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【完結】いただきます ごちそうさま ――美味しいアプリの小さな奇跡【加筆修整版】  作者: 加藤伊織 「帝都六家の隠し姫」発売中


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メリットとリスクと

「5万円?」

「馬鹿か君は。50万円だ」

「はっ!? 社長の方が馬鹿じゃないのか!?」


 思わず叫び返すと、肩をすくめた桑鶴が芝居がかった様子でやれやれと首を振って見せた。


「それだけ掛けても使いたいほど、価値があるってことさ! 美味いものを食べてる時の君は、非常にいい顔をしてる」


 いい笑顔で悠を褒めちぎる桑鶴は、そこで急に声のトーンを落として真顔になった。


「それに考えてもみろ、CM制作会社を通して発注して、安いとはいえタレントを使って一本作ったら、時間も金もどれだけ掛かると思う? 50万では済まないんだぞ。予算はできるだけテレビ局の放送枠の方に回したい。だから映像は自社制作できたらベストだと俺は計算しているしな」

「そうだよ、ハルく……いや、ええと、速水くんに試食してもらうようになってからのレシピ、我ながらよくできてると思うんだよね」


 夏生も身を乗り出してきた。彼が言うならそうなのだろうが、生憎と悠は自分が来る前の状況は分からない。

 ひとつだけ知っているのは、初めて来た日の「美味しいと褒めることがない高見沢と理彩の態度」だ。最初のうちは褒めていたのだろうが、おそらく徐々にふたりにとっては「美味しいのが当たり前だから褒めることではない」に変わっていったのだろう。


「君がこうして食べてる姿が、僕の活力になってるんだ。君は普段はぶっきらぼうにしてるのに、食べた時には思いっきり素直に顔に出てるからね。たまに微妙な顔をするときもあるけど、その反応で僕も勉強させてもらってる」


 桑鶴の言うことは正論だし戦略的だ。対して夏生の方は感情に訴えかけてくる。逃げ場がなくなって思わず悠は天井を仰ぎ見た。


「同種のサービスが複数提供されている現状、インパクトで頭ひとつ抜け出すための決めの一手が欲しい。リリースと同時の今回のCMは、どでかい博打なんだ。うちのアプリで作った料理は、作りやすいだけじゃなくて確実にうまいということをアピールしたい。そこで興味を惹いてアプリのダウンロードサイトまで誘導できたら、初心者向け特化というクレインマジックの独自路線を説明できる。説明はそこでいいんだ。とにかくCMはインパクト勝負だ」

「うう……」


 桑鶴と夏生に畳みかけられ、悠は唸って考え込んだ。

 自分の恥ずかしさをとりあえず考慮から外すと、ふたりの言うことは理にかなっていた。おそらく悠が桑鶴の立場なら、こういう生の反応は使いたいと思うだろう。


「少し……考えさせて欲しい」


 数分考えて悠が絞り出せたのは、それだけの言葉だった。

 桑鶴も夏生も、悠が即決することは期待していなかったのだろう。特に落胆した様子は見せなかった。


「もちろんだ。いい返事を期待しているぞ」


 桑鶴のその一言で会議は終わった。緊張感といたたまれなさから解放され、悠は理彩のデスクに足を運ぶ。


「理彩、相談したいことがある」


 悠のいつもよりは力のない言葉に、顔を上げた理彩は軽く目を見開いていた。


「珍しいじゃないの。今ここで?」

「いや、できれば別の場所で」

「ふーん」


 悠が会議室から出て来たこと、そして「今ここで話したくない」という態度を取ったことから、仕事に関する相談だと理彩は察したようだった。軽く伸びをして、すぐに了承してくれる。


「わかった。じゃあ帰りにご飯でも食べながらでいい?」

「頼む」


 仕事的には頼りになる従姉の応諾に、悠の胸に溜まっていた重い空気が少し抜けていった。



 コストパフォーマンスがよい事で有名なイタリアンのチェーン店に入って注文を済ませ、理彩は「で?」と悠に話を促しながらテーブルの上に行儀悪く肘をついた。


「四本さんが、俺が試食するところを動画に撮ってたのは知ってるよな?」

「知ってるわよ。悠は幸せそうに食べてるし、四本さんはそれを幸せそうに撮ってるし、悠を推薦して大正解だったと思ってるもん」

「その動画を……リリース時のCMに使いたいと言われた」


 悠の言葉の最後は溜息が混じり、理彩は眉間に皺を寄せて腕を組む。彼女はしばらく考えてから慎重に口を開いた。


「断りなさい……って私が叔父さんや叔母さんの立場だったら言うわね。あんたは顔はいいから話題は取れるかもしれない。でもそれはリスクにしか繋がらない」

「俺もそう思う。ボーナスは出すと言われて俺なりにメリットはあるが、逆に言えばそれしかメリットがない」

「その上、気持ち的にも出たくないんでしょ?」


 さすが従姉と言うべきか、理彩は悠の複雑な心境の一端を見事に言い当てていた。


「当たり前だ。よりによって、あんなにやけた顔で食べてる動画を使いたいって言われても」

「本人的にはそうよねえ。四本さんにとっては活力源だろうけど。……でも、わざわざ私に相談するって事は、『出たくない』だけじゃないんでしょ? それなら断ればいいだけなんだし」


 ドリンクバーでコーラを持ってきてから、悠はうんざりとした表情を浮かべてストローで氷をカラカラと回し続けた。

 理彩の言う通り、「断りたい」だけなら相談などしない。


お読みいただきありがとうございます!

面白い、続きが気になると思っていただけたら、ブクマ、評価・いいねを入れていただけると大変嬉しいです。よろしくお願いします!


挿絵(By みてみん)

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