なろう中学校創作倶楽部
インターネット・オンライン小説作品を書く中学生の集まりの一幕です。
~登場人物~
会長:一見真面目だが■■されていない■■■■を書き散らす奇人。
部員:明るく大ざっぱな性格。他人とちょっとズレている。小説のネタは■■に頼る。
新入部員:人見知りだが、実は■■。
とある中学校の文化祭、8畳ほどの小さな教室に生徒部員が2人、新入部員を待っています。
「あの、失礼します……」
おそるおそる戸が開かれました。
「ようこそ新入部員の方。ここは『私立なろう中学校』の創作倶楽部です。僕は3年A組、会長の海野 長介です」
「まあ、実際は同好会なんだけどさ。まぁ、ゆっくりしていって。あたしは2年B組の伊瀬 快子だよ。1年生? 可愛い!」
伊瀬は椅子からすっとんでいき、新入部員をまるで珍獣を愛でるかのように撫でまわしました。
海野はメガネをした真面目そうな男子生徒です。ずっと立ったまま、メガネの位置を気にしています。
伊瀬はショートカットで元気そうな女子生徒です。さきほどまで椅子にだらしなく座っていました。
2人は正反対のように見えました。
「あ、あの」
「いやぁ、新入部員が全然来ないからどうしようかと思ってたよ。部員っていうか、同行会員?」
海野が咳払いすると、伊瀬はばつの悪そうな顔をして席に戻りました。
新入部員は海野に促されて、椅子に小さく座ります。
「失礼。1年生、名前は?」
「はい。浅井 栞です。C組です。よろしくお願いします」
「栞ちゃんかー。彼氏は?」
「えっ。いませんけど……」
浅井は三つ編みを弄り、目を逸らしました。
「そっかー。あたしも彼氏募集中なんだ。創作するときって、やっぱり妄想力が必要なのかな。妄想恋愛をネタにして書くと筆が進むんだよねー。ま、あたしは書くより読むほうが好きなんだけど」
「は、はぁ」
海野は伊瀬を遮るように割って入りました。
「そろそろいいかな。ここはインターネット・オンライン小説を書くことを楽しむ目的で結成された同好会です」
「会長、警護やめなよ。かたくるしいからさ。栞ちゃんが蛇ににらまれた小人になっちゃうよ」
「はあ……仕方ない。今回は体験入部ということで、短編小説をこの場で考えて、互いに批評しよう。ここに紙と鉛筆があるから、頭の中を整理して。なんならスマホで書いてもいい。まだ慣れていないと思うから、冒頭の展開だけでもいいから考えてみてほしい」
「短編、ですか……がんばります」
「よーし、あたしもやる!」
*
「でっ、できました!」
「よろしい。まずは会長の僕から……タイトルは『異世界転生して冒険者になったらパーティから外されたけど天才チートだったので、もう戻らないでハーレムを築き上げた件』だ」
「は?」
浅井はあまりのヘンテコなタイトルに素っ頓狂な声を上げてしまいました。読み上げるだけで恥ずかしいタイトルです。
海野はA3の紙にでかでかと長ったらしいタイトルを書いていました。
「タイトルは『異世界転生して冒険者になったらパーティから外されたけど天才チートだったので、もう戻らないでハーレムを築き上げた件』だ」
「えっと……その……こ、個性的なタイトルですね?」
「ちょっと会長、敬語やめろって言ったのはあたしだけどさ。栞ちゃんに気を遣わせてどうすんの。個性の欠片もないじゃない」
「まあ、聞け。冒頭はいつものやつだ」
「いつものやつ、ですか?」
「まず主人公の男性は、大学に落ちて碌なスキルも磨かないままニートになり、親に先立たれた挙句、樹海で命を落とす」
「そんな……なんてむごい……」
「そして神様から天才的なチートをてんこもり貰い、10代の少年に転生して冒険者になる」
「あの」
「冒険者になったはいいものの、あまりの強さから仲間に嫉妬され、パーティを外されてしまう」
「その」
「しかし主人公は天才のチートだったのでハーレムをつくり、元の冒険者から再加入するよう懇願されたが、『いまさらお前たちとは付き合えない、もう戻らない』と断った。主人公は最強の名を馳せたとさ。俺たちの戦いはこれからだ!」
「会長、栞ちゃんが喋りたがってるからストップ!」
「ふむ。すまない」
伊瀬はうんと伸びをしてから、栞に目配せしました。
「あの……すみません。会長、まず天才チートって何ですか」
「簡単な話だ。すべての能力を持ち、ステータスはカンストだ」
「ちょっとよくわかりません」
「とにかくすごい力だ。なんでもできる。最高じゃないか!」
「はぁ……それで、冒険者っていうのもよくわからないんですが」
「ファンタジーな異世界で狩りをして冒険をする仲間たちのことだ」
「主人公はあまりにも強いから仲間に嫉妬されるんですか?」
「そうだとも。主人公は天才チートだからたくさんの女性を侍らせる。ハーレムだ」
「それだと、最後のオチとうまく繋がらないと思うんですが……」
「フッ。そんなことはない」
会長はメガネを押し上げながら高らかに宣言しました。
「かたや主人公はハーレムパーティ、かたや元のパーティは男まみれのパーティ。主人公を引き抜いてハーレムから遠ざけるのは当然じゃないか」
「いいえ、おかしいです。主人公の強さに嫉妬していたはずの元パーティが……何人のパーティかはわかりませんが……どうしてハーレムへの嫉妬にすり替わっているんですか。そもそも、強いからパーティから外されるっていう説明だけですと、せっかくチームで功績を得られる金のガチョウを追い出しているようにしか見せません」
「会長、ハーレムっていうけどさ、主人公がモテる理由って何もなくね? 何の努力もなしに力だけ手に入れても中身はニートなんでしょ? 主人公の中身が薄っぺらいのにハーレムができるって、大富豪に寄り着く上っ面だけの女じゃん」
「先輩の言う通りです。神様もパーティの元仲間も付属品のハーレムも舞台装置に過ぎません。それに……いえ、ごめんなさい。言いすぎました」
「いや、素晴らしい意見だ。やはり君は新入部員にふさわしい」
「えっ」
会長は黒板を背にもたれかかり、溜息をつきました。
「僕自身、この話が面白いとは思わない。しかし、インターネット・オンライン小説では、こうやって決められた道筋の上を走る物語にしなければ、読者が増えていかないんだ。小説は読者がいなければただの文字の羅列に過ぎない。もっとも、この場合はデータというほうが望ましいかな。決して僕がこの……よくわからないものが好きというわけではないから勘違いしないように」
「会長、話長い! はい、次、あたし!」
*
「タイトルは『悪役令嬢になって世界に椎茸を広めます』だよ、悪役令嬢っていうのは、乙女ゲームの中の悪役のことね」
「ちょっと何言ってるのかわかりません」
「うん。あたしもわかんない」
浅井はぽかんと口を開けています。
「えっと、その……しいたけ、ですか?」
「そ。椎茸。主人公は乙女ゲームの世界に転移してきたけれど、悪役令嬢の結末を知っているから、どうにか未来を変えないといけないと決心するの。そんでもって、しいたけを育てることに……」
「しいたけをいちから育てるとなると、年単位でかかりますよね」
「そうなんだよねー。あたしはしいたけ魔王になる! ってセリフで終わりにしようかなって。あたしは椎茸が苦手だけど、あたしでも美味しく食べられるような椎茸を主人公が栽培するってわけ。わけわかんないねこのシナリオ」
伊瀬はタイトルを書いた自分の紙をぐしゃぐしゃに丸めて、ゴミ箱に放り投げました。
「ふむ。僕は割と面白いと思ったのだけど」
「うげ。マジで言ってんの? ないない、そもそも設定からしてありきたりで面白くないしー」
「そういうありきたりな作品ほど人気が出るからだ」
「だからさー、それって目的と手段が逆転してるんだって。そんなことより、栞ちゃんはどんなお話を考えたの?」
「えっと、わ、わたしは……」
*
「タイトルは、『なろう中学校創作倶楽部』です。真面目だけど悪趣味な会長と、元気だけどズレている先輩といっしょに、弱気で毒舌な新入部員がインターネット・オンライン小説を考える短編小説です」
浅井はタイトルを書いた紙から、のぞき込むように目を出しています。
「何それ、ウケる。まるであたしたちみたいじゃん」
「僕は悪趣味ではないと思う」
「えー、会長の書く小説って主人公がマジもんのサイコパスばっかりじゃん。それなのに周囲は主人公に同調するって、意味わかんないし、悪趣味で合ってるっしょ」
「そんなはずはない。僕はいたって普通の中学生だ」
「……まあこれ以上言うのも野暮だからやめとくけど。あたしは単に恋愛物が書きたいだけなんだけど、頭悪いから会長にネタがなんかないか聞いたわけよ。それがこの悪役令嬢ものってやつね。正直、自分で言ってて意味わかんないけど、まあ、かわいいキャラが出てきてロマンスする話ができるんならそれでいんじゃねってわけ。栞ちゃんはどうしてこの話を書こうと思ったの?」
「それは……実体験のほうが書きやすいかな、って。例えば、わたしの好きな歴史物とか推理物とかの物語小説は、きちんと下調べがされていて、その……登場人物の掘り下げがされています。でも、素人が全員の視点をきちんと描くのは難しいので、わたしの目線で思ったことをそのまま書けばいいんじゃないかな、って思いました。だから、もっとたくさんの物語を紡ぐために、先輩と一緒にいろいろなところに遊びに行きたいです」
伊瀬はにっこりと笑うと、浅井の手を握り締めました。
「よーし。栞ちゃんはあたしのお友達。勧誘は悪趣味な会長に丸投げして、一緒に文化祭を見て回ろっか」
こうして、なろう中学校創作倶楽部の活動がはじまるのでした。(つづかない)
~登場人物~
会長:一見真面目だが洗練されていない流行ものを書き散らす奇人。
部員:明るく大ざっぱな性格。他人とちょっとズレている。小説のネタは会長に頼る。
新入部員:人見知りだが、実は毒舌。