もんじゃの美味しい作り方
「それでは、クレインマジックのとりあえず順調な滑り出しを祝って。乾杯!」
「かんぱーい!」
6つのジョッキがごつごつとぶつかり合う。生ビールが注がれているのが5つで、残りのひとつはウーロン茶だ。
打ち上げには、クレインマジックの社員ではないが制作スタッフとして剣持も参加していた。カメラマン兼ライトマンとしてクレジットに剣持の名前も載せるようにしたので、彼も仕事が増えたと喜んでいる。
打ち上げをするといって平日の夜に悠がわざわざ連れてこられた先は、まさかの月島だった。東京都の中でも西に位置する市部にあるクレインマジックからはかなり遠い。だが、打ち上げはどうしてもここでやりたかったのだと、桑鶴が移動中に言っていた。
「ここのもんじゃはうまいんだ! 月島のもんじゃストリートの中でもやっぱり店毎に味が違うしな。味がソースがちの店もあれば、だしが強く出てる店もある。それに……」
「僕と桑さんが初めて会ったのが、ここなんだよね」
ジョッキの半分まで一気に中身を減らした夏生が、上機嫌でいくつかの注文をしてからメニューを閉じる。
「初耳だな。……もんじゃ屋で出会って、それがどういう繋がりになったんだ?」
剣持がぽつりと呟いた一言は、その場の桑鶴と夏生以外の全員の気持ちを代弁していた。理彩と高見沢すらきょとんとしている。
「いやー、隣のテーブルにいたナツキチのへら捌きが凄くてな! 俺の作り方と微妙に違うのも驚いたし、同じ店の同じもんじゃなのに、出来上がったときの味が違って更に驚きだった」
口の周りに泡で髭を付けた桑鶴が、ジョッキをどんと勢いよく置きながら笑う。
「僕は当時大学生で、友人と一緒に来てたんだけどね。あの時桑さんは、突然『君の手元を動画に撮らせてくれないか』って話しかけてきて驚いたよ」
「さすがのコミュ強……」
「桑鶴さんってコミュ強の極みよね」
剣持と理彩が呆れ顔なのに対して、桑鶴は得意そうに薄い胸を張る。
夏生もそれに頷きながら、思い出し笑いをしていた。
「本当にコミュ強だよ! 撮影した後で、自分のへら持ってきて、勝手に人のテーブルのもんじゃ食べてったしね」
「コミュ強を通り越してただの図々しい人じゃないですか。多分一番桑鶴さんと付き合いが長いのは私ですけど、そこまで酷いとは思いませんでしたよ」
夏生以外の軽い非難の視線が桑鶴に集中する。それを取りなしたのは他でもない夏生だった。
「まあ、その後はお互いにお酒が入ってたから、いつの間にか一緒にテーブル囲んでて、全部奢ってもらって、連絡先交換して」
「ああ、結局四本さんもコミュ強だから気にならなかったのか」
「ましてお酒が入ってれば、ねえ……」
非難が納得にすり替わっていって、桑鶴は苦笑しながら残りのビールを飲み干した。
「クレインマジックを立ち上げようと思ったのは、結局あの時にナツキチの手元を動画で撮ったことがきっかけなのさ。まあ、そこに至るまでは数年かかった訳だが」
「でも、なんだかあっという間に感じたよ。僕もその間に色々あったし……っと、来たね、定番の明太もちチーズもんじゃ! さーて、久々に腕を振るおうかな」
山盛りに具材が乗った大ぶりの椀と、小皿に別添えのとろけるチーズが運ばれてきた。
夏生は油を引いた鉄板にまず具を乗せると、慣れた手つきで具材を炒め始める。その手元を高見沢が興味深そうに見つめていた。
「実は私、江戸っ子なのにもんじゃを食べるのも、作るのを見るのも初めてなんですよ」
「……あんたが途中で言いそうな言葉に気づいてしまった。食べるときまで喋らないでよ」
ジョッキを傾けながら苦い顔をする理彩に、高見沢はムッとした顔を向けた。
「貴女にそんなことを言われる筋合いはありません」
「いや、待て。俺もなんとなくわかってしまった。確かに……言いそうだな」
剣持までが理彩と視線を交わし合って頷いている。
「あー、そういうことだ。雛子、最初だけでいいから黙っててくれないか」
桑鶴にまで念を押され、高見沢は腑に落ちないという表情のまま口をつぐんだ。その間に鉄板でしんなりとした具材を使って、夏生はもんじゃ独特の丸い土手を作り上げている。
「ハルく……速水くんは、もんじゃ経験は?」
土手の中にかなり水分の多い生地を流し込みながら、夏生が尋ねてくる。ある、と短く答えた後で、悠は逆に夏生に問いかけた。
「四本さんは俺がいないところでは、俺のことをハルくんって呼んでるんじゃないのか?」
「……うっ」
ばれたね、四本さん」
「とうとうばれましたね。まあ、今更ですが。だいたい、速水がふたりでややこしいですしね」
「あああっ、どうしよう! ごめん、やっぱり馴れ馴れしくて嫌だよね?」
焦りながらも土手を決壊させない夏生の手際が凄まじい。それに感心しながら、悠は首を振った。
「いや、別に構わない。俺だって年上で正社員のあんたにため口を利いてるし、確かに速水がふたりなのもややこしいから今更だ」
「じゃあ、僕のことも呼び捨てにしていいよ。ナツキチでも夏生でもなっちゃんでも」
「27になった男に向かってなっちゃんはあり得ないですねー。何言ってるんですかね、この人」
高見沢が水のようにビールを飲みながら厳しい言葉を吐き、3杯目の生ビールを頼んだ。
悠は未成年なのでウーロン茶で喉を潤す。鉄板の前は結構暑く、氷の浮かんだウーロン茶は喉に心地よい涼をくれる。ジョッキを下ろすと、自分を見つめている夏生と目が合った。
「ハルくんって、いい子だよね……」
「当たり前でしょ。私の従弟だし」
「…………速水さんの従弟なのにね」
「四本さん?」
わざとらしく怒気を込めたような理彩の呼びかけを無視して、夏生はふつふつと沸騰した生地にチーズを落とす。
桑鶴の言う通り、そこからが凄かった。両手に持ったへらで土手を崩すと、躊躇無くへらで生地と混じった具を切り刻んでいく。ガンガンという鉄板とへらの立てる音も気にせず、具材を細かくしてから夏生は生地を平たく広げた。
「具材を先に刻んじゃう人がいるんだけど、火が通った後から刻んだ方が生地にうまみ成分が溶け出しやすいんだよね」
解説を聞きながら、悠は夏生の手捌きを見て思わず唸った。確かに桑鶴が動画を撮りたくなったという気持ちがわかる。
「ああ、なるほど。これは……アレですね」
「だから、その先は絶対言うな! あんたにもんじゃを食べる資格はない!」
「言ってないじゃないですか! まだ何も!」
理彩と高見沢の言い争いが激化して、とうとうテーブルの下で蹴り合いが始まった。それを横目に悠はハガシと呼ばれる小さなへらを手にすると、端でおこげになっている部分をこそげ取る。
まだ熱いが、もんじゃは熱いうちに食べるものだ。少しだけ吹き冷まして熱さを我慢しながら口に入れると、焦げたチーズの香ばしさと、明太子の深みのある味が良く合っていた。切いかが多めのこの店のもんじゃは、うまみが殊更に強い。
「確かに、うまい。俺が食べたもんじゃの中で一番うまい」
「ハルくんにそう言ってもらえて嬉しいよ。桑さんも僕も、ここが一番美味しいと思ってるからね」
悠の満足げな表情を見て、夏生と桑鶴は目を細めていた。




