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【完結】いただきます ごちそうさま ――美味しいアプリの小さな奇跡【加筆修整版】  作者: 加藤伊織 「帝都六家の隠し姫」発売中


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ナツキッチン・1 「ホットケーキミックスで作るビスケット・1」

 一般家庭と同じ設備しかないクレインマジックのキッチンに、エプロンを身につけた夏生と悠が並ぶ。

 見栄えがいいが腰から下しか覆わないギャルソンエプロンではなく、油の跳ねや粉が散ることも考慮して全身を守るタイプのエプロンだ。肩紐を背面でクロスするエプロンなので、体にフィットしやすく、スマートな印象に見える。


 ブラックデニムのエプロンは夏生が最初から使っていたものでCMにもその姿で映っているが、悠のものはこの動画の為に用意されたインディゴのデニムエプロンだ。粉が付くと物凄く目立つが、桑鶴に言わせれば「粉が付かないナツキチの方の凄さが際立つ」らしい。

 

「はーい、みんな、今日も元気かな? 僕は、四本夏生。クレインマジックの料理のお兄さんだよ」


 耳に掛かる程度の黒髪をラフに分けた夏生が、カメラに向かってにこやかに手を振る。

 最近になって悠が知った話だが、クレインマジックには夏生宛に「CMで一目惚れしました」なんて書かれたファンレターすら届くようになったらしい。


「アシスタントの速水悠だ」


 夏生の隣でむすっとしたように悠が自己紹介をする。本人としては不機嫌なわけでもむすっとしている訳でもなく、地顔がこうなのだから仕方がないと思っている。

 それが「ワイルド」「クール」と動画コメントでは褒められるのだから、世の中はよくわからない。


「今日は、ホットケーキミックスを使ってビスケットを作るよ。ホットケーキミックス、レシピサイトではHMなんて略されるくらいメジャーだよね。簡単に作れてお腹にたまるし、美味しいし、ひとり暮らしの友と言っても過言でないレベル。ちなみに、ハルくんの家にはあるかな?」

「ないな」

「だよね、知ってた」


 知ってたも何も、同じ家に住んでいるのだ。当然の事過ぎる。

 しかし、悠と夏生の同居は伏せられているので、これは規定の茶番というやつなのだ。


「夏生」

「なんだい、ハルくん」


 悠が年上の夏生を呼び捨てにし、夏生の方はアシスタントの悠を「ハルくん」と呼ぶ。その構図も妙に反響が大きかった。

 一部では「マナーがなっていない」という声もあったが、夏生の親しみやすさと穏やかさがふたりの関係性から強調されるのと、やはり悠は「ワイルド」「クール」と言われるのだ。

 

「ビスケットは、クッキーと違うのか?」

「ああ、そうか。そうだね……ハルくんはビスケットとクッキーに違いはあると思う?」

「ん……」


 質問に質問で返され、悠は考え込んだ。しかしすぐに白旗を揚げてしまう。元々考えてわかる程度の事なら質問していない。


「わからない」

「日本ではね、クッキーとビスケットは油脂の含有量の違いだよ。だから、基本的には同じだと思って構わない。日本では、だけどね。

 アメリカの場合、日本でクッキーやビスケットと呼んでるものをクッキーと言って、ビスケットは、パンみたいに膨らませて作るものなんだ。イギリスではスコーンと呼ぶよ。アメリカのビスケットと、イギリスのスコーンはほとんど同じもの。じゃあ、そこ復唱しようか」

「アメリカのビスケットと、イギリスのスコーンはほとんど同じもの。……なんとなくわかった。スコーンはでかい奴だな」

「そうだね」


 素直に復唱した悠に夏生が笑う。悠はとっつきにくい外見をしているが、性格がひねくれているわけではない。そうしたギャップも人気なのだと高見沢が教えてくれた。


「手順も簡単だし、そのままホットケーキにするより断然日持ちもする。軽食にちょうどいいから、会社に持っていっておやつにしたりするのもいいよ」


 今度はカメラに向かって夏生が提案する。日持ちがするものになるという提案は、料理ライト層には魅力的だろう。ホットケーキをたくさん焼いても、冷凍しなければ日持ちがしないのだから。


「材料は……はい、みんなの友達、ホットケーキミックス。それと、牛乳。あとは、油。このみっつだけ。油脂はバターを使うのが一番美味しいけど、下準備が必要だったりするから、まずは簡単に作れる方法をマスターしようか。油はサラダ油でもオリーブオイルでも構わないよ。ハルくん、持ってきてもらえるかな」

「わかった。オリーブオイルだな」


 悠は一度画面に移る範囲から消え、シンク下から濃い緑色の液体を取り出した。


「あっ……そうか、うーん、ごめん。これじゃなくて、黄色いピュアの方を持ってきてもらえるかな?」

「これじゃ駄目なのか?」

「これはエキストラヴァージン・オリーブオイル。オリーブオイルっていうのは、オリーブの果汁から取れる油なんだ」

「果汁!?」

「果汁!?」


 悠の言葉と、撮影を見守っていた理彩の驚いた様子の言葉が重なった。バコンという音がそれに続く。

 悠の位置から見えたのは、ファイルで高見沢が理彩の顔を横殴りにしたところだ。音は大きかったが、それほど手の動きが速くはなかったから大して痛くはないだろう。


「分類は本当はかなり細かいんだけど、日本では、ヴァージンとピュアとポマースという3種類で販売されてるよ。簡単に言うと……そうだなあ、ヴァージンはエクストラヴァージンで有名な一番搾り。果実から自然に絞れる果汁ってところ。フレッシュなオリーブの香りや味が一番でてるオイルだよ。

 ピュアはただオリーブオイルとも呼ばれることがあって、ぎゅーっと絞った果汁から取れた油を精製して、エキストラヴァージンを足したもの。エキストラヴァージンよりも安価で、癖の少ない味が特徴。天麩羅なんかもこれで作れるよ。ポマースは絞りかすから溶剤を使って抽出した油。これは食用じゃないから一般的じゃないね」

「夏生、なんでそんなに詳しいんだ?」


 しげしげと悠が感心していると、今度はごふっという咳き込んだ音が聞こえた。咳の主の高見沢は全力で理彩から距離を取っている。


「え、一応僕、料理人だし……。オリーブオイルはオレイン酸が多くて酸化しにくくて、実はサラダ油よりも身体にいいんだよ。だから、うちで揚げ物したりするときもピュアオリーブオイルを使ってるんだけど」

「ああ、そういえばそうだったな」


 悠の視界の隅で桑鶴が全力で両腕で×印を作って見せていた。同居を匂わせる事柄はアウトと言うことなのだろう。しかし、言ってしまった言葉は戻らない。

 悠と夏生は素知らぬ顔で続ける事にした。当たり前の顔をしていれば、案外怪しまれないものなのだ。

お読みいただきありがとうございます!

面白い、続きが気になると思っていただけたら、ブクマ、評価・いいねを入れていただけると大変嬉しいです。よろしくお願いします!

特にポジティブな感想を頂けると物凄く嬉しいです!

よろしくお願いします!(二度目)


挿絵(By みてみん)

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