コオロギの旅
「君は話せないの?」
「…」
「僕、君と話をしたいんだ」
「…」
「…話したくない?」
「…わ…たし…うま…く…は…なせ…ない」
「ゆっくりでいいよ、僕はずっと待ってるから」
君と会ったのはこの森で遊んでいた時だった
友達と遊んでいた時に、はぐれた先にいたのが君だった
「…ここどこ?…みんながどこに行ったか知らない?」
「…」
君は黙って首を振るだけだった
そして、僕の手を取って出口まで案内してくれた
出口には友達が待っていてくれて、はぐれた僕を探してくれていたようだった
「…ありがとう」
その出会いから毎日ここに来るようになった
友達とは学校で遊ぶから充分と思うほど、君に会いたかった
「君はこの家に住んでるの?」
「…」
君は頷くだけ
だから冒頭のセリフのように何度も質問した
すると、片言だけど話してくれるようになった
「…きょう…ごしゅじん…が…うれしそう…に…はなしてた…わたし…うれしい…」
「ご主人のことが大好きなんだね」
「…うん」
いつもは家の外で少し話すだけだったけれど、彼女の気まぐれかたまに家に入れてもらえるようになった
「こんにちは!」
僕が明るく挨拶をすると、大人しめに返ってくる
「こんにちは」
「こんにちは。君が、いつもハルと仲良くしてくれてる子ですか?」
とご主人らしき人が僕に声をかけた
「…うん!前に助けてもらってから話すようになったんだ!」
「ありがとう…君のおかげでハルはいつも楽しそうです」
ご主人と初めて会って、“ハル”という名前を知った
名前の通り凄く消えてしまいそうな儚さを持った女の子
君をもっと知りたい
そう思うほどに謎の多い女の子だった
「…君はハルって名前だったんだね」
「…うん…ごしゅじん…つけてくれた…」
「君の…友達になりたいな」
「…なろう」
短い返事…だけど、またここに来てもいいという返事
たった三文字の言葉なのに、胸の奥がじんわりと温かくなった
なのに、僕は間違えてしまった
学校帰りにいつも通りハルに会いに行こうとした
その日、前置きもなく…勝手に部屋に入ってしまった僕はある光景を見てしまった
それは…球体関節の君
人間だと思っていた君は、人形だった
それを見られた君は、青ざめているように見える顔で僕を家から追い出した
首から足まで全て隠れていた理由は球体関節を隠すため
そして、人間の僕が怖がらないように隠されていた
僕は…ずっと知らないふりをしたほうが良かったのかもしれない
ずっと…知らないふりを…
僕はその後、君に会いにいくことをやめた
次会った時に、嫌われてしまうのではないかと恐れた…
しかし…僕はたまに足の方向が森の方へ行く
そんな時、君と会ってしまった
君は…泣きそうな顔をして僕に抱きついて来た
「…ずっとまってたんだよ」
初めて会った時より話すことが上達した君を見て…やっぱり嬉しかった
球体関節の君を見たって僕の意志は変わらない
なら、嫌われてもいいから会いに行けば良かったのに…
勇気が出なかった
でも…君は勇気を出してくれたんだね
「僕も…待ってたよ」