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【完結】いただきます ごちそうさま ――美味しいアプリの小さな奇跡【加筆修整版】  作者: 加藤伊織 「帝都六家の隠し姫」発売中


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ちょろい悠といなり寿司

「ボーナスは100万出そう」

「ひ、ひゃく!?」

「考えてもみろよ、月額税込440円の有料会員が1万人増えたら、うちはどうなる? ちなみに国内ナンバーワン動画レシピアプリの有料会員率は大体3%だ」

「……くっ」


 単純計算で月に400万、それが1年続いたら4800万。クレインマジックの有料会員は初月お試しで無料だが、サブスクリプションでは解約が面倒でそのまま放置するユーザーも多いという。


 アプリ自体の機能も、有料の機能も今後充実していくから、有料会員の魅力は増していく。それも、有料会員の割合を全ユーザーの1パーセントとしての試算だ。

 無料でも十分に使えるアプリだが、有料にすると尚使い勝手が良いとなれば登録数も伸びるだろう。


 稼げるときに稼ぐという桑鶴の戦略上、夏生と悠で稼いだ知名度を有料会員への誘導へ使うのはあながち間違いではない。ベンチャー企業の滑り出しとしてはレアな成功例になるのではないだろうか。

 起業後1年以内に廃業する企業はかなり多いことを、悠は最初に理彩からアルバイトの話を聞いた段階で調べて知っていた。


「今提供している動画自体は、既に収録したものを音声カット含めて編集しているだけだから、フル動画の提供は金の掛かることでもないしな。ナツキチのことは決定事項として、君のことは君に決定権を預けようと思う。さて、どうする? 少し考えるか?」


 CM起用の時の悠の反応を知っているが故に、桑鶴は即決を求めてこなかった。

 けれども、「会社として利益になること」をその時に既に選んでいる悠は、そこに迷いはない。


「登録数は伸びると、確実に言えるのか?」

「ナツキチのCMリリース前に既にあった反響を考えろよ。……そうだな、俺が一点だけ懸念しているのは、ナツキチの情報開示のあおりでハルキチの情報開示も求められることだな。前から想定していたストーカーとかの狙いもハルキチ一点集中になる可能性がある」

「そうしたら、どうするつもりだ?」

「もちろん責任は取るさ。約束通りオートロックでセキュリティが厳しいマンションを借りて社員寮にしよう。君は既にクレインマジックの欠けてはならないスタッフだ」

「そうか」


 ストーカー被害は今のところないが、街を歩いていて「あっ、あの人クレインマジックの?」という声を聞くことがある。デフォルトの表情が仏頂面なのはCMをよく見ている人間ほどわかっているようで、大学以外の場所では直接話しかけられたことはない。


 だが、格段に増えた悠に向けられる視線に、今後どうなるのだろうと漠然とした不安を感じることもあった。しかし桑鶴は自分ではブラックとか最初は言ったくせに、親身にアルバイトである悠のことを考えてくれている。 


 自分は学生でアルバイトの立場だが、桑鶴はそういう意味では悠を差別することはない。欠けてはならないスタッフとまで言われると、なんだか面映ゆい気がした。


「わかった。俺が食べてるところ程度で収益が上がるなら、使えばいい」

「君は思い切りがいいな。そういうところが大物だ」


 きっぱりと悠が告げると、桑鶴は目を細めて笑った。



 世界的動画サイトに設けられたクレインマジックの公式チャンネルには、レシピ動画のメイキングが流れ始めた。撮影をしているのは桑鶴だ。剣持が夏生の手元を映しているところも、動画には含まれている。


「さてと、今日はいなり寿司とアレンジの撮影だね。関東と関西では形も中のご飯も違うから、喧嘩にならないように両方作るよ。正直、初心者向けにはどっちが楽なのかって、判断しにくいんだよね」


 夏生は菜箸を油揚げの上に転がし、油揚げが2枚に剥がれやすいように処理をした。その油揚げを半分に切り、湯通しをして油抜きをする。


「油抜きをちゃんとしないと、煮汁が染みこまないんだ。この一手間を抜くと後悔するから、ここはしっかりとね。これは油揚げを使った料理全般に言える事だから、必ず覚えておいて欲しいな」

「なるほど、油は水を弾くからな。考えてみれば当たり前か」

「そうそう、しかも煮汁が油っぽくなるよ。結構大きい失敗だから、『下処理の手間を惜しまない』という癖を付けておくといいね」


 相槌を打つ悠に、夏生は頷いて見せた。

 

「それじゃ、油揚げを煮込んでいる間にご飯の方を準備しようか。――炊き上がったご飯に、合わせ酢を振りかけて。これ、甘酢ベースの合わせ酢をレシピには載せたけど、面倒だったら市販のすし酢でもオーケーだよ。その方が楽だし、どんどん使っていいと思う。

 ただ、ね、すし酢が家にないからいなり寿司を作れないって思ってもらいたくなくて、レシピには作り方も載せておいたんだ」


 ボウルに入った合わせ酢を、夏生の大きな手が掴んで別のボウルに入れられた白飯に回し掛けられる。彼はすぐにボウルをしゃもじに持ち替えて、ザッザッと切る様に酢と白飯を混ぜ始めた。


「合わせ酢を掛けたら、手早く混ぜて、っと。この時に風を当てて冷ますと、艶のある綺麗な酢飯ができる。そこに白胡麻を散らして……胡麻は定番だけど、ひじき煮を混ぜたひじきご飯を入れても美味しいし、紅ショウガを入れるのも好きだな」

「ああー、それはうまそうだ!」


 カメラを構えている桑鶴の声が盛大に動画に入っているし、画面外から「私は胡麻が好きです」という高見沢の声も入っている。夏生は手を動かしながらも、いかにも楽しそうな笑顔を桑鶴の構えたカメラに向けた。


「ひじきはないけど、紅ショウガなら冷蔵庫にあるよ。ご飯は余るように炊いたから、後でそれも作ろうか」

「さすがナツキチだ! 今日の試食は楽しみだな!」


 動画には楽しげな様子が映し出されている。この雰囲気も人気の理由らしい。海外のバラエティ番組に近い雰囲気があるとも評される時がある。


「今日の3品目は、ツナと新タマネギのサラダ。新タマネギはもう終わるから、早く食べないとね」

「新タマネギは普通のタマネギと違うのか?」


 後ろ姿だけ映っている悠が夏生に尋ねたので、夏生は真剣な表情で頷いた。

お読みいただきありがとうございます!

面白い、続きが気になると思っていただけたら、ブクマ、評価・いいねを入れていただけると大変嬉しいです。よろしくお願いします!


挿絵(By みてみん)

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