第24話 アリーシア、裁判の日をむかえる
あれから一週間が経過した。
「……いよいよ今日は裁判ね」
マリナが牢獄を完全に去ったのを確認してから、アリーシアは胸の中のみーちゃんに話しかける。
投獄された日から、アリーシアはずっと牢獄で過ごしている。
生活は快適とは言えず不衛生で、食事は粗末だ。貴族であれば、一日とて耐えられない。
だが、少なくともみーちゃんとふたり、平穏に過ごすことができる。
マリナとその取り巻きたちから毎日のようにひどい仕打ちを受けた前世と比べれば、天国のようだ。
マリナは毎日アリーシアの元を訪れ、たわいのない市井での噂話から、西の王国との戦争のことまでいろいろ話す。
裁判のことについても、マリナが教えてくれた。必ず手助けをすると言っていたが、前世を知っているアリーシアは騙されない。
それとなく、人形のことについて探ろうとしてくるが、なんとかはぐらかした。
もちろん、みーちゃんをマリナに渡すなどということはありえない。
「こわい、こわいよ、おかーさま。また、おかーさまがいなくなったら、わたしはなんのためにここに来たのか、わからないよう」
みーちゃんの震えがぶるぶると止まらない。
「大丈夫よ。絶対に、カシウス様が助けてくれる。もう少しの辛抱よ」
みーちゃんを安心させるように優しく抱きしめる。
「で、でも、あの人は、おとーさまは間に合わないって!」
マリナはカシウス皇子がいるはずの場所と、アリーシアのことを聞いてすぐに戻ってきても、間に合わないということを伝えてきた。
「あれは私たちを絶望させて、言うことを聞かせようとしているだけ。それに、私たちは、マリナが知らないことを知っているでしょう?」
炭鉱にある秘密の抜け穴。西の王国との国境に位置するそれを使えば、山脈越えの時間を大幅に短縮できる。とはいえ、それを使っても間に合うかどうかはアリーシアにもわからない。
「カシウス様を信じて、少しでも時間を稼ぎましょう。大丈夫よ、わたしもついてるから」
「う、うん……ありがとう、おかーさま」
みーちゃんも人形の手でぎゅっとアリーシアの手をつかむ。
なんとか震えはおさまりはじめた。
そうしているうちに、兵士たちがやってくる。
ついにアリーシアとみーちゃんの裁判が始まるのだ。
裁判の場は、捕まる前も訪れた謁見の間。
玉座には、前と同じように皇帝陛下、皇后、第二皇子が並ぶ。
家臣が居並ぶ傍聴席は、前回より多くの者たちが集まっている。
夫人や令嬢の姿も多数あり、当然のようにマリナもそこにいた。
アリーシアに気遣うような表情を向けているが、内心は異なるだろう。
アリーシアの服装は捕まった時のドレスのままで、体も洗わせてもらえず薄汚れている。
貴族たちの目にはさぞみすぼらしい罪人にうつっているだろう。
(堂々とするのよ、アリーシア)
自分は何も罪を犯してはいないのだ。
アリーシアは顔をあげ、背筋をただした。
そして、胸にかかえたみーちゃんを安心させるように優しく抱きしめる。
みーちゃんの願いもあり、今日は袋には入れていない。
「では、裁判をはじめる」
皇帝陛下の厳かな宣言により裁判ははじまった。
前世で捕まった時は裁判も何もなかった。
今回はカシウスの父である皇帝陛下が生きている。
一方的な決断が下されることはないはずだ。
第二皇子派のひとりである貴族がアリーシアの罪を告発する。
「エステルハージ侯爵令嬢アリーシアは、タリマンドの呪術の力を使い、疫病を引き起こした。それを自身で解決することで、聖女として名声を得ようとしたのです。今回の疫病騒ぎ、事前に特効薬の作り方を知っていたことが医師たちの話からわかっています。帝国では禁忌である呪術を使ったことは明白です!」
貴族の糾弾に、皆の視線がアリーシアへと集まる。
「アリーシア、反論はあるか?」
まずは、ここから崩さなければならない。
「前にも申し上げましたが、産まれてからこのかた、ずっと中央と西方にあるエステルハージ侯爵領しか訪れたことがありません。母の死後はタリマンドには知人もおらず、手紙も送ったことはございません。疫病の特効薬については、カシウス殿下が文献をお調べになり、導き出した答えを皇子にかわって医師の皆さんにお伝えしただけです」
牢獄での尋問でも聞かれたことを繰り返す。
「その後の調査でも、アリーシア侯爵令嬢が、タリマンドを訪れた記録も、手紙を送った記録もございませんでした」
第一皇子派の貴族が補足する。
「そ、それは、遠くに居ながらにして、情報を伝える呪術を使ったんだ! たしか、そんな呪術がタリマンドとの戦地で使われたと聞いている!」
第二皇子派の男が反論する。
実際にあるのかもしれないが、もちろんアリーシアもみーちゃんもそんな呪術は使えない。
「たしかに、そのような呪術があったな」
皇帝陛下もそれに同意する。
「わたしはそのような呪術は使えません!」
そうは言うものの、ないということを証明することはできない。
呪術のせいにされてしまうとアリーシアにはどうしようもない。
「文献の方はどうだ?」
「そちらは、似たような症例と処方の記述はいくつかございましたが……。直接的なものは見つかっておりません」
「やはり、呪術の力で引き起こした疫病なのだ! 帝国の文献にそのようなものはあるはずがない!」
第二皇子派の貴族が、勝ち誇ったように同調する。
「カシウス殿下が戦地に持っていかれたのかもしれません」
文献に関しては、実際には存在しないため、あまり突かれたくない部分だ。
だが、ここは押し通すしかない。
「いずれにしても、確たる証拠はないな。これでは罪に問うことはできまい」
第二皇子派の男の勢いに反し、皇帝陛下は冷静だった。
(やっぱり、陛下は大事にするつもりはなさそうね)
皇帝陛下には疑わしいというだけで罰する権限があるが、それは避けたいと考えている様子だ。
「陛下、証人がございます!」
第二皇子派の男がここぞとばかりに皇帝に告げる。
「……ならば、この場につれてこい」
第二皇子派の貴族が目配せすると兵士に連れられ、ひとりの男がやってきた。
牢獄に囚われていたタリマンド宰相、ヴァルゲだ。
拷問をうけており、アリーシアとは比べ物にならないほどひどい姿だ。
眉をひそめるものや、令嬢たちの中には退出する者たちも出ている。
アリーシアもどうしても自身の前世での姿が思い起こされてしまう。
(どうしてヴァルゲを連れてきたの? まさか、第二皇子派と取引を!?)
あの第二皇子派の貴族の表情を見るとそうとしか考えられない。
「お前はたしか、西の王国の間者だったな。なぜこのようなものを連れてきた?」
「おい、話せ!」
第二皇子派の貴族が促すと、ヴァルゲは語り始める。
「このたびは、神聖なる帝国にて大変な罪を犯したこと、伏してお詫び申し上げます。わたくしが西の王国の間者であり、タリマンドを疫病に広めたことは事実です。それは全て、こちらの娘、アリーシア侯爵令嬢と通じてのことだったのです」
そう言って、ヴァルゲはアリーシアの方を見る。
その顔がにやりとゆがむ。
「そ、そんなことはありえません! この男とは、今回タリマンドに行った時に、初めて会ったのですから!」
「確かに、会ったのは初めてです。ですが、呪術の力で連絡を取っておりました」
そう言ってヴァルゲは一片の紙きれを取り出す。
「そして、こちらは西の王国の間者で使用する暗号ですが、この暗号でもやり取りをしておりました。調べれば、この娘の筆跡であることがわかるかと」
手に握られていたのは、先日牢獄でアリーシアが見せた紙だった。
(まさかあの紙が利用されるなんて!)
今は悔やんでいる時ではない。アリーシアは急いで考えをめぐらせる。
「そ、その紙は、カシウス殿下が解読した暗号です! ヴァルゲが西の王国の間者であることの証拠として、父にお見せするようにとタリマンドで聞いたものを書き留めたのです!」
暗号はみーちゃん、ひいては前世のカシウス皇帝陛下の知識であったが、カシウス皇子もヴァルゲを西の王国の間者と見破っていた。
辻褄はカシウス皇子が帰ってきてから合わせるしかない。
「……この男は我が国に大変な混乱をもたらした男だ。そして、西の王国の間者ということも自白している。帝国にさらなる混乱をもたらすための妄言の可能性も高い。その証言を鵜吞みにはできぬな」
皇帝陛下はあくまで冷静なままだった。
ヴァルゲが第二皇子派に取り込まれているのも見破っているのかもしれない。
「それは……そうかもしれませんが……」
皇帝陛下の言葉に第二皇子派の貴族も言葉に詰まる。
(どうやら第二皇子側にこれ以上の証拠はなさそうね)
なんとか、乗り切れそう。そうアリーシアが考えた時だった。
「陛下、呪術があるかどうかを調べる、簡単な方法がございますわ」
そう発言したのは、傍聴席に居たマリナだった。
(マ、マリナ!? いったい何を言い出すの!?)
マリナの発言により、アリーシアとみーちゃんの裁判は新たな展開を迎える。
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