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「裏返り?」
少女は、きょとんとした表情で首を傾げ、青年に聞き返した。
「そうだ。権能は、ほとんど意味のなくなった弱いものでも、基本的に恩恵を齎すものでしかない。君の例で言うなら、憶測になるが、どんなに食べても太らないとか、単純にたくさん食べられるとかな」
そこで一度区切って少女を見ると、ふんふんと頷いている。ここまではいいか、と目で尋ね、大きく頷いたのを見て本題に入る。
「裏返りというのは、元となった権能の特徴を残しながらも、所有者や周囲に損害をも与えるようになることだ。今回の場合だと、たくさん食べられるのは良いが、食べられない場合は暴れだすとか狂暴になるとかいった部分が、裏返りに相当するように思える」
「それって、そのデメリット以上に何か良くないことが起こるの?」
「あぁ。権能が完全に裏返ると、魔物化するんだ。人としての知性と、元々所持していた権能の力を抱えたまま、理性だけを失い、本能のままに人を襲うようになる。魔物化した人。魔人だよ」
瞬間、少女の顔が青くなったのを見て、青年は慌ててフォローを入れる。
「ただまぁ、自分で言っててなんだけど、たぶん裏返りではないさ」
「な、なんで?」
「裏返りというのは、かなり稀な現象だ。相当に強力な、それこそ上位貴族クラスの持つ権能でしか起こらないとされている。研究者が言うには、大きすぎる権能に人の器で耐えられなくなり、溢れ出した力に悪魔が寄ってきて、創造主に対抗するために裏返させる、とされている。そこへいくと、君の場合食欲や胃腸に関するものだろうから、それが裏返ったところで戦力としてどうなんだって話になる。そもそも、失礼な言い方だがそれだけの権能で力に器が追い付かない人間など居ない。ならば力は溢れないし、溢れなければ裏返りも起こらない」
ここまで話すと、少女はやっと顔色を戻しほっと息を吐いた後、今度は眉を吊り上げ青年を睨みつけた。
「なら良かった、けど!どうしてそんな脅すようなことするのかな?迷惑かけちゃったことは本当に悪いと思ってるし反省してるけど、これでもこの体質には結構悩んでるんだからね?」
「悪かったよ。実は俺、権能の研究みたいなこともしててさ。先に最悪と最高の想定をして、その上で具体的な内容を詰めていくっていう癖がついてるんだよ。でもそんなの、当事者には関係ない話だよな。無駄に不安を煽ってごめん」
「むー…もう一声!」
青年は何かを察しながらも、惚けるように更に推論を続けようと、
「で、裏返りではないとして、君の場合は…」
「そうじゃなくって!」
青年は大きくため息を吐いた。
「…ここは俺が奢ろう」
「よし、許す!」
少女の笑顔が咲いたのだった。