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こえ

作者: 大谷雀
掲載日:2022/04/19

 ゆりちゃんは、クリクリしたおめめと、おもちみたいに、やわらかそうでぷっくりしたほっぺ。そして、つんととがったおじょうひんでちいさいくちびるの、あいらしいおんなのこです。そのくちびるは、いまにもうたをくちずさみだしそうでたまらなくみえます。けれども、ゆりちゃんのくちびるは、なかなかそのとびらをひらいてはくれません。ゆりちゃんはどんなこえのもちぬしなのか、そのくちびるからこぼれおちるメロディーが、どんなにたのしげなのか、だあれもしりません。


 あさ、おかあさんにつれられてほいくえんにきたときから、ゆうがた、おかあさんにてをひかれておわかれをするときまでのながいじかん、ゆりちゃんは、おしょくじをするときいがいは、まったくくちをひらきません。たのしいときは、うっすらとくちびるのはしがのびあがって、かなしいときは、キュッととじたくちから、いまにもかなしみのあらしがふきだしそうなのに、ゆりちゃんはこらえて、こらえぬくのです。ゆりちゃんは、せんせいにはなしかけられたときには、コクンとうなずくか、“ううん”とくびをふるか、ときにはくびをかしげるか、の、どれかでした。


 まこちゃんは、ゆりちゃんのこえってどんなこえなのだろうとかんがえます。よく、おにわでチュンチュンいってる、すずめちゃんみたいかな?いやいやひょっとして、さとしくんみたいに、キーンとみみにひびく、ジェットきのおとのようなこえなのかも・・・あんがい、このあいだみたえいがにでてきた、おそろしいまじょみたいなこえかもしれない。おなかにビリビリくるみたいな・・・。まこちゃんのそうぞうは、とまらなくなってしまいました。でもさいごには、すきとおっていて、まこちゃんのこころにやさしくひびいてくる、すずむしのなきごえみたいなこえなんじゃないかな、というかんがえでまとまりました。


 きょうこそは、きょうこそはとまこちゃんは、ゆりちゃんのこえがきける“そのとき”をこころまちにしながら、たのしみにすごしていました。でも、その“そのとき”は、なかなかやってきません。まこちゃんは、まちくたびれました。まこちゃんは、じつは、ゆりちゃんにたいして、こえのほかにもいろいろとおもうところがありました。ゆりちゃんのかみのけは、いつもあっちこっちといろんなほうこうにはねていて、おはなや、かわいいねこちゃんなんかがついたピンでとめられていたことも、ピンクやブルーの、きれいなヘヤーゴムで、キュッとむすばれていたこともありませんでした。そしておかおには、まこちゃんや、ほかのおともだちのような、ピッカリひかるげんきじるしもみえません。ゆりちゃんのほっぺはいつも、うっすらちゃいろでした。ゆりちゃんがきているおようふくはいつも、まこちゃんにはなにいろといえばよいのかわからないいろのおようふくでした。ゆりちゃんはいつもおくちを“ん”ととじて、クルクルのおめめで、しずかにじいっとあたりをみつめていました。せんせいたちも、ゆりちゃんにムリにおへんじをききだしたりしません。まこちゃんは”ゆりちゃんのおくちが、あまりにかたくとじているものだから、せんせいたちはギブアップしたのだな“とおもっていました。そして”ゆりちゃんのおくちは、そうとうなこんじょうをもっているなぁー“と、ひそかにかんしんするのでした。


 ゆりちゃんのそばには、だれもちかづかないで、ゆりちゃんはいつも、ひとりぼっちでいました。おともだちにこえをかけることも、こえをかけられることもなく、じいっとまえをみてしずかにひとりでいました。ゆりちゃんのそんなところも、まこちゃんは、すごいなぁとかんしんするのでした。ゆりちゃんはなんにもはなさないけれど、じつはいろんなことをしっていて、あたまのなかは、みんながしらないことでいっぱいで、まんぱいで、うっかりすると、その、つまっているものがくちからポロポロとこぼれてしまうから、あんなにいつもくちをキュッとむすんでいるのかもしれない。まこちゃんは、いちにちになんどもこんなふうに、ゆりちゃんについてかんがえてしまいます。でも、ゆりちゃんのことを、すごくきにはするのだけれど、なぜか、ゆりちゃんのそばにいって

「どうしていつも、だまっているの?」

「どうしてみんなとあそばないの?」

「かみのけむすぶのキライなの?」

と、たくさんある “ゆりちゃんにききたいこと”を、はなすきになれないのです。なんだか、そばにいってはいけないきがしました。それに、はなしかけても、おへんじしてくれなかったら、とてもかなしくなってしまう。それでまこちゃんは、くるひもくるひも、だまぁーって、そこにいるゆりちゃんを、ただだまぁーってみつめていました。


 そんなあるひ、ゆりちゃんはいつものように、あちこちにペンペンしたあたまをゆらしながら、おかあさんにてをひかれてほいくえんにやってきました。いつものように、おかあさんとシールはりをすませて、おへやでじぶんのにもつを、きめられたばしょにかたづけます。かたづけがすむと、ゆりちゃんのおかあさんは、ゆりちゃんをやさしくぎゅうっとだきしめて、ゆりちゃんのみみもとで、なにかしずかにささやくと、おおいそぎでかえってゆきました。おかあさんのうしろすがたをみおくって、そのばにすわりこんでいるゆりちゃんのてには、いえでたべることができなかった、ちょうしょくのパンがはいったビニールぶくろがありました。すると、そんなゆりちゃんのまえに、おおきなからだのひいらぎせんせいが、ズンとすわりこみました。そして、ゆりちゃんのかおをのぞきこむと

「ああ、もう、うっとうしい。なんかいもおかあさんにいってるのに。さんぱつするか、しばるかすればいいのに!」というなり、いきなりてにしたおおきなハサミで、ジャキジャキと、ゆりちゃんのまえがみをきりはじめました。ゆりちゃんは、おどろきなのか、きょうふでなのかわからない、こわばったかおで、めだけおおきくみひらいていました。クルクルのめは、さらにおおきくなっていました。せんせいは、ゆりちゃんのかおにおちたかみのけを、さっさとてではらいながら

「ほんとにもう、うすぎたないんだから。ちゃんとおかあさんは、せんたくしてくれてるの?」

と、ゆりちゃんのかおもみないでいうと、きりおとしたかみのけをまとめてしんぶんしにつつんで、クシャクシャとまるめて、ごみばこにポイといれました。そのようすをそばでみていたまこちゃんや、さとしくんやたけちゃんやゆいちゃんのめも、ゆりちゃんにまけないくらいにおおきくみひらいていて、そして、みんなじっとそのばにたったままでした。ゆりちゃんは、いつもはぴったりととじているおくちをポカンとあけていました。いつからあいていたのかわかりません。ゆりちゃんじしんにも、わかりませんでした。しばらくすると、ゆりちゃんのおおきなめが、すきとおったガラスのようになって、そしてそこからポロポロとなみだがこぼれてきました。ポロポロ ポロポロ。おおきななみだのつぶが、つぎからつぎへとうまれてきました。ゆりちゃんは、かたをふるわせてないていました。いつもぴったりととじていたおくちは、いまはグニャリとゆがんでいて、あんなにずっとずっといつもきいてみたかったゆりちゃんのこえが、そこからかすかにきこえてきます。はじめてきいたゆりちゃんのこえは、とてもかなしくて、まこちゃんはかなしいきもちでいっぱいになって、むねがきゅううっといたくなって、あたまもギュッとなって、いつのまにかまこちゃんのめからも、ポロポロとおおきななみだのつぶが、ころがりおちていました。さとしくんも、たけちゃんも、ゆいちゃんも、おへやのなかでこのいちぶしじゅうをみていたこはみんな、めになみだをためてうごけないでいました。


 よそのおへやでようじをすませてもどってきた、あやのせんせいは、へやにはいっておどろきました。そして、かたをふるわせてないているゆりちゃんにかけよると、ゆりちゃんのまえがみがバッサリきられていることにきがついて、ハッとしました。きっと、なにがおこったのかりかいしたのでしょう。あやのせんせいは、いつもよりずっとちいさくなって、いなくなってしまいそうになっているゆりちゃんを、ぎゅうっとだきしめました。そして、せんせいは、ゆりちゃんをせんせいのおひざのうえにのせて、りょうてでゆりちゃんをかかえこむと、ゆりちゃんのせなかをそっとさすりました。

「ゆりちゃん、いやだったねぇ」

「ゆりちゃん、かなしいねぇ」

「ゆりちゃん・・・ゆりちゃん・・・」

ゆりちゃんのなみだは、あとからあとからでてきてとまりません。おへやのなかは、なみだでいっぱいになりました。


 ゆりちゃんは、だれともおはなししませんでした。だれもゆりちゃんに、はなしかけたりしませんでした。でも、ゆりちゃんが、くさやはなやきやそらや、とりやねこやアリやバッタやイモムシやチョウチョや・・・かぞえきれないくらいのいろんなものとおはなししていることを、まこちゃんはしっていました。みんなもしっていました。ゆりちゃんは、けっしておはなをふみつけたりはしませんでした。さんぽのとちゅうや、おにわで、みんながむちゅうではしりまわったり、おしゃべりしたりして、しらないあいだにふみつけてしまっている、ちいさなおはなも、ちいさないきものも、ゆりちゃんはけっしてふみつけたりは、しませんでした。みんながおいかけっこしたり、ゆうぐやすなばで、おもいおもいにあそんでいるなかで、ゆりちゃんはいつも、すなあそびにつかうじょうろにみずをくんで、なんどもいったりきたりして、おはなにみずをあげていました。おへやでは、かばんがけからおちている、だれかさんのかばんを、そっとフックにもどすゆりちゃんのすがたを、なんどもみかけました。ひっくりかえっているいすも、たおれてくるしそうにしているほんだなのほんも、いつでもゆりちゃんのてが、やさしく、ここちよいじょうたいにしてくれるのでした。


 クラスのだれも、ゆりちゃんとおはなしをしたことがありません。でも、クラスのだれもが、ゆりちゃんがどんなこなのか、よーくわかっていて、みいんなゆりちゃんのことが、だいすきなのでした。ゆりちゃんとみんなのなみだは、おへやをぬらし、となりのへやにもゆうぎじょうにもしょくいんしつにもながれてゆき、ほいくえんぜんたいが、なみだのなかにしずみました。ほいくえんぜんたいがしいんとしずかななかで、ゆりちゃんのかなしいなきごえが、いつまでもひびいていました。


 ゆりちゃんが、ほいくえんにこなくなってしまってずいぶんとたったころ、まこちゃんは、ゆりちゃんのこえがきこえたようなきがして、ハッとしました。それは、まこちゃんのおうちのやねのうえ。かわいいすずめがちょこんととまって、きもちよさそうにさえずっていました。まっくろなクルクルのおめめを、キラキラとかがやかせて、あおいおそらと、あたたかいおひさまのひかりのなかで、とってもしあわせそうにさえずっていました。かわいいこえ。ゆりちゃんにぴったりのこえだなぁと、まこちゃんはおもいました。そして、ゆりちゃんはげんきにしているのかなぁ。ゆりちゃんのいなくなったほいくえんは、なんだかすうすうして、さみしくなっちゃったなぁと、いつもこころのなかにある、うめぼしみたいにくしゅっとなったものを、また、くしゅっとさせながら、まこちゃんはゆりちゃんのかおをおもいうかべました。ゆりちゃんとおはなしすることは、とうとうかなわなかったけれど、ゆりちゃんのそんざいは、みんなのこころのなかに、おおきくのこっています。ゆりちゃんはちいさくて、しずかで、いまにもきえてしまいそうでした。でも、だれよりもふかいあいじょうと、ひろいこころで、いろんなものをみて、いろんなおとをきいて、いろんなことをかんじとっていたのでした。まこちゃんのめにキラッとひかるものがあふれてきたとき

「チュン チュン チュチュチュチュ」

と、かわいいさえずりとともに、すずめがやねからとびたち、まこちゃんのすぐちかくのきにとまりました。

「わあ!」

まこちゃんはうれしくなって、ワクワクしてじっとすずめをみつめました。そして、

「ん?」

と、くびをかしげました。かわいらしいすずめのひたいに、まこちゃんがいままでみてきたどのすずめにもついていたことのない、よこいっぽんせんのようなもようがあったのです。

「ゆりちゃん?」

とっさにまこちゃんは、ゆりちゃんのなまえをよびました。すずめは、クルクルのくろいめをキラキラかがやかせて、うれしそうにちいさなくちばしをうごかし、かわいいこえで

「チュッチュッチュッ」

となくと、そらにむかってとんでゆきました。まこちゃんは、こころのなかにあった、うめぼしみたいにくしゅっとなったものが、すうっととけてゆくきがしました。



                                  


                                    


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