構わないんだけど、例えばそういうときには甘さは控えてナッツを刻んで入れたり、刻んだオリーブをトッピングして焼いたりしたら美味しいかもね。とりあえず今日は、こっちのピュアを使うよ。あ、もちろん、みんなはサラダ油でもいいからね。まずは、ボウルにホットケーキミックスを一袋入れます。そこに、油を大さじ2。ざっと入れたら、そこに手を入れて、粉と油を馴染ませるようにさらさらと手のひらで揉むよ。さて、僕はオーブンを加熱しておくから、ハルくんがやってみようか」

「わかった」


 夏生がオーブン側にはけ、悠がボウルの前に立つ。

 そして、ホットケーキミックスと油の入ったボウルに手を入れ、一瞬困ったような顔をしてから粉をぎゅっと握った。


 手のひらで揉む、と言われてもわからない。表情だけで夏生にヘルプサインを送ると、彼は苦笑しながら悠の後ろに回った。


「えーと、粉をね、手で挟んで手のひらで擦り合わせるみたいに……うーん、ちょっとごめんね」


 夏生は悠の手を取って、粉を手の上に乗せると手を擦り合わさせた。夏生の手の内側にある悠の手のひらで、油と混じった部分の粉がより細かくなっていく。 


「ああ、なるほど、こういうことか」


 悠にとってはとてもわかりやすいが、視聴者は「何を見せられているんだ」という気にならないかどうかが気になる。


「はい、じゃあ後はひとりでやってみて」

「わかった」


 夏生にレクチャーされたとおり、粉を掬い上げては手のひらで摺り合わせ、ひたすら無心に粉を油と混ぜていく。やがて全体がそぼろ状になり、夏生がオーケーサインを出した。


「うん、油が綺麗に粉に混ざったね。ビスケットは、この粉と油の混ぜ方が重要なんだ。バターを使うと美味しく出来るけど難しいっていうのはここ。液体のオイルと違ってバターは固い分難しいんだ。

 これが出来るようになると、後は何も困らないよ。じゃあ、ここに牛乳を50ミリリットル入れて、捏ねます。ここは、生地が固めの方が扱いやすいけど、牛乳多めの方が美味しくなるから、わりとアバウトでも大丈夫」


 悠の前にあるボウルに、夏生が横から牛乳を注ぐ。それを悠が捏ねている間に、夏生がしみじみと呟いた。


「ホットケーキミックス、本当に便利だよね。ベーキングパウダーも砂糖も全部入ってるし。あとは卵と牛乳足すだけっていうのが楽。はい、纏まったら台の上に生地を置いて」


 再び夏生と悠が場所を入れ替わった。夏生が大きな手でぎゅっと生地を押す。


「この生地に小麦粉を振りかけて、麺棒で伸ばします。なかったら、手のひらで押してもいいよ。大体2センチくらいの厚みになったら、包丁で適当に切り分けよう。スコーン用の抜き型があれば一番見栄えがいいけど、まず普通の家にあれはないだろうしね」


 夏生は手のひらで押して適度な厚みにした生地を包丁で三角形に切り分けていく。ここで真四角じゃなくて三角というところが夏生らしいなと横で悠は思っていた。

 きっと理彩にやらせると、妙に大きめの四角に切ったりするだろう。従姉は食に関していささか雑だ。


「オーブンは200度で15分くらい。生地を作り始めてからそれほど時間が掛からないから、余熱を先にし始めていてもいいよ。

オーブンも頃合いだから、切り分けた生地を並べよう。生地同士を近くに置きすぎると、膨らんでくっつくから気をつけて」


 天板の上にクッキングシートを敷いて、夏生が生地を並べる。悠はその間夏生の手元をじーっと見ていた。クッキングシート一枚を切り取るのでもきっちり正確で、思わず見入ってしまうのだ。


「これで、後は焼き上がりを待つだけ。それじゃ、少し待ってね」


 夏生の言葉でカメラが一旦止まる。


 公開される動画ではここで画面が暗転して、15分後というテロップが流れるはずだ。

 そして撮影が再開した15分後にはピーピーというオーブンの終了音がして、ミトンをはめた夏生が天板を取り出した。そこには、綺麗なきつね色に焼き上がってふっくらと膨らんだビスケットが並んでいる。


「はい、お待ちかねの試食タイム……と言いたいところだけど、まだ熱くて食べられないし、実は昨日作っておいたものがあるから、ハルくんにはそれを食べてもらおうか」

「……今の、焼いてる時間は無駄じゃなかったのか?」

「一応ちゃんと作らないと。焼き時間の確認もあるしね。それを言うなら、フードプロセッサーを持ってる人なら手で油と生地を合わせたりしないで、5秒くらいでバターでも粉と馴染ませられるよ」

「だったらそっちの方が圧倒的にいいんじゃないのか?」

「ハルくんはフードプロセッサー持ってる?」

「……持ってない」

「そういうこと。この動画を見てる大体の人は、フードプロセッサーとかミルミキサーとかブレンダーは持ってないと想定してるからね。――さて、じゃあハルくん、どうぞ」


 夏生が皿に並べた「昨日作っておいた」ビスケットは、今焼き上がったものと全然違いが見当たらない。レシピをきちんと再現すると同じものが出来るという証明のように悠には見えた。

 悠は皿の上の三角のビスケットを取り上げて、じっと見つめた後で「いただきます」と呟いて口に入れた。さくりという歯応えの後に、内側が少ししっとりしているのがわかる。


 しかし、いつものような笑顔は出せない。微妙に戸惑った顔をして、悠はビスケットを食べ続けながら夏生を見上げた。


「……ホットケーキの味だな」

「そりゃあ、味の部分は何も弄ってないからね……」

「いつもあんたが作るクッキーの方がうまい」

「そう言ってもらえるのは嬉しいけど、今日はそういう企画じゃないからね。ホットケーキミックスで手軽に作るビスケット、ってコンセプトだから」

「そうか」


 パクパクと食べながらも、悠の眉が微妙に下がった。

 これは、いつも夏生が作る料理に比べるとあまりに既製品の味だった。別に悪い事ではないのだが、意外感がない。どうやら自分はいつの間にか口が肥えてしまったらしい。

 手に持ったビスケットを食べ終わると、悠はカメラの方に向き直って、真顔で言った。


「普通にホットケーキの味だ。悪くない」

「悪くないってそんな……高見沢さんじゃないんだから」


 夏生が苦笑している。きっとここは視聴者も苦笑するところだろう。ある意味強烈な高見沢の個性は、ユーザーにはかなり理解されている。


「……という訳で、ハルくんの感想はごく当たり前のものかもね。でも手軽に作れて、保存が利くから重宝するよ。

 そして、これが作れるようになると、粉から計量して作る本格的なビスケットも意外と簡単に作れるようになるんだ。そっちのレシピはもう少ししたら公開予定だよ。今はアフタヌーンティーも流行ってるし、スコーンはお茶のお供にぴったりだから、是非作って試して欲しいな。

 最後に、料理スキルが上がってきてもっといろいろ作りたいと思える様になってきたら、クレインマジック以外のレシピアプリを活用してみてね。掲載レシピ数は桁違いだし、僕が見ても勉強になる事が多いよ」


 夏生がまとめに入る。彼の言葉とこの笑顔で、一体何人の人間がホットケーキミックスを捏ね始めるのだろうと悠は思わず考える。


 しかも他のレシピアプリを敢えて薦めるのがクレインマジックのスタイルだ。

 クレインマジックはあくまでも初心者向けという棲み分けを明確に打ち出し、「レシピアプリを複数入れるのはごく普通のこと」という考えも誘導しているらしい。


 夏生が爽やかに言っているから嫌味なく聞こえるが、もちろん桑鶴の差し金である。他のアプリと数字を争う様な構図を作らず、協力関係を築くのが理想だと彼は言っていた。


「それじゃ、今日もクレインマジック公式チャンネルを見てくれてありがとう! See you!」

「またな」


 手を振る夏生と、棒立ちの悠が対照的だ。動画ではここでふたりの姿がフェードアウトしていく予定になっている。それがオリジナルレシピ動画のテンプレートだ。

お読みいただきありがとうございます!

面白い、続きが気になると思っていただけたら、ブクマ、評価・いいねを入れていただけると大変嬉しいです。よろしくお願いします!

特にポジティブな感想を頂けると物凄く嬉しいです!

よろしくお願いします!(二度目)


挿絵(By みてみん)

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