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「くそっ!大丈夫かアイン!」


 目の前で吹き飛ばされた相棒に叫ぶリード。


「ぐ…っ、まだいける!」


 やっと本部テントが視界に入り、その向こうではウルフと冒険者、兵士達がウルフに対処している。

 煌々と辺りを照らす篝火のおかげで、こちらからは見えるがあちらからはまだ見えていないようだ。

 声の限りに叫んでみたが、乱戦に阻まれて届いていない。


「く…腕が」


 段々とこちらの動きを読むような動きを見せ始めたオークの攻撃を裁き切れず、とうとうまともに棍棒を受けてしまった。

 咄嗟に盾で庇ったものの、もう左腕は使い物になりそうにない。

 リードとも分断され、今は二人がオークを挟むような形だ。


(どうする、一か八か、駆け込むか?)


 アインより足の速い自分なら、オークに追いつかれる前に光の下へ出られるかもしれない。

 だが間に合ったとして、高位冒険者が助けに来てくれるまでにやられるだろう。

 そもそも、自分を追ってくれればいいが、今は手負いとなったアインにヘイトが向いている。


「リード!」


「!」


 行け、と。

 言葉にはしないが、アインの目はそう言っていた。


 逡巡は一瞬。

 リードは本部テントの向こうへと駆け出した。


「さて、もう少し付き合ってもらうぜ?」


「グフ」


 オークはその醜悪な顔を更に歪め、笑ったように見えた。


「笑っただと…?手負いの俺なんざ相手にならねぇってか!?上等だこのヤロウ!」


 怒りに任せて飛び出す。


 本部テントへ向かって。


「へっ!まともに相手なんてしてられるかってーの!」


 虚を突いた動きで僅かに距離を稼ぐ。

 助けを呼べるまであと少しなのだ。

 なんとしてでも生き延びる。


 そこへ。


「ぐぁっ!」


 背中に何かがぶつかり、もんどり打って倒れるアイン。


「な、にが…?」


 背中越しに振り向くと、オークは腕を振り切った体勢で止まっていた。

 左手に棍棒を持ち替え、テントを押さえていた石を投げたのだ。


「ありえねぇ…っ」


 通常、オークに棍棒を振り回す以外の道具を使うような知恵は無い。

 増してや、逃げた獲物を追わずに、石をぶつけて倒すようなことなど、聞いたことも無かった。


「そうか、そういうことか」


 そう言えば、自分達を追いかけ出してからは咆哮を上げなくなった。

 戦闘を続けるうち、段々と自分達の攻撃が通用しなくなった。

 リードも言っていたじゃないか。知能が高いと。


「てめぇ、明かりの下に行ったらやばいってこと、わかってるんだな?」


 小物を追い詰め、もう少しというところまで辿り着いて希望を見出すのを待っていた。

 その顔を絶望に塗り替えるために。


「いい趣味してやがる…」


 踊らされていたのだ。オークに。

 やろうと思えばもっと早くに仕留められていたというのに。

 なぶり殺しにする為に、見逃された。


 リードが助けを呼びに行ったのは、もういいのだろう。

 自分にトドメを刺して、助けが来る前に引くつもりだから。


 所詮は、遊び。


 退屈を紛らわせるため、狩りの真似事をしてみただけ。

 ついでとして、自分達を狩りに来たであろう人間達の中でも若い個体を絶望させてみた。

 絶望と共に歪み、汚染されるマナを吸うために。


「”悪魔憑き”め…っ!」



 悪魔憑き。


 神話の時代、まだ創造主を直接知る者たちが生きていた頃。

 マナを糧とする創造主の力と対を成すように、魔力を糧として力を得る種族が居た。


 悪魔である。


 いつから存在するのかは分かっていない。だが、創造主が造った存在ではないことは知られていた。


 創造主が造ったこの世界にはマナが満ち、生み出された生物達はマナを糧に生きている。

 しかし、悪魔の勢力圏となった土地からはマナが消え、替わりに魔力で溢れる。


 悪魔は、生物の絶望や嫉妬といった負の感情を増幅し、それをもってマナを汚し、魔力へと変えることで自身の力としてきた。

 魔力に汚染された動物達が魔物となり、さらに汚染を拡大させる。


 あまねく世界を創造主の力で満たし、管理し、導くことを至上の命題としていた始祖たちは、マナを汚す悪魔と魔物を敵と認定し、熾烈な争いを繰り広げていた。


 多くが討伐され、悪魔をこの世界で見ることはなくなったが、既に生態系を築いていた魔物は残った。

 そして現代に至るまで、魔物との生存競争が続いている。


 しかし、元よりいつから存在したのかも知れない種族である、悪魔。

 またいつか現れるかもしれないと、始祖達は警戒を緩めなかった。

 そして、魔物の中に時折特殊な個体が現れることに気付いた。


 本来、悪魔しか持たぬとされる、負の感情を取り込み、マナを汚染する能力。

 魔物も魔力を拡散するが、マナを変換するような機能は無い。

 そんな能力を持つ魔物は、押し並べて知能が通常よりも高く、戦闘力もまた、一線を画すものだった。


 始祖達はその魔物を、悪魔の力を持つ魔物、”悪魔憑き”と呼び、発見次第優先して討伐するよう自身の子供達に伝えた。


 現代の冒険者ギルドでもそれは徹底され、発見した場合は最低でもBランク以上の依頼として発令されることになる。


 アインが悪魔憑きに思い至ったのも、ギルドでの講習を通じて知っていたからだった。




「よりにもよって悪魔憑きかよ。なんて運の悪さだ」


 死を覚悟したアインは、それでもヤツに力を渡すまいと、心を強く保っていた。


「へっ。ここで俺だけ殺したってなぁ、お前はすぐさま討伐だ。だから俺は絶望なんてしてねぇし、冒険者になるって決めた時から死ぬ覚悟なんて済ましてんだよ!」


 焦らすようにゆっくりと近付いてきていたオークを睨みながら立ち上がる。


「そんでもって、俺はまだ諦めてもいねぇ!お前なんかに殺されてたまるか!」


 そう叫んで、使い物にならなくなった左手から盾を外し、オークに向かって投げつける。

 オークが盾に気を遣った隙に、踵を返して逃げ出した。


 後ろからまた石を投げつけられないよう、オークに対して斜めに駆け抜ける。

 案の定、すぐ左を石が飛んで行ったが、当たることなく本部テントへ辿り着く。


 あと数歩、前へ出れば明りの下だ。

 リードが呼んでくれた冒険者が、すぐそこに居るかもしれない。


 ようやく見えた希望に、気が緩んだのかもしれない。

 左手を折られ、体幹が狂っていたのかもしれない。

 そうでなくとも、疲労困憊だ。


 あと少し、というところでアインは体勢を崩し、こけた。


 無言のまま、暗闇から棍棒が振り下ろされる。


 しかし、アインの居る地面までは届かなかった。


「ウチの期待の新人に、なにしてくれてんだゴラァ!」


 アインの頭の前に立ち、巨大な戦斧で棍棒を受け止めた、サガが啖呵を切った。

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