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「ヨシュアっ!」
「立てるか?」
血を払って剣を鞘に収めたヨシュアは、いまだ立てないでいるララに手を伸ばしながら声をかけた。
ララはその手を取って立ち上がり、思わず抱き着く。
「お、おい?」
「うぇ~ん、怖かったよぉ~」
「…あぁ、よく頑張ったな」
自身の胸にしがみついて泣きじゃくるララを見てため息を吐き、ポンポンと背中を叩くヨシュアだった。
「落ち着いたか?」
ララがようやく泣き止み、耳まで赤くなってきたのを見て、声をかける。
「うぅ~、ちょっと今顔上げられないかも」
「突然オークに襲われたんだ。ちょっとくらい泣いたって誰も笑わないさ」
「…うん、よし!助けてくれてありがとね、ヨシュア!」
気合を入れてヨシュアから離れ、顔を上げて、笑顔で礼を言うララ。
「間に合って良かったよ。ララの気迫でオークが一瞬止まらなかったら危なかったかもしれない」
「ナハハ、必死だったからよくわかんないや。気迫なんてもの、出てた?」
「あぁ。いい啖呵だったぞ。ララの食に対する思いは本物だな」
「もーぅ、恥ずかしいからこの話は終わり!かえろ?」
「そうだな。歩けるか?」
「うん。捻ったりはしてないみたい」
「ならよし。森の出口まで送っていくよ」
「?街には帰らないの?」
「あぁ。俺はもう少し北まで用事がある。宿には遅くなると言って出てきたんだが、もしかしたら野営になるかもしれない。そう伝えておいてくれるか?」
「うん、わかった」
そう話をつけて、出口へと向かって歩き出すのだった。
元々小さな森だ。30分も歩けば、街から北へと延びる街道に出た。
「じゃあ、俺はこっちだから」
「うん!改めて、助けてくれてありがとうございました!」
深々と、勢いよく頭を下げて礼を言うララ。
「あぁ、気にするな。今度メシでも奢ってくれ。…ララほどは食わないから安心しろ」
「もう!またそうやってイジワル言う!でもわかった。今度奢るね!」
「楽しみにしてる。じゃ、気を付けて帰れよ」
そう言って、北へ向かって歩き始めるヨシュア。
「そっちもね~!またね~」
その背に向かって、元気いっぱいに手を振るララ。
「さ、かえろ!」
ヨシュアの姿が森の向こうへ見えなくなるまで見送って、ララもまた、街へと向けて踵を返すのだった。
ララと別れたヨシュアは、再度オークを倒した現場へと戻っていた。
「…普段はゴブリンくらいしか居ない森だって話だが、こいつはどこから来たのか」
周囲を見回し、オークが通って来たであろう痕跡を辿って奥へと向かう。
「まぁ、あそこしかないよな」
オークの通った痕跡は、北へと続いていた。その先には西方山脈が、さらに奥の竜剣山脈を隠すように聳えていた。
辿り着いた場所は、森と山の境目、切り立った崖の麓だった。
目の前の斜面には血が付着し、地面には、落ちてきた岩の残骸が散らばっていた。
「なるほど。山の上から落ちてきて、森の中に入ったと」
滅多に現れないはずのオークは、西方山脈に棲んでいたものが、何らかの要因で落ちてきたものだったようだ。
「しかし、オークの生息地はさらに奥地のはず。こんな山裾まで下りてきて、更には崖から落ちるなんて。よっぽど間抜けなハグレ個体ということも無いではないが…」
十中八九、より強力な何かから逃げてきた、だろうなと結論付け、北には何かあるという確信を深めていく。
「ともかく現場を見ないことには始まらない、か」
崖の向こうを見通すように空を見上げると、魔物の鳥が南へ向かって飛んでいた。