非リア充のみが集められたパーティー。だけどこの中に二人だけ、裏切り者のカップルがいる
その夜、とある屋敷に8人の男女が集められた。
年齢は皆20代。とはいえ成人したばかりの女子大生もいればあと数ヶ月で30歳というサラリーマンもいるわけで、集まった8人の年齢には最高10歳近くの差があったりする。
職業も様々だ。
大学生に食品メーカーの営業マン。駆け出しの小説家に某有名企業の窓際幹部。
それ故彼ら彼女らはここにくるまで、互いのことなど知る由もなかった。
年齢も職業も出身地もバラバラ。そんな彼らだが、一つだけ共通点があって。
ここに集まめられた8人は――全員恋人のいない(それどころかいたこともない)、俗に言う非リア充なのだ。
このパーティーは、『独身伯爵』と名乗る謎の人物が、独断と偏見によって選んだ参加者を半ば強制的に集めて開催したものだ。
参加資格は、過去と現在そして当面先の未来において恋人のいないこと。その資格を有する8人の男女に、今回のパーティーの招待状が送り付けられた。
かくいう俺・才城兼人も脅迫状まがいの招待状に応じて、この屋敷にやって来たのだった。
年代物のワインを片手に豪勢な料理に舌鼓を打ちながら、俺たちはパーティーを楽しむ。
椅子などは用意されていない立食形式のパーティーで、それ故に他の招待客と気軽に会話をすることが出来た。
パーティーが始まり小一時間が経った頃、屋敷の使用人がスピーカーを運んでくる。
これはあれだ。ミステリーとかで、正体不明の屋敷の主人が招待客に挨拶をするパターンだ。
案の定、スピーカーからは『独身伯爵』のものと思われる男の声が流れ始めた。
『ようこそ我が屋敷へ、若き非リア充の諸君。パーティーを楽しんでいるかね?』
声色から察するに、『独身伯爵』は50〜60歳くらいだろうか? 変声期などは使っていない。
音声は録音らしく、その為こちらから何か質問をしても返ってくることはなかった。
『このパーティーは、いつも世に蔓延るカップルたちのせいで苦渋を舐め続けている君たち非リア充を癒すべく、企画したものだ。今夜は存分に飲んで騒いで楽しんでくれ』
『乾杯』。『独身伯爵』の声に合わせて、俺たちはグラスを軽く持ち上げた。
参加者たちの会話の内容は、それはもう惨めなものだった。
「自分たちは、どうしてこうも恋愛と縁がないのだろうか?」。そんな風に世の中の理不尽さを嘆きながら、互いの傷を舐め合う。
コミュニケーション能力に乏しかったり、性格に難があったり、皆何かしらの原因があるのだが、同じ穴の狢が集まっているこのパーティー会場で、それを指摘する者はいなかった。
しかしそれも始めの数十分の話で。参加者たちは次第にあからさまに異性と会話をし始めて、パーティーは半ば合コンのようなものに変わっていった。
非リア充が故に招待されたこのパーティーでリア充になろうとするとは、なんとも皮肉な話である。
それから暫くパーティーを楽しんでいた俺たちだったが、突如放たれた『独身伯爵』の一言で、状況は一変する。
『非リア充諸君、パーティーを楽しんでくれているかね? そんな中、水を刺すようで非常に申し訳ないんだが、ここで一つ報告がある。――この中に二人だけ、裏切り者のカップルがいる』
『独身伯爵』の衝撃のカミングアウトに、8人の男女はどよめいた。
それもそうだろう。今の今まで俺たちは、この場にいるのは恋愛における負け組だけだと思っていた。
だけど『独身伯爵』の言うことが真実ならば、皆を騙し非リア充の惨めな人生を腹の底で笑っていたリア充がいることになる。それは許されざる大罪だ。
裏切り者許すまじ。リア充爆発するべし。そんな空気が、途端にパーティー会場に流れる。
果たして裏切り者の正体とは――
(いや、普通に俺なんですけどおおおお!)
そうなんです。何を隠そうこの俺こそが、裏切り者なんです。
俺は参加全員を見回すフリをして、ある同い年の女性にアイコンタクトを送った。
俺と女性――鬼塚美空は、非リア充ではない。高校時代から付き合っていて、依然としてラブラブっぷりが健在で、その上同棲までしている超絶リア充なのだ。
恋愛と縁のない人生を送っている? そんなわけあるか。
俺と美空の日常を文字に起こそうものならば、数十冊のラブコメ小説が完成する。そのくらい俺たちの人生は、恋愛と深く結びついていた。
もしそんな事実がここにいる6人の非リア充たちにバレたら、俺たちは間違いなく消されるだろう。非リア充のリア充に対する嫉妬とは、それ程までに恐ろしいのだ。
俺は美空に「俺たちの関係は黙っていよう」と視線で訴えかける。彼女も周囲に気付かれないよう瞬きで、「了解」と返してきた。
……ったく、『独身伯爵』の野郎め。何余計なこと言ってくれちゃってんだよ。このまま彼女がいることを隠して、パーティーを乗り切ろうと思ったのに。
てかさっきから人を裏切り者呼ばわりしているけど、「欠席厳禁」って言って人を無理矢理パーティーに参加させたのお前じゃん。俺悪くないじゃん。
俺は内心『独身伯爵』に文句を言いながら、全ての原因となった数日前の夕方を思い出していた。
◇
その日は残業もなかったので、美空との愛の巣へ1秒でも早く帰ろうと考えた俺は、定時になるなり会社をあとにした。
今日はいつもより1本早い電車で帰れそうだな。そう思っていた俺だったが、ふと改札の前で見知らぬ男に呼び止められた。
「才城兼人様ですね。少しお時間よろしいでしょうか?」
「えっ、俺ですか? あー……電車の時間があるので、30秒くらいなら」
「でしたら、30秒だけ。……我が主人からパーティーの招待状を預かっております。是非とも参加下さいませ」
言いながら俺に招待状を手渡すと、男は宣言通り30秒以内に俺の前から立ち去っていった。
電車に乗ってから、俺は招待状の文明を確認する。
何々……『来週の土曜日、下記の場所にて非リア充たちの為のパーティーを催します。必ず参加されたし』って……いやいや、俺非リア充じゃないんですけど? 普通に彼女いますけど。
それに来週の土曜日といったら、美空の誕生日ではないか。彼女の誕生日を差し置いてこんなわけのわからないパーティーに
赴くなんて、そんなバカな彼氏がどこにいるんだ?
出席する理由もないので、俺が招待状を破ろうとすると……招待状の下の方に、追伸があるのを見つけた。
追伸には、こう書かれていた。
『なお欠席をした場合は、キャンセル料として2億円をお支払いいただきます』
……なんだよ、2億円って。一介のサラリーマンに過ぎない俺がそんな大金持ってるわけないだろう。
2億円支払わせるなんて冗談だろうと無視することも出来るけど、万が一本当だった場合地獄を見ることになる。
となれば……ここは素直にパーティーに参加しておくべきだろう。
一つ気掛かりがあるとすれば、誕生日当日に外出することを美空が許してくれるかという点なのだが……どうやらその心配は、杞憂に終わった。
なんと美空にも、同様の招待状が届けられていたのだ。
互いの招待状を見せ合った俺と美空は、今後の動向について話し合った。
「どうして非リア充でない私たちにこうして招待状が送られてくるのか甚だ疑問だけど、「知ったことか」と無視することも出来ないわよね」
「欠席したら2億円支払えって言われている以上はな。……行くのか?」
「それ以外選択肢はないでしょうね。私の誕生日会は、翌日の日曜日にでも延期するとしましょう」
「1日遅れる分の埋め合わせは、きちんとするからな」
「ん。期待してるわ」
そして現在。
俺と美空はこうしてカップルであることを隠しながらパーティーに参加しているのだった。
◇
「この中にリア充がいる」。『独身伯爵』のその一言は、それまで和気藹々としていたパーティーの空気を一変させた。
同志に優しくリア充に厳しく。それが非リア充の考え方だ。特にこの場に集められた非リア充は、一層嫉妬心が強いように見える。
……彼女がいるだなんて、絶対にバレちゃダメだ。バレたら問答無用で殺される。
俺と美空は改めて、カップルであることを隠し通す覚悟を決めた。
裏切り者探しが始まった。
最年長と思われるスーツ姿の男が皆をまとめて、会話を進めていく。
「自己紹介として、取り敢えず名前と年齢と職業と、あと恋愛観について語ってもらおうか」
「恋愛観? 何でそんなものが必要なんだよ?」
「私たち非リア充は、誰しも非現実かつ気持ち悪い恋愛観を抱いている。だから恋人が出来ない。つまりこの中で気持ち悪くない、ノーマルな恋愛観を持つ人間がいたとしたら、そいつが裏切り者だ」
非リア充は気持ち悪い恋愛観を持っているというのは極端な考え方のように思えるが、今はそんなことどうでも良い。
今重要なのは、この展開が俺にとってひどく都合の悪いものだということだ。
俺は世間一般でいうところの普通の恋愛観しか持っていない。気持ち悪さなんて微塵もない。
つまりこのままでは、俺が裏切り者だとバレてしまうのだ。
「それではまず、言い出しっぺの私から。私は工藤といって、現在29歳だ。公立の小学校で、教師をしている。恋愛観についてだが……私は大の幼女好きでね。仕事中は、いつも興奮しっぱなしなんだよ」
笑顔でとんでもないことを語る、ロリコンもとい工藤さん。周囲は何食わぬ顔で、彼に拍手をしている。
……え? このレベルの性癖を暴露しないと、同志認定されないの? 俺には無理だよ?
それから2人の自己紹介(どっちもヤバい奴だった。最早事故紹介だ)が終わると、美空の順番が回ってきた。
どうする、美空? お前はどうやって、このピンチを切り抜ける。
「鬼塚美空、25歳です。職業は公務員で、役所に勤めています。それでその、恋愛観なんですが……私、男性の下着が大好きなんです。こう、男性の下着の匂いを嗅ぐと、リラックスするっていうか」
男物の下着をアロマ代わりにするとは、この女とんでもない変態設定ねじ込んできたな。
しかしこれ程までに強烈なインパクトを与えたとなれば、美空が裏切り者だと疑われることもないだろう。
「だからこうして今も、男性の下着をポケットに入れているんです」
そう言うと、美空はポケットから男物の下着を取り出して、顔を埋めると、スーハースーハーと匂いを嗅ぎ始めた。
……って、それ俺のパンツじゃん! パンツ好きは設定じゃなかったの!?
美空と付き合い始めてもう長いが、彼女が変態だということは今日初めて知った。
◇
自己紹介と残すは俺だけどなったタイミングで、一度休憩を挟むことにした。
休憩しようと言い出したのは、美空だ。少しでも長く「設定」を考える時間が確保出来るよう気を利かせてくれたのだろう。まったく、よく出来た彼女である。
ここまで喋りっぱなしの聞きっぱなしだったので、何か料理でも摘まむことになり、俺を含む男性陣が女性陣の分の料理もよそってくることになった。
俺が美空の分をよそっていると、工藤さんが話しかけてきた。
「このパエリア、すごく美味しかったぞ。特にこの貝が絶品でな。鬼塚さんにも食べさせてあげると良い」
「マジですか? ……あー、でも彼女、貝苦手なんですわ。なんでも小さい頃に貝を食べて、戻した経験があるみたいで。その経験がトラウマになって、今でも貝が食べられないだとか」
「へー、そうなのか」
だからパック寿司を買った時は、いつも美空の貝を貰っているんだよな。大体俺のマグロとトレードで。
「ところで、どうして初対面である筈の君が、そんなにも鬼塚さんのことを知っているんだ?」
工藤さんに指摘されて、俺はようやく自身の失言に気が付いた。……やっちまった。
「年も近そうだし、出身校が同じとか? それとも……もしかして、君が裏切り者なのか?」
バッと、工藤さんたちの視線が美空に向く。
俺が裏切り者だということは、必然的に美空も裏切り者ということになるのだ。
「君たちとは仲良くなれると思っていたのに……残念だよ」
美空に向かって歩き出す工藤さん。彼が美空に接触する前に、俺は持っていた皿を放り出して、2人の間に割って入った。
「待ってくれ、皆! これには深い事情があるんだ!」
「深い事情? 知ったことか。それより、今君が私たちの前に立ちはだかるということは……鬼塚さんと付き合っていると認めるんだよな?」
「あぁ、そうだ! 俺は美空と付き合っている!」
「鬼塚ではなく、美空か。……付き合っているということは、彼女を愛しているんだよな?」
「当たり前だ! 俺は美空を世界で一番愛している!」
「結婚したい程にか?」
「永遠の愛を誓って、幸せな家庭を作って、「最高の人生だった」って笑いながら大往生出来るような、そんな日々を約束してやるさ!」
俺が一世一代の誓いを口にすると――パンッという音が立て続けに鳴った。
まさか、発砲か? そう思ったが、真実は異なっていて。音の正体は、クラッカーだった。
「よく言った」
先程まで殺意ダダ漏れだった工藤さんの表情が、この上なく穏やかになっている。
他の参加者もそれは同じで、どういうわけか皆拍手をしていた。
「鬼塚さんを幸せにする。その言葉が聞きたかった。……私ではなく、彼女がね」
工藤さんは彼女――美空を指差す。
……あぁ、なんだ。そういうことかよ。その途端、俺は全てを理解した。
種を明かせば、これほど単純な話はない。
『独身伯爵』の正体は、彼女で。他の招待客はエキストラで。全ては俺にプロポーズさせる為の三文芝居だったのだ。
俺は振り返り、この件の首謀者たる美空を見る。
思えば美空は、結婚願望が強かったんだよな。それをいつも本気にしていなかったのは、俺の方だ。
だから美空は、こんなパーティーを計画したわけで。
……ったく。この女は、どんだけ俺のこと好きなんだよ。
「言いたいことがあるなら言いなさいよ」と言う美空に、俺は望み通り言いたいことを言ってやることにした。
「ていうかお前、女なんだから「伯爵」じゃないだろ?」
「そうね。ついでに言うと、もう独身でもなくなるわ。幸せにしてよね、マイダーリン」
……そういえば、俺の自己紹介がまだ住んでいなかった。
俺は才城兼人、25歳。金融機関に勤めているしがないサラリーマンで、そして……今日鬼塚美空という女性を、一生かけて幸せにしようと誓った、1人の男だ。