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ヨシュアの話を聞き、気合を入れ直した一行は城塞に向き直る。
木製と思しき扉は閉じられており、中を見ることは出来ない。
先頭に立っているヨシュアが、代表して扉に手を掛けた。
「いきます…!」
幸いと言っていいのか鍵は掛かっておらず、抵抗も無く扉は開いた。
「まぁ、そうなるよな!」
開いた扉の奥、広間になっているそこには、敵兵が整列していた。見る限り百人前後は居る。
こちらを見るなり盾を構え、不気味に沈黙を保っている。剣は既に抜いていたようだ。
「領主軍の人数的に、ここらが打ち止めだろう。一気に崩すぞ!」
「「「応!」」」
仲間の応えを聞くなり飛び出したヨシュアが、敵の前衛を崩しにかかる。
山道での戦闘と同様、吹き飛ばそうと剣を叩きつけた。
「っ!」
これでまた敵が吹き飛ぶ…と、誰もが思っていた光景は訪れなかった。
敵前衛が、3人がかりでヨシュアの剣を止めたのだ。
これまでの敵なら数人まとめて吹き飛ばせるだけの力を込めたのだが、3人がかりとはいえ止められた。
驚愕に動きを止めたのは一瞬。
次に動いたのも、ヨシュアだった。
「やるな!だが、甘い!」
止められていた剣をそのまま振り抜き、目の前の3人ごと周囲も巻き込んで吹き飛ばす。
「気を付けてください!こいつら、今までの敵とは違うようです!」
仲間に警告を発するのも忘れない。
「結局吹き飛ばしておいて警告されても、なっ!」
今回もしっかりとツッコみながら、ヨシュアに釘付けの敵前衛の隙を突いて矢を放つカーン。
が、咄嗟に掲げた盾で防がれる。
「大体5割増しってところだ!強化具合としては結構なもんだぞ!」
先程の矢は敵の強化具合を測るために放ったようで、ヨシュアよりも詳細に警告を出す。
ヨシュアの攻撃が止められた衝撃と、強引に吹き飛ばしたヨシュアへの呆れで動き出せないでいた仲間達も、カーンの言葉に反応して動き出す。
「よっ!確かにそんなもんか。精鋭部隊ってやつかね。カーン!俺達はいいからララの援護に集中しろ!」
「了解!」
敵と武器を交えたサガもカーンと同様の判断を下し、ララでは厳しいと見るや、カーンにはララだけの援護を指示する。
リードは一瞬悔し気に顔を顰めたが、何も言わず全体の援護とリーンの護衛に徹することにした。
そこへ、敵陣の奥から爆発音が響く。
ヨシュアに魔術を放った敵がいたらしい。跳ね返されて自滅していた。
「どうやら情報の共有まではできていないようだ。雑兵は洗脳だけで、悪魔が直接操ってはいない証拠だな」
敵の後衛を殲滅し、寄ってくる敵を片手間に蹴散らしながら歩いて戻って来たヨシュアが告げる。
「共有とか、そういう問題でもない気がするが」
呆れ顔でそう返したリードに苦笑を見せ、前衛組の戦闘を眺める。
どこも安定しており、助太刀は必要なさそうだ。
ほどなくして戦闘は終わり、広間に立っているのはヨシュア達だけになった。
「おかわりは無し、か?なら早いとこ次へ行くか」
サガが移動を促そうとしたところで、リードが叫んだ。
「アインっ!!」
2階へと続く階段から、アインが姿を現したのだ。
相変わらず表情は薄く、黒い靄が纏わりついている。
時折靄の中に異形の顔が浮かび、哄笑を上げるかのように歪んでは消える。
「第一目標のお出ましか」
呟いたサガが、斧を構え直す。
「サガさん……」
「そいつは聞けねぇな、リード。俺達が何のために来たのか、忘れたとは言わせねぇぞ?」
リードの呼び掛けに、視線はアインに固定したまま、サガが否定する。
自分達だけでアインの相手をしたいと言い出すのが分かっていたのだろう。
「はい…」
「それにな。すぐにそんな考えは吹き飛ぶぞ。あいつは、今のアインは俺達でも厳しそうだ」
「! そんなにですか」
「そんなに、だ。だが、勝算はある。…ヨシュア!ここは俺らに任せて先に行け!」
「…あぁ、任せた!上で待ってるぞ!」
何か言おうとしたが、結局やめて先行するヨシュア。
階段に差し掛かり、アインと交錯する。
剣を振るったアインの横面を殴り飛ばし、駆け抜ける。
「とりあえず、不甲斐ない弟子への罰はこれで許してやる!後は頼むぞリード!」
「ああ!絶対にアインを連れて追いつく!お前こそ気を付けろ!」
「誰に言ってる!」
言い合いながらも、ヨシュアは2階へと姿を消した。
「さて、あれで気絶でもしてくれてれば楽でいいんだが」
サガがそう言いながら、アインが飛ばされていった方を見遣る。
「そう都合よくはいかねぇわな」
カーンが応えつつ、弓を絞る。
タルジも黙って短剣を構えた。
「でもでも、ヨシュアが悪魔をやっつければ、アインも元に戻るんだよね?」
「ララ」
希望的観測を述べるララを、リードが遮る。
「ヨシュアを待ってるようじゃ、アインを救えない。また別の悪魔に怯えて暮らすだけだ。それに…」
ヨシュアは言っていた。
不利に陥り、形振り構っていられ無くなれば、悪魔は手駒を最大限活用するだろうと。
悪魔の能力によっては、生き残った手駒に本体ごと憑依し、潜伏することもあり得る。
潜伏に全力を注がれては、ヨシュアでも見抜くことは難しい。
だから、悪魔を倒す際、可能な限り手駒はゼロにしておかなくてはならない。
無力化ではなく、殺す。それも、できれば跡形もなく。
死人すら操る悪魔も存在するからだ。
このため、アインを救うと決めたことで、ヨシュア1人での解決は難しくなった。
アインを完全に開放してから悪魔を倒すことが必要になるのだが、当然あ悪魔が黙ってみているはずが無い。
その為、二手に分かれての同時攻略となったのだった。
「ま、ヨシュアの話じゃ、戦闘に集中すれば支配は弱まるって話だ。俺らがここでアインを抑えてりゃ呼び戻すこともできねぇ。であれば、自分がヨシュアにやられる可能性を高めてまでアインに力を寄越す必要もねぇってわけだ」
「ヨシュアの方の戦況によっちゃ、むしろアインに振り分けた力を取り戻す可能性もあるって話だし、時間稼ぎもあながち間違いってことでもねぇ。が」
サガとカーンが、リードに代わりララへと説明する。
「最初から時間稼ぎを考えてるような覚悟じゃあいつを取り戻せない。それに、元々そんなつもりも無い」
「ん。あのおバカをぶん殴って、一緒にヨシュアの加勢に行く」
リードとリーンの兄弟が引き継いで、全員が構えた。
アインが立ち上がったのだ。
「あたしだって聞いてたよ!でも、それでも…。友達同士が戦わなきゃならないなんて悲しいじゃん…」
ララも涙を堪えながら、短剣を構えた。
「だったら、あたしが!」
叫ぶなり、ララが飛び出す。
「おい!」
サガが呼び止めるがララには届かない。
「ああぁぁ!!」
身体強化を全開にしてアインに切りかかるララ。
縦横無尽に跳ね回り、幾度となく斬りつけるが全て片手の剣で受け止められる。
盾を装備した左腕は使ってもいない。
「ふんぬぅぅうう!!」
更に回転が上がる。
アインも剣だけでは追いつかなくなったのか、盾も使い始めた。
「おいおい、あんなに動かれちゃ援護も出来ないぜ。しかしやるもんだな」
あまりにもララが動き回るため誰も手を出せず、カーンが思わず褒めてしまう。
「くぬぁあああ!」
とうとうララの動きがアインを上回り、細かな傷を与え始めた。
しかし黒い靄は防御力も上げるのか、決定打にならない。
アインは鬱陶しくなってきたのか、ララの攻撃が自身に重傷を与えることはないと判断し、斬りつけられるのを無視して大きく剣を振り上げた。
「そこだっ!!」
アインの動作を隙と見たララが、渾身の力で斬りつける、と見せかけて背後に回った。
かつてヨシュアの特訓時にアインとの模擬戦で見せた、あの動きだ。
一瞬ララを見失ったアインの動きが止まる。
あの時と同じように、今は真剣である短剣を、アインの首筋へと…。
そこへアインの剣が割り込んだ。
「!」
短剣を防いだ勢いのまま剣を振り抜き、ララを吹き飛ばす。
完全に後ろを取ったと思っていたララは、抵抗も出来ずに壁に打ち付けられ、床へ落ちた。
「ララ!」
リーンが叫ぶ。
「へへ…。今度は防がれちゃったね。でも、うん。リード!アインはちゃんとアインだよ!あたしの動きを覚えてた!」
それだけ言って、マナ枯渇のため気を失うララ。
「……そうか」
なぜあんな無茶をしたのかと思っていたが、自分ではアインに対して前衛を張れないと自覚していたララが、訓練時の動きを再現してアインの意識が残っているかを確かめに行ったのだ。
あわよくばという思いもあったかも知れないが、それでも限界までマナを振り絞って、ただただアインの記憶を刺激しに行った。
それに気付いたリードが、噛み締めるようにアインへと声をかける。
「アインよぉ!悪魔の力を借りてリベンジして嬉しいかよ!情けねぇぞ!俺の相棒を名乗るなら、それくらいてめぇの力でやりやがれ!」
リードの言葉に反応したのか、それとも大声を上げて挑発されたと思ったのか、リードへと向けて駆け出すアイン。
そこへサガが割り込む。
「おっと、後衛に向かうのはまだ早ぇぜ?」
敢えて左腕の盾へと大斧を叩きつけ、強制的に防御の姿勢を取らせて足を止める。
右手の剣には、タルジが全力で短剣で斬りかかっていた。
うまいこと片手ずつを担当する形に持っていったBランク二人で、アインの足止めに徹する。
「リード、リーン!そのまま声を掛け続けろ!カーンは足を狙え!後でリーンに治せる程度にな!」
「難しい注文しやがる。だが、承った!ガキんちょ共、早いとこ頼むぜ!あいつの足が穴だらけになっても責任取れねぇからな!」
悪態をつきながらも、的確な援護で前衛の動きを助けるカーン。移動しようとすれば刺さる位置に矢を放ち、アインを釘付けにする。
「わかりました!おいアイン!早く戻って来ねぇと、しばらく歩けなくなるぞ!」
「ばかアイン!いい加減にしないとケガしても治してあげないから!」
不用意に近づくわけにもいかず、普段物静かなリーンも大声で叫ぶ。
「世界一の剣士になるんだろ?お前の世界一は借り物の力でも達成したことになんのか!?俺は認めねぇぞ!そんなもんは偽物の力だ!」
「アインの剣は守る力だって言ってた!そんな顔で剣振ってて何を守るの?私達との約束も守れないくせに!」
無表情だったアインが、僅かに顔を歪める。
サガ達の攻撃に苦戦してなのか、リード達の声に反応してなのか。
「大体なぁ、それだけしといてヨシュアに一発で吹っ飛ばされてたじゃねぇか!そんな気持ち悪ぃモヤモヤ背負っといて、カッコ悪ぃなぁおい!」
「それに、剣を振るばっかりで盾が下手なの直ってない!強くなりたくて悪魔に頼って、欲しかった強さじゃなくなってる!アインはやっぱり考え無し!」
仲間を取り戻すための呼びかけだったはずだが、段々と悪態が多くなってきた気がする。
カーンはそんなことを思いながらも、的確な援護を続けていた。
「そもそもだな、黒いとカッコいいなんてお前は14歳の時の悪夢を忘れたのか!隠れて暗黒騎士ごっこをして、こっそり作ってた暗黒奥義書がシスターに見つかって三日三晩悶えたろうが!あの時は慰めてやったが、あれはどうかと俺も思ってたぞ!」
「私の誕生日に、崖の上にしか生えない花を取ってくるって言って出かけたのに、崖に巣を作ってた鳥の魔物を倒してそれを自慢されたこともあった!「花は?」って聞いたら代わりにこれやるって鳥を渡された!鳥と花は違うものなんだよ馬鹿アイン!」
自分は一体何を聞かされているのだろうかと疑問を強くしながらも、アインの足を射抜くような軌道で矢を放つカーン。
「シスターといえばあれだ。お前の初恋はシスターだったよな?バレてないと思ってたんだろうが、村の全員知ってたぞ!その上で失恋まで温かく見守ってやってたんだ!お前が失恋した日、偶然を装って親父が教会に獲物を持っていっただろ?あれ獲るの、俺も手伝ったんだからな!」
「シスターといえば私も。私がシスターから治癒魔術を習ってるとき、いつもアインが怪我して寄って来てた。あれ、いつもは怪我したら怒られるけど、練習中はちょうどいいって私へのお手本にシスターが治してくれるからだって、シスターも気付いてた。シスターは困ったように笑ってたけど、私はきもいって思った。きもいよアイン!」
「もうやめてやれよ!意識が戻っても立ち直れねぇよ!」
次々と明らかにされるアインの黒歴史に、先に音を上げたのはカーンだった。
アインが不憫すぎて直視できなくなっている。
とはいえそんな間も的確にアインの足を射抜く軌道で矢を放つ辺り、彼もプロである。
「う…、ぐぅう……!」
頭を抱えて苦しみだすアイン。
「「アイン!」」
兄妹が声を揃えてアインを呼ぶ。
アイン奪還戦は、佳境を迎えていた。




