絵の中の彼女
私は絵を描くのが好きだ。
だが、誰かに見せられるほどのものではない。
最近、その趣味的な時間も作れないほどの忙しさ…というより無気力さが感じられる。
絵を描いている時だけが一番楽しい時間だったのに、どうしてこうなってしまったのだろう。
ある日、本当にある日の出来事だった。
ふと散歩がてら適当に近くを歩いてみようと思った。
そうすると、今まで歩いてきた道なのにも関わらず、見たこともない道路の途中の間に森の道が出来ている場所を見つけた。
森のような...山のような...よく分からない場所だ。
自分の中で気になったのか、そのよく分からない場所に行ってみることにした。
すると、茶髪でふんわりとした長い髪の白いワンピースを着た女の子が裸足で草むらを歩き回っている。
その女の子は私を見つけ、何故か私の元へ走ってきた。
「絵を描くのは好き?」
走ってきて、笑顔で唐突に言われた言葉がこれだ。
その話題はどこから来たのだろう。
しかし、自分の口は勝手に動き出す。
「…好きだよ。だけど、最近は描く気力が無い…」
「そうなの...私は絵を描くの好き!私の絵を見て!」
そう言った女の子は走ってどこかに行ってしまった。
どこに行ったのだろう。
とりあえず、女の子が走った方向に行ってみることにした。
すると、大きな家があった。
お金持ちの別荘のような大きな家だ。
「こっちだよ!」
声がした方を見ると女の子は扉の前にいた。
「この家の中で絵を描いてるの!」
お金持ちなのだろうか...。
こんな家に住めるのだからお金持ちに違いない。
「入って入って!」
「ご両親はどこにいるの?」
流石に家の中に入るのだから挨拶も必要だろう…。
というより大の大人が...。
いや、見知らぬ客人が来るのだから怪しいと思うはずだ。
「親はいないよ」
...え?それは今はどこかに出かけていて不在という意味だろうか。
それとも...。
「なら…家の中に入らないほうが...外まで持ってこれるかな?」
「どうして?この家には私しか住んでないのよ?」
...え?どういうことなのだろうか?
どう見ても一人で生活するような年齢には見えない。
では…親が育児放棄をしているということなのか...?
それとも亡くなってしまったとかそういう...?
「とりあえず大丈夫だから!」
女の子はそう言った。
絵を見たら帰ればいいか....そう思い、家の中に入った。
中に入ると高そうな…年代物というべきなのだろうか...そんな物ばかりが置かれてあり、リビングというべきなのだろうか、玄関から数歩廊下を歩いて右手にある部屋には異人館などに置かれているようなソファと机が置かれ、5人くらいなら生活できそうな広さが保たれている。
どこかの貴族が住んでいたような家というのが私が表せる最大限の説明だ。
「これ見て!」
女の子は屋敷の2階からパタパタと走って降りてきて、手に持っていた絵を見せてきた。
その絵はとても斬新だった。
1枚の紙に灰色と黒と緑と…と暗めの印象が出る色を混ぜこぜにされ、渦巻きなのか波のようなのか孤独を思わせる描き具合に1人の少女が佇んでいる…。
そんな絵だった。
描き方は子供が描くような絵のようにも見えるが、何か考えさせてくるようなものがある。
「この絵はなんて題名?」
「…一人だけの世界」
今の状況を描いた絵なのか…。
他の人が見たら、もっと良いアドバイスや感想が出てきたかもしれないが難しい…。
「…これから私と一緒に絵を描こう」
「…ほんと?」
「一緒に描いたら…私の無気力が無くなるかもしれない」
「ほんとに!やった!」
ただの気まぐれだったが、これが自分を変えるきっかけになったのかもしれない。
その日以降から時間が空いたら、絵を描きに行くというルーティンを繰り返していた。
自分の描きたい絵をひたすらに描く…それだけの時間だがとても有意義だった。
少し前の無気力な時間を忘れるほど、夢中になっていた。
「君との絵を描いたよ」
そう女の子は言った。
「どんな絵?」
「有意義な時間」
有意義な時間...私と女の子が二人で絵を描いている姿が描かれている。
女の子も同じことを思っていたのか...。
共通の趣味、共通な思いとはこんなにも嬉しいものなのだと初めて知った。
私はもっと女の子のことが知りたくなった。
「君の名前は?」
「…私の名前は..決めて!私の名前を決めて!絵の題名ように」
...知られたくないのだろうか。
それともその時間を大切にしたいのだろうか…。
名前か……。
「君は日本人なのかな?それとも外国人?」
「…何人に見える?」
見た目は日本人にも見えなくはないけれど、どこか海外の血も入っているようにも見える…
「ハルでどうかな」
「どういう意味なの?」
「君との時間は私にとって春のようだから」
その後、少しずつハルのことを知っていくようになった。
「ハルは何歳くらいなの?」
「分からない、何歳くらいに見えるかな」
ハルに何かを聞いても決定的な答えが返ってきたことは無い。
分かってきたことだが、恐らくハルは何も知らない。
この世界のことも、ご両親のことも、自分のことも何も知らない。
知っているのかもしれないが、知っていても自分のことくらいだろう。
世間のことは何も知らない様子だった。
そんなある日、本当に急な出来事だった。
いつも通り、ハルの家に向かっていた時、不審な男がハルの家の方向から走ってくるのが見えた。
こんな森のような、山のような、よく分からない場所に人が入ることがあるのかと不思議に思い、ハルの家に向かうと扉が開けっぱなしになっていた。
何かが起こったと思い、慎重に家の中に入ると血の海で倒れているハルがいた。
「ハル!!」
駆け寄って、声をかけたがもう遅かった。
ハルは死んでいた。
どうしてこうなったのだろう。
そう何度も自問自答を繰り返しても答えは出ない。
そのまま、何も出来ないまま一日が過ぎようとしていた。
「…警察に連絡しないと」
そう頭に浮かんだのは二日後。
もう血も乾き、悍ましく見えるその死体をずっと見つめながら警察に連絡した。
警察からは酷く呆れた表情でどうして早く連絡しなかったのかと聞かれた。
感情の整理がつかなかった....としか言えなかった。
第一発見者、そして容疑者疑いがかかった。
しかし、動機も証拠も無かったことですぐに疑いは晴れたが警察を呼んだおかげなのか、それとも警察を呼んだせいなのか、ハルの知らない部分を知ることとなった。
ハル…
佐々木恵梨
これがハルの名前だ。
そして、年齢が二十歳。
少女のような可愛らしい見た目だっただけに驚いた。
ここまでしか警察からは教えてもらえなかった。
仕方がない部外者が全ての情報を知れるわけではない...。
でも、こんな形で知りたくはなかった。
ハル…私は…ハルに恋をしていたのか…?
それとも、この感情はなんだろうか。
それを確認するため...いや感情を表現するため...
なんでもいい、とりあえず私は絵を描きたい。
そして、私は彼女の絵を描いた。
いつも私に笑顔で話しかけてくれるあの表情と花をいっぱいに添え、額縁の中に収めた。
その後、とても面倒な書類を書き、契約を済ませ、あの家を買った。
元々、空き家に近い状態だったらしく、契約者と話をなんとか済ませ今に至る。
この家で、絵の中で微笑む彼女と共に生涯を過ごそうと思う。