クレインマジック、リリース
4分割された画面に、それぞれレシピ動画が流れる。部分部分をはしょりながら完成した料理が映されたところで、それは皿を持った青年の姿に切り替わった。
少し伸びかけの茶色い髪が野性味を感じさせるシャープな容姿の青年は、鋭い眼差しを皿の上の料理に注いでいて、何かの儀式のように厳かに料理を箸で持ち上げる。
それを一口頬張ると、彼の表情ははっきりと緩み、笑顔を浮かべて料理を食べて最後に「うまい」と満足げに呟く。
――その後に、「Crane Magic」とアプリのロゴと検索ワードが表示されてCMは終わる。これが15秒バージョンだ。リリース当初はこのCMのみが流れた。
桑鶴の目論見通り、SNS上でCMは爆発的な反響を呼んだ。大手動画サイトにもアップしたので、再生数が日々物凄い勢いで増えていく。
「このアプリ入れてみたけど、凄いわかりやすい」
「うまそうすぎて腹減った」
「この子モデル? 俳優? 見たことない。そっち詳しい人情報クレ」
「やばい、ギャップ萌え死ぬ」
「顔が良い」
「1日100回くらい見てる……」
「顔が良い」
「料理偉大すぎでしょ」
「これ食べたい。誰か作って」
「アプリ見れば作れるから自分で作れ」
「顔が良い」
SNS上のコメントはアプリの感想よりも悠についてのコメントの方が多いくらいだ。これは桑鶴の狙い通りでもある。
そして、悠はやはり大学でも知らない相手から声を掛けられたりするようになった。だが、普段が無表情気味の悠には、大学で近くにいる人間ほど声を掛けにくいらしい。
全く悠のことを知らない女子の方が「クレインマジックのCMに出てますよね?」と興奮気味に食いついてくる。
辟易するが、ここからまだ展開はあるし、「興味を惹く期間」を逃したくはない。悠は「次のCMも見てくれ」とさらりと宣伝して逃げることを繰り返した。
CM放映開始から1週間後、30秒バージョンのCMの放映が始まった。番組の放映時間との関係もあるので、15秒バージョンも流れなくなった訳ではない。
30秒バージョンではクレインマジックで提供されている料理の動画が冒頭に流れ、そこからカメラが引かれて料理を作るキッチンの様子が映し出される。
白いシャツの袖を捲り、身体にフィットするスマートなエプロンを着けた長身の男性が、白いものをちぎってミキサーに入れているところだ。
「今日はね、伊達巻を作るよ。玉子焼きとそんなに変わらないし、簡単だからね。魚肉としてははんぺんでオーケーだから、卵と一緒にミキサーに掛けちゃう。泡は立つけど、ゆっくり焼くからあんまり関係ないんだよね。
ここで一緒に調味料も入れると楽だね。いつもの白だしを入れて、みりんと砂糖と塩と香り付けに醤油。これだけでいいんだ」
簡単だな、と画面外から声が掛かって、伊達巻を作る黒髪の美青年はにこりと笑う。作り物のように整った顔に優しげな表情が浮かぶと、彼がこれらの料理を作っているのだと理屈ではなく理解できる。
「そう、思ったより簡単だろう? 後は、玉子焼き用のフライパンで弱火でじっくり焼いて……」
画面が2分割になり、アプリで提供されている伊達巻の動画の隣に、それを男性が作っている過程が映る。音声はカットされているが時折楽しそうに笑いながら、彼は伊達巻を焼き上げて、簀巻きにして形を整えた。
その後は皿に盛られた伊達巻を箸で取り上げ、しげしげと見つめる茶髪の青年が映し出される。
「伊達巻って、自分で作れるんだな」
それは多くの視聴者の感想を代弁したようにも聞こえた。そして、彼は伊達巻を口に入れると、眉を下げて「うまい……これ全部食ってもいいか?」と背後の黒髪の青年に向かって尋ねる。伊達巻を作った青年の満面の笑みと「もちろん」という言葉が入ったところで、クレインマジックのロゴが入り、「初心者専門 料理アプリ」と検索ワードが入ってCMは終わる。
「ぎゃあああ! イケメン増えた!? 破壊力でかい!」
「あの料理作ってるのこんな人だったんだ」
「えっ、意味がわからない。顔が良すぎる」
「もうエンドレスで動画見続けてる……シャブい」
「伊達巻って何でできてるのか知らなかった」
「キッチンスタジオかと思ってたら、まさかの一般キッチン。びっくりだ」
「クレインマジック、初心者向けがガチすぎる」
「カオガイイ……カオガイイ……コエモイイ」
「この人、楽しそうに作ってるね。料理作るの好きじゃなかったけど、ちょっと見方変わった」
「クレインマジックは、お勧めだよ! あれ見て作れなかったら本当にやばい。メシマズって言葉がこの世から消えるよ!」
「いや、メシマズはまずそういうアプリ見ようともしないからメシマズなんだぜ……」
「私、メシマズけどこの動画は見ちゃう。100回くらい見てると覚えちゃうし、作れそうな気がしてくるから怖い」
「気のせいだ、やめとけ」
「メシマズはそもそも自覚がないんだぜ」
「いや、ここからメシマズ脱却しろ」
「カオガイイ……えっ、どうしたらいい? どこに課金したらいいの?」
「有料会員になればいいよ! 3次元の推しに月々440円払えるよ!」
「やばい、3次元に推しができたの、有史以来なんだけど」
動画サイトのクレインマジック公式チャンネルにアップされた動画に、大量のコメントが付く。そこに畳みかけるように、翌日はSNSの公式アカウントの方にエプロン姿の夏生が笑顔で語りかけてくる動画が追加された。
「料理は、計量と、手順と、火力さえ間違えなければ失敗しないから。初心者にありがちなのは、弱火で5分を強火1分で置き換えられると思っちゃうこと。だからまずは、クレインマジックの動画そのままに作ってみて欲しいな。僕と一緒に、ね。レッツクッキン!」
その日のトレンドワードに「レッツクッキン!」が入ったことは、もはや当然の成り行きだった。




