どいつもこいつもフリーダムすぎる会社
「いい質問だと思う。これは初心者の人には伝えたいことだけど、新タマネギは今年取れてすぐのタマネギだよ。まあ、『新』が付くからそれはわかるよね。普通に売ってるタマネギは、保存性を高めるために乾燥させている。喩えて言うなら、新タマネギが生パスタ、普通のタマネギが普通のパスタってところかな」
「どうしてそこでいちいち喩えがパスタなの。普通に乾麺って言えばいいのに」
理彩の呆れたような声が夏生にツッコミを入れた。ハハ、と夏生が苦笑する。
「新タマネギは水分が多いから日持ちしないけど、甘みも強いし辛みも少ないよ。ラップで包んでレンジで加熱するだけでもトロトロになるんだ。そうなると独特の辛みは全然無くなるから、タマネギ嫌いの人にこそ食べて欲しいな。多分、タマネギに対してのイメージが変わるからね。生で食べようとしても晒したりする必要も無いし」
リズミカルな音を立てて夏生が包丁でタマネギを千切りにしていく。悠が最初に動画で見たときには早送りかと思ったほどの手捌きだ。
「切ったら、そのまま器に入れてオーケー。これも手軽でいいよね。上に油やスープを切ったツナ缶を……あれ? ツナ缶が出てないね。おーい、ツナ缶くーん……おかしいなあ、まだ3個くらいストックがあったはずなんだけど」
「あっ、すまん。昨日泊まり込んだときにねこまんまにして食べた」
「……私も、一昨日泊まり込んだときにパンに乗せて食べた」
「えええ、桑さんと速水さんが食べちゃった? 僕、撮影メニューの予定表出しておいたよね!?」
ばつの悪そうな桑鶴と理彩の申告に、夏生は珍しく声を荒げる。しかし、理彩や高見沢の怒声に比べればささやかすぎる荒げ方だ。
「すまんすまん、何か代わりのものを使ってくれ」
「仕方ないなあ。えーと、何を使おうか……あ、梅干しあるね、梅肉和えにしよう。鰹節をたっぷり入れてね。これも後でレシピをちゃんと起こさないと」
くくっとレシピ動画撮影用のカメラを構えた剣持の抑えた笑い声が入った。すっと桑鶴の構えているカメラに高見沢が横から割り込んできて、口の横に手を当てて囁く。
「酷いでしょう? うちの会社、いつもこんななんですよ。全く、適当なのばっかりで」
「高見沢やめて! 株価が落ちる!」
「大丈夫だ、うちの株は公開してないから値崩れしない。零細企業の強みだな!」
「しまった、前の会社の癖が出た……」
「そういう問題ですかねえ……」
「最初に会社の悪口言ったあんたが言うな!」
動画の最後には、鰹節と和えた梅肉を乗せた新タマネギのサラダが映し出され、「新タマネギのさっぱりサラダ」と字幕が出て終わった。
レシピ動画というよりは、料理コントをしているような現場が公式チャンネルにはアップされていく。最初こそ夏生と悠のファンがひしめいていたコメント欄だったが、その内にちらりと映る理彩と高見沢にもファンが付くようになっていった。メンバーの少なさがそれぞれの個性を引き立たせているのだろう。
桑鶴は「見た目ギャップ社長」、理彩は「苦労性の姉御」、高見沢は「強化ガラス製の儚げ美人」と一部ユーザーから熱烈な支持を受け始めている。
「合い挽き肉の粗挽きの方を1キロお願いします」
「あらっ、クレインマジックの! いつもお疲れ様」
商店街が賑わい始める夕方、夏生に頼まれて買い物にでた悠に、行きつけの肉屋のおばさんがキャッと妙に可愛らしい声を上げた。
「いつもクレインマジックのコマーシャル見てるわよー。頑張ってね! はい、これおまけ」
肉屋のおばさんは挽き肉を包む前に、揚げたてのメンチカツを紙に挟んで渡してくれた。ありがとうございますときっちり礼を言ってから、その場で悠はメンチカツにかぶり付く。御礼がてらこの場で食べた方が宣伝になっていいだろうという考えがあった。
「あっ、あふっ……ん、うまっ」
揚げたてのメンチカツは口に入れた瞬間にジュッという音がした。
ざくりと衣を噛み千切ると、ラードらしい脂の匂いと、肉汁が口の中に溢れ出す。時折感じる違う食感はタマネギだろう。そのまま食べると塩味よりも甘みの方がより感じたのは、肉の甘み以外にタマネギの甘みも出ているに違いない。
店によって大分味が違うイメージが強いが、この店のメンチカツは胡椒などでパンチの強い「おかずメンチカツ」とは違って、「おやつメンチカツ」と言えるほど優しい味だ。そのまま5枚くらいペロリと食べられそうな気がする。
高校時代の部活帰りにコロッケを買い食いしたことを、悠は懐かしく思い出した。
このメンチカツはウスターソースをたっぷりめに掛けて、キャベツの千切りと一緒にパンに挟んで食べたらきっと美味しい。もちろん、揚げたてをそのままでもとても美味しいが。
「凄くうまいです。脂の匂いが全然違うし、胡椒がきつくなくて優しい味で」
はふはふと熱さを逃しながら店頭でメンチカツを食べる悠の反応に、肉屋の店員も喜んでいる。
「本当にいい笑顔をしてくれるのね。こんな子がいたら頑張って美味しいものを作ろうって気になるよ。四本さんの気持ちわかるわあ」
「ごちそうさまでした。……そんなに顔に出てますか」
やはり今でも「顔に出ている」と言われることが自分で納得できない。自分はあまり表情がない方だと悠は思っているからだ。
不本意そうな表情を浮かべた悠に、くすくすと肉屋のおばさんは笑う。
「出てる出てる。正直言うとね、コマーシャル見る前はたまに見かけても今時のちょっと怖そうな子だなーって思ってたのよ。四本さんが凄く人懐こいから余計にそう思っちゃったのかもね。
でもね、何か食べてるときのあなたの笑顔、凄くいいの。見た瞬間『この子絶対いい子だわ』って思っちゃうのよー。おばさん、ファンになっちゃった」
包み終わった挽き肉と引き換えに代金を払いながら、悠は表情に困っていた。
「その……あ、ありがとうございます……」
「ふふっ、嫌よねえ、面と向かってそんなこと言われたら照れるわよねえ。私も照れちゃう! また来てね、四本さんによろしく」
いつか夏生が使っていたスーパーのロゴ入りのエコバッグに挽き肉を入れ、急いで頭を下げると悠は慌てて肉屋を後にした。
ファンだなんて言われると、顔から火が出るほど恥ずかしい。
しかし、クレインマジックから近いこの商店街では、夏生も悠も既に顔が知られていて、あちこちで声を掛けられるのだった。




